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第10話◆彼女の本音

 現世の一般人に、常世の存在を悟られてはいけない。あの世、とか死後の世界、などの曖昧な認識ならまだ良し。しかし、悪魔の存在や異能力についてバレてはいけない。


 運命力を覗くことのできる管理人、閻魔大王からの指令を聞いている悪魔たちは、言ってしまえば未来人。その未来人が過剰に干渉、または存在を明かしてしまえば、それを知った人間は、運命力が破綻し、バグを引き起こすことは当然の摂理である。


 バグの起きた人間も例外ではない。バグの解決のためにまたバグを発生させたら意味がない。


 なので……


「ごめんなさいごめんなさい、ほんとにほんとに、ちょっと急に体調悪くなっちゃって」


 能力を使ってすぐに意識を失った私。次に目が覚めた時には、必死に私の吐瀉物を片付けるレドルと、それを蔑んだ目で見下すマキさんと、マキさんと手を繋いで申し訳なさそうにしているナルくんがいた。


 で、諸々の嘘がバレたため、実はお話がしたくてここに来たのだ、と無理のありすぎる弁解をして土下座をしている。


「なんで弟を騙したの」

「なんていうかこう……。たぶん、正直に言っても追い返されそうな感じがして……」

「でしょうね。マヒロとメーコでさえ家にあげたこと無いのに。あんたなんか入れるわけないよね。ま、弟だましてゲボってるけど」


 ちなみにレドルも土下座している。ちらり、と彼女の顔を覗くと、うん。めちゃめちゃ血管浮き出てる。めちゃめちゃキレてる。けどここで変なこと言うと、多分というか確実に任務失敗だから、我慢してる。私と感情共有してなかったらヤバかったかも。


「謝罪とかもーいらないからさ。出てってよ」

「お姉ちゃん、でもこの人達ね、悪い人じゃ、ないよ。一緒に遊んでくれたし、話してくれたよ? 嫌な人達じゃ……ないよ」


 ナルくん、と目を輝かせて顔を上げるものの、マキさんの冷たい視線の温度は上がる気配が無い。


「信じられるわけないし。この世界の人達は嘘つきのクズっばっかりって言ったでしょ。ナルは優しいから、騙されやすいんだよ。ほら、ナルが悪い影響受ける前に、出てってよ」

「お姉ちゃん!」

「なにっ!?」


「この人達は、僕なんかにおっぱいを見せてくれようとしたんだよッ!」




「「「────ッ」」」




 ナルくーん。それはね。救いの一手じゃないよー。破滅への王手だよー。全面的にお姉さんたちが悪いんだけどねー?


「出てけぇッッ!」


 ドンガラガッシャン、なんて可笑しな効果音が聞こえるような勢いで私とレドルは部屋を追い出され、団地の廊下にスカートの中身をご開帳しながらひっくり返る。


 バタンッッ。

 鉄製の扉が閉まる音を聞いて、パンツをそらに向けたまま、深い溜息をつく、悪魔と半魔。


「おわった……テミャアのせいで……」

「レドルのせいでしょ……」

「テミャアが能力に不慣れなせいでしょ……」

「あなたがおっぱいで純粋な男の子を釣ろうとしたからでしょ……」


「「はぁ…………」」


◆──◆──◆


 大した収穫なく調査を終え、レドルを先に帰らせて、私は今晩の夕食の食材を買いに、スーパーにやって来ていた。


「今日は金曜日。期日は火曜日。残り……4日……」


 時間は残されていない。

 しかし、マキさんとの関係は最悪のままだ。

 このままでは彼女と一切のコミュニケーションを取ることができないまま、最後の日を迎えてしまう。

 つい最近まで自殺をしようとしていた私が、いじめっ子の自殺を止める……?


