第8話:立場の弱さ
竜二たち元男子は女子トイレ緊急工事の問題を通じて「元女子であるはずの生徒会男子の無理解」、そしてあろうことか同性であるはずの「女性教師の立場の弱さ」を否が応でも思い知らされることになっていた。
「緊急の全校集会だって…」
「なんだろ?」
「女子トイレの件らしいぞ。なんでも一部の女子が騒いでるんだって…」
「マジかよ?せっかく帰ろうとしてたのに…」
そしてこの女子トイレの工事問題に関しては、一部の女子生徒が騒いだのでしかたなくといった雰囲気がみえみえの全校集会が後日、急遽開かれることになったのである。
全校集会という形で教頭に全生徒が集められたので、わずかな期待をもってしまう元男子もいたが、この問題は「この件に関してはもうあとわずかですし、それまでの間はなるべくトイレは早めにすませましょう」という何の解決にもならない男性教頭からの心無い一言で片付けられてしまい、それが多くの元男子の「諦め」を生むことになった。
全校集会を提案した元女子、つまり今の男子生徒会役員たちにしてみれば、あまり教師と対立したくない事情や、一応、教師から説明してもらって女子生徒には納得してもらおうという女子に対してのありがた迷惑な配慮があったのだろう。
しかし、これが8歳までとはいえ元女子なのだから自分たちの複雑な事情を察してくれるのではと、淡い期待を頂いていた元男子に止めを刺すことになった。この元女子の「無理解」という現実が、元男子に大きなショックを与え、絶望的なまでの無気力感を与えることになってしまったのだ。
…本当は帰宅できる時間帯に行われた全校集会。
…一部の女子のために開かれたという無意味な全校集会。
「結局、1年と2年の女子だけの問題じゃん」
この全校集会に対する評価は男子からも先輩女子からも手厳しいものだった。
「どうせ自分たちが何を言ってもだれにも理解されない」
「トイレ工事だって少しだけのことだ。我慢すればいいじゃないか」
「なんかいろいろ無駄だったよね」
心理学用語ではこれを学習性無力感というらしい。今回の件で、学習性無力感に陥り、自己主張をするのをやめざるを得なくなった元男子がどれほどいただろうか?
さらにいえば、竜二たち元男子にとってしてみれば、全校集会で舞台の上に立たされた元男子の生徒会メンバーは公開処刑を受けているも同然だった。彼女たちは教頭が長々と無駄話をするなか、直立不動を余儀なくされ、ずっと背後に立たされていたのだ。
あそこに立たされている人も自分もまだ高校生だ。
下手に教師たち大人に抗議をしても、権力や知識力の差から揚げ足をとられ、論点ずらしにあい、あしらわれるのは目に見えてわかった。最悪の場合、無知が露呈してしまい、馬鹿な子と同性からも軽蔑されるかもしれない。その悲惨な末路が教頭の後ろに立つことを余儀なくされ、注目の的となっている生徒会の元男子メンバーだということに気づいてしまうと誰も声をあげられなくなった。
それは今回の直接の当事者ではない竜二も同様だった。
「おれたちってなんなんだろ…」
全校集会に強制参加させられ、その様子を見ることを余儀なくされた竜二は自分のアイデンティティにさらに悩むことになってしまった。
もしかしたら教師や元女子たちはこんな場面、すなわち全員が注目している全校集会の場でも「女子には生理があるんです!だからトイレは必要なんです」などと羞恥心を捨てさり、男性生徒さながらに主張を続け、強面の男性教頭と対等にやりあい、教頭を説得できる格好いい女子を期待しているのかもしれない。
「お前ら元男子だろ!元男子ならもっとはっきりと意見をいえ!」
そんな都合のいいことを言ってくるかもしれない。
それでも、もしも竜二たち元男子が生まれつき女子だったら…もう少しだけ事情がかわっていたのかもしれない。そうであるならば、心無い言葉にもめげず、男性教頭と公衆の面前で対等に言い争えたかもしれないからだ。
しかし、元女子に元男子のトイレ事情が理解されなかったように、竜二たち元男子もまた性別適応特別講習を受けさせられ男女の違いを学ばされ、女子として過ごすことになった紛れもない被害者だった。
今の元男子は全員大なり小なり、第二次性徴を通じて男女の違いを思い知らされている。それには初経もあったし、身体が男子と違って身体が筋肉質ではないということもあった。
ところでこの年代の男子と女子では女子の方が自尊感情が低い特徴があるという報告があった。その理由は第二次性徴の違いが原因だとT-VIDが流行する以前よりいわれていたが、竜二たちの世代ではその傾向がより顕著になっていた。
どうしてT-VID前の生まれつきの女子より今の元男子の自尊心が低いのかは詳しくわかっていない。しかし、竜二たちは二つの性を経験していることで、以前よりも性差を比較してしまう傾向にある故、必要以上に性差を感じ取ってしまい、自尊感情の低下がみられるのではないのだろうか?…というのが専門家の見立てだった。
このような複雑な背景もあり…今回のトイレ問題のような性差に関する問題で…男子の生徒会長や強面男性教師とやりあえるだけの強いメンタルを持った元男子はこの高校には一人も残っていなかったのである。
本作はフィクションです。
不定期連載中です。
ストックがある限り、なるべく短い間隔で更新していこうと思います!




