3話 ファミレス
夜間勤務故に、夜道の運転は馴れているが、それでも後ろに子供を乗せて夜道を走るのは初めてだ。渚は強く俺を抱きしめ、十一歳にしてはいささか育ち過ぎな気がする胸の感触を背中に味わいながら、前を走るトラックの後を追うようにスロットルを捻ったりクラッチレバーを入れたりギアペダルを踏んだりしていた。
『悪』目立ちすると言っても過言ではないレモンイエローの車体は、蛍光色に近くて、夜道を走ると『良い』意味で目立つから良い。純正カラーだけど。
普段であれば適当なファストフード店に入るのだが、渚同伴のためファミリーレストランに入る。ファミレスなら品揃えも良いだろうし、渚も色とりどりの料理が印刷されたメニューを見れば、おのずと自分が食べたいものも出てくるだろう。
やっぱり膝が震えていたが、それでもさっき程ではなかった。もしかするとジェットコースターみたいに怖いから乗りたいみたいな思惑が渚にはあるのかもしれない。
二つのヘルメットを左右のサイドミラーにそれぞれ引っかけ、店内に入る。カランコロンと鈴の音に続き、軽快な入店音。
「いらっしゃいませー」
「大人一人、子供一人」
「はーい、二名様ですねー。おタバコは?」
「きつ……禁煙で」
愛想の良い高校生もしくは大学生くらいの清潔感のあるウェイトレスに、四人掛けのボックス席に案内してもらい、向かい合うように渚と座る。
「好きなもの食べていいよ。渚の生活費は母さん……君の叔母さんが出してくれるから、お金は気にしないで」
小学生の手にはいささか大きすぎるメニューをペラリと捲りながら、渚は熱心にハンバーグやらスパゲッティやらがでかでかと印刷されたメニューを眺めて行く。十一歳と言えば小学四年生か五年生、もうお子様プレートを頼む年でもないか。
俺は海鮮丼、渚はチーズハンバーグをドリンクバーと一緒に注文する。
やはり二人の間に会話は無かった。こういう時、大人はどうするのが良いのだろう。二十で学校を出て、その後仕事でしか人間関係を築いてこなかった俺には分からない。
スマホを差し出し、料理が届くまでゲームでもする? とでも言えばいいのだろうか? 小学生の子供が好むようなゲームアプリは入ってないし、何かの手違いでオナニーに使う画像フォルダが開こうものなら今後俺は渚と目を合わせることが出来ないだろう。
俺は少しだけ、渚の瞳が好きだった。姉に似てるからかもしれない。
手持ち沙汰にして退屈そうにしている渚の顔を見たくなくて、俺は無心にスマホを弄っていると、料理が運ばれてくる。「いただきます」と手を合わせる。
普段魚を食わないから海鮮丼を頼んだが、目の前の肉があると肉が食いたくなるから不思議なものだ。
「一口、貰ってもいいかな?」
「え、あ、はい……いいですよ」
「ありがとう」
俺は渚からハンバーグを一切れ貰い、渚のライスの上に海鮮丼の具を乗せた。
「交換」
「ありがとうございます……」
渚の身体が同年代の中で大きい方か小さい方なのか知らないが、渚はペロリとチーズハンバーグを平らげた。デザートを頼むよう促すと渚はチョコレートケーキを注文した。俺もプリンを頼んで、それもまた一口ずつ交換した。
会計を済ませ、駐輪所でまた渚にヘルメットを被せてあげる。
「少し、重たくなってませんか?」
「なってるね」
「……」
「でも、大丈夫」
レモンイエローのバイクが、ウィンカーを点滅させながら公道に出る。後ろの少女を振り落さないように、ゆっくりと。
少女もまた、振り落されないように力強く俺の胴に腕を回した。少しだけ、胃袋の中の海鮮丼が苦しそうに逆走しそうになったが、我慢した。