 つくづく笑えてくる。


 死を経験したところで、なんでもかんでもできるわけじゃない。


「はぁ…………」


 不安定な思考のループで、献立を考える頭が働かない。もうカップラーメンでもいいかなぁ……なんて諦めつつ、尿意を感じた私はトイレへと向かった。


 多目的トイレを通りかかった瞬間、


 ガララッ──「えっ」


 トイレの扉が開くと、隙間から伸びた手に掴まれて、中に引っ張られた。


 強引に多目的トイレの中に投げ飛ばされた私は、洗面台に背をぶつけて倒れ込む。


 カチャン。

 痛めた背中をさすりながら……這いつくばる私。呼吸がままならず、ぼやけた視界の中で、扉を閉める音。扉を背に立つのは──黒髪のベリーショート、蒼い瞳の際立つ、凛々しい顔をした……女性? 黒いマスクをしているから、断定はできないけど……そのスタイルから、判別できた。視線を落とせば、黒のスーツを着ていて、ほんとに真っ黒だ。

 ……これはつまり、完全な不審者だ。


「だ、……なに、を」

「──────」


 黒マスクの彼女は、返事をすることなく、こちらに近寄ってくる。抵抗しなければ、まずい──と立ち上がったところで、




       ド スッ。




 私は結局、何も抵抗できないまま、黒マスクの彼女に、ナイフか何かで心臓を刺されてしまうのでした。


⬜⬜⬜


「はい。ええ。確実に殺しました。写真は転送済みです。はい。清掃後、戻ります


 …………率直に、ですか。

 貴方の期待通りの表情をしていた、かと」


⬜⬜⬜


「は────」


 目を覚ますと、先ほどの多目的トイレの中だった。

 辺りを見回しても、誰もいない。

 数秒後に、直前の記憶を思い出して、慌てて胸を触ってみるものの、制服は血で赤く染まっているものの、傷も痛みも無いようだ。

 床にも血が一滴も溢れていない。……それはあり得ないはずだ。服の血の染みから考えて、床が清潔なのは矛盾もいいとこ。傷が塞がっているのは悪魔の力だとしても……流石に血液まで蒸発するなんて聞いていない。


 私は確かに、あの黒マスクの女に刺された。


 その黒マスクが、わざわざ清掃をして、逃げた……?


 扉の鍵は閉まっている。

 ここは密室。

 もちろん外から鍵を閉めることは不可能。

 ということは……悪魔の仕業。


 ではどうして同じ悪魔を殺した……?


 どこかで恨みを買った……?


 いや、レドルと伊藤先生以外の悪魔とは出会った覚えはないし、誰か他のお仕事を邪魔した記憶もない。


 なら、何故……?


 トイレの便座の上には、紙袋が置いてある。その中には、新しい制服が入っていた。

 私が着ているものと同じサイズだ。


「なにが……どうなって……」


◆──◆──◆


「悪魔って名前だし、そりゃーワタクシちゃんみたいな可愛い子もいれば、悪性の邪魔しかしない悪魔もいるよ」

「まぁそうだよね」


 しいたけは石づきを取り除いて、包丁で薄切りにする。ねぎは斜めに、5ミリの間隔で切っていく。


「あとは考えられるとしたら、そいつの上司がイカれてる場合か……」


 卵はボウルに溶きほぐし、蟹缶を加えて混ぜる。この時、缶汁も全部まとめて入れることを忘れないように。


「ワタクシちゃんみたいに契約をしている悪魔で、契約相手がよっぽどイカれてるか、ネ」

「でも、どうしてあんな手の込んだ殺した方をしたんだろう……」


 フライパンにサラダ油大さじ半分を入れて中火で熱し、しいたけ達を入れてしんなりするまで炒める。塩、こしょうをしたら、先ほどの卵液に加えて混ぜる。


「知らないわよ。まぁ、この事はあのクソイキリ教師に伝えておきましょ。悪魔同士の問題を解決する悪魔もいるから、そいつらに連絡つけてくれるわよ」


 サラダ油を大さじ一杯足して強火で熱し、先ほど混ぜ合わせたものを流し入れて、菜箸でふわふわに炒って平らにする。ふたをして弱火で2分ほど蒸し焼きにしたら、滑らせるように器に移す。


「そんな人達もいるんだ」

「ていうかテミャアが今考えるべきなのは、ターゲットをどうするか、でしょ!? どうすんのさ、明日から」


 同じフライパンで、続けてあんを作る。片栗粉は水大さじ半分で溶く。水、鶏ガラスープの素、酒、しょうゆ、酢、砂糖をそれぞれ適量混ぜ合わせたものをフライパンに入れて、ひと煮立ちさせる。水溶き片栗粉でとろみをつけて、先ほど器に移したものにかければ──!




   「「いただきます」」




「じゃないでしょうが」

「なに?」

「飯食ってる場合かっつうの。つーか説明したでしょ。悪魔は死なないの。だから飯食わなくてもいいでしょ。腹も減ってないでしょ。こんな茶番するよりも、篠原マキをどうするかを──」

「レドル」

「なにっ!?」

「聞き間違いじゃなければ、ご飯を茶番って言ったよね」

「はぁ? 言ったけど?」

「訂正して」

「なんで」


「訂正してッ!」


 バン、と机を叩く。私の様子に、レドルは目を白黒させている。


「は、そんな怒ること……?」


「怒るよ。ご飯を食べることって、とっても貴重なんだよ。この世界には食べれない人もいるんだよ。お金の話をすれば、私は親戚の人に頼っているから、何も自慢できないけど……けど、だからその分、ご飯は無駄にしない。きちんと作って、きちんと食べるの。きっとマキさんも……大変な思いを、してると思う」

「……あの弟の記憶に、何かあったワケ?」

「うん。少なくとも、ご飯を無駄にするような人間とは、マキさんはもっと口を聞いてくれない。人間ってとーっても面倒くさいの。そこんとこ、理解してるでしょ?」

「…………。謝るわよ。ちゃんと食べれば、いいんでしょ」

「うんっ」


 にっこりと笑う私を気まずそうに睨んで、レドルはかに玉を一口頬張る。「あふっ、あふっ」と出来立ての熱さに悶えてから、頬を赤くして、黙った。ふふふ。作った人からすれば、これ以上無い反応かもしれない。


「どう?」


 追い打ち。


「別にぃ? 大したことないんじゃない?」

「また作ってほしい?」

「……………。うん」


⬜⬜⬜


 ……昔、小さな夢があった。

 海の見える大きな家。

 赤い屋根がいい。


 大きな家に、あたし達家族四人で仲良く暮らすの。


 2階のベッドでトランプ。

 屋上で星を見る。

 週末はバーベキュー。

 庭でかけっこ。


 友達はみんな、スポーツ選手や素敵なお嫁さんを夢見ていたけれど、あたしはただ、家族と幸せに暮らせれば……それだけで夢見心地だったはずだ。

 だから、小さな夢。

 いつ願ったのかも忘れてしまった、あたしの夢。


 少なくとも。既にあたしの手元には残っていない、過去の夢。


 自分で捨てたのだ。

 夢を見てる暇なんてこれっぽっちも無い。


 生きなきゃ。


『ごめんな……ごめんな……』


 生きなきゃ。


『あなた達なんて生まなきゃ良かった』


 生きなきゃ。


「今日も気持ち良かったよ。にしてもマキちゃん、高校生とは思えないテクだよぉ。経験人数はいくつかな?」

「答えたく、ないです」

「残念」


 生きるためなら。

 あたしはなんだってする──!


⬜⬜⬜


「お帰りなさいませ、ハンター様♡」

「え? 私たち……ですか?」

「そうですよぉ。過酷な冒険から帰還されて、このギルドハウスハッピーニャンフェスタに戻ってこられたのですよね?」

「あ、そういう設定……」


 と私が言いかけたところで、レドルが私の太ももに蹴りをいれた。


「テミャア、そーゆーこと言うもんじゃないでしょうが」


 12月14日。土曜日。曇り。

 私たちは藤丸町駅から徒歩2分、スカルビルの5階にある、メイドカフェにやって来ていた。


 土曜日のお昼頃は、このお店で働いている……ということをナルくんの記憶の中で見つけた。ナルくんはメイドカフェという単語にピンときていなかったみたいだけど。


 ギルドハウスハッピーニャンフェスタ。結界が張ってあるため、モンスターの立ち入りは不可能。日々冒険で身を削るハンター達の、心と体を癒す、第二の我が家。ヒーラー属性のメイド達がケチャップとチョコソースとマヨネーズとデスソース片手にご奉仕しちゃうゾ♡ ──ねぇ変なのあったけど。ていうか片手に収まるの、その量。


 篠原マキさんはここでメイドとして接客しているらしいけど、別に私たちに対応してくれなくてもいい。彼女を目視できれば、私の能力で過去を視て、彼女の自殺を止める手がかりを入手する。それが今日の目的だった。


 お店の一番奥の席へと案内された私とレドル。好都合だ。異能の鎌は普通の人間には見えないとはいえ、私の変な動きや、能力を使用した際の反動=嘔吐が沢山の人間に見られるのはまずい。


 着席してからすぐに、私たちの担当のメイドさんがやって来た。


「こんニャロハー! 今日のハンターさんは貴方達ですね? ギルドハウスニャンフェスタの四天王の一人、イエロー担当シャイニング・マキマキでーす! よろしくニャン?」


「「…………」」


 猫耳をつけて派手なメイクもしているが、私たちの元にやって来たメイドさんは、どう見ても……、


「マキさん、昨日はお家を汚しちゃってごめんな──ぼごべッ!?」


 鋼の丸トレーが私の脳天を直撃する。


「あ、ごめんにゃさーい、手元が狂ってしまいました! すぐに手当てをしますので、裏にご案内します♡」


 トびかける意識を必死に繋ぎ止めるなか、私はシャイニング・マキマキに腕を引っ掴まれて、事務所に連れて行かれていくのでした。


 レドルを置いて行くのは心配だけど……まぁどうしようも……ないか──────


「あらあら可愛いおチビちゃん。ごめんねー、シャイニング・マキマキとお客さんはちょっと後ろに言っちゃったから、ワタクシ、四天王ブラック担当・アポトキシン・ミユミユが担当するニャン。実はワタクシ……こう見えて悪魔なの☆」


「…………。あの、キャラ被りなんで、いいっす」


◆──◆──◆


「一体どういうつもり!?」


 店外の路地裏。人気の無い暗がりで、私はマキさんに突き飛ばされ、壁に激突する。


「よくアレでバレなかったね……今まで」

「昼間にこんなところ来るやつなんていないし、あたしだってもっと全力出せばキャラに成り切れるの。なのに昨日に懲りず今日もゲロストーカー女がやって来るとか、そりゃ動揺するに決まってるでしょ!?」

「そりゃ……そうだよね」

「ナニが目的なの? ナニをしたいの? いじめの復讐なら、もっと分かりやすいのにすれば!? 付けまわるとかキモすぎなんだけど。もはやそれが目的なの?」

「違うよ……復讐じゃ、ない。私はあなたを、助けたいの」


 私は昔からコミュニケーションが苦手だ。


「は……?」


 自分への過小評価のせいで、話しかけることすらできない。


「弟くんから事情を聞いてさ。なにか、辛いこととかあったら、聞いてあげたいなって」


 だけど、16年も生きていれば、私だって勇気を出して人と話す機会はあった。


「メーコさんやマヒロさんは小さい頃からの親友だけど、高校生になってからグレちゃって、馴染み深くなってしまった」


 その度に、私は後悔する。


「だからあの二人にも話せてないことがあるんでしょ。いじめてた相手とか……おかしいかもしれないけど、私は本気だよ!」


 全て空回りして、誰かを悲しませてしまうだけだから。


「ふざけんなッッ!!」


 声を張り上げるマキさんと、私の頬に走った激痛は同時の出来事。

 バシン、と軽快な音が鳴って、今度は横に吹き飛ぶ私。


「いい加減にしてよ。あたしを助けたい? 話を聞きたいだ? ほんっとぉーにどうしようもないアホなんだね。あんた。同情してくれる人なんてこれまでに何人もいたよ?

 相談事、お金、何でもくれるさ。……でも、嘘つき。みんな嘘つき。嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つきぃ!


 空っぽの同情も、友情もいらない。あたしは……あたしはッ……」


 マキさんは自分でも何を言っているのか分かっていないようだった。これが……マキさんの本音……?


「はぁ……。だからいじめられんだよ、お前。次、あたしの前に出てきたら、殺すから」

「…………」


 私はうずくまるだけで、何も言い返さなかった。……言い返せなかった。もし私以外の誰かであれば、最善の答えを返すことができるのかな……?


「じゃ、」


 踵を返して、事務所に戻っていくマキさん。こちらに振り返ることはない。


 ──好都合。


 ずん、ずん、と苛立ちを隠せない早足で事務所へ戻っていくマキさん。その後ろには、路地裏の暗がりに灯る、紅の魔眼が其処に在る──。

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