2話 バイク
遠目からでも目がチカチカするレモンイエローに塗られたアメリカンバイクに渚を乗せ、トコトコと進む。
当たり前だが小学生がバイクのタンデムに乗ることなどそうそうなく、渚も例に漏れずおっかなびっくりと言った風に、俺の背中に手を伸ばし、胸の前で俺にシートベルトをかけるように強く抱きしめていた。
俺もまた誰かを後ろに乗せることは初めてだし、少し乱暴に扱っただけで壊れてしまいそうな、俺の半分も生きてない少女を無傷にアパートまで届けるためにおっかなびっくり運転した。俺は既に免許を取って一年経ってるし、法律上未成年をバイクに乗せても問題はないはず。
アパートの駐輪場にバイクを止めると、久々に地面を踏んだ渚の足は少しだけ震えていた。エンジンキーとフロントタイヤをロックし、後輪にチェーンロックをかける。前乗っていたヤマハドラッグスター250はどこぞの盗っ人に盗難されてしまい、それ以降どれだけ面倒でもセキュリティに手は抜かない。
「入って」
「おじゃまします」
「今日から渚の家でもあるから、ただいまでいいよ。狭くて何もない部屋だけどね」
六畳ユニットバスのワンルーム。居間にはベッドとコタツテーブルと座椅子と本棚しかない。衣類はクローゼットの中に入りきるプラスチック衣装ケース三つで事足りている。
渚に先行して部屋に入り、電気を付けてオナニー後そのままにしていた使用済みティッシュをさり気なく回収してゴミ箱に叩き込んだ。
渚はどこに座ればいいのか分からないと言った風にオロオロしていたので、座椅子に座るよう勧めた。安物でもう何年も使っているせいでクッションはヘタっているが、床の上に座らせるよりマシだろう。背もたれもあるし。
「……」
「……」
しかし会話はない。それもそうだ。決して俺と渚の出会いは良いものではなかった。
無理やり押し付けられた親戚のガキを、渋々受け取った関係。
渚もふさぎ込みがちな、人見知りタイプなようだし、親戚と言えど多分会ったのはこれで二度目だ。それに一度目に会った時渚は一歳か二歳。初対面のおっさんと何を話すんだって話である。
彼女は何も時間を潰す手段を持ち合わせていないというのに、俺は沈黙に負けてスマホを弄ってしまった。気付くと日は沈み夜になっていた。
「そう言えば、お腹空いてる?」
「すいてます」
「じゃあ、夕飯食べよっか」
「ありがとう、ございます」
とは言うも、食うモンと言えば乾麺のそうめんと、同じく乾麺パスタとレトルトパスタソース。育ちざかりの小学生に食わせるもんがない。
俺も一応一人暮らしして六年程経つ。料理も出来なくないが、面倒臭くてろくな食材がない。日持ちするレトルトパスタや、袋ラーメンなどを買い溜めしている。
料理が出来るのと、毎日自炊出来るのは違う話だ。
「なんか食いに行こっか。何食べたい?」
「なんでも、いいです」
何でもいいが一番困るんだけど……と思うが、きっと本当に何でもいいのだろう。
多分、彼女にとって俺に図々しく自分の気持ちを主張することに恐怖があるのだろう。簡単に言えば遠慮している。
ここで「オジサン、私ステーキ食いたいんだけど」などと言い出したら、確かに俺は「このメスガキ、大人を舐めやがって……」と憤慨するだろう。自分から「何食べたい?」と聞いておきながら。故に俺は渚の消極的な発言を咎める資格を持ち合わせていない。
「じゃあ適当にフラフラして良さげな所に」
玄関で靴を履くと、テコテコと渚が付いている。渚の手には母親から借りたヘルメットが。
「バイクは使わないよ」
「……そうなんですか?」
相変わらず人形のような虚ろで、大人の前で必死に感情を殺して、静かにしていれば怒られないだろうと怯えながら生きてきたかのように思わせる渚の瞳が、少しだけ寂しげな色を灯す。
あんなに怖そうに強く抱きしめ、足をガクガクさせてたのに。
「じゃあ、バイク使おうか」
「っ……はいっ!」
それは初めて見せる、渚の笑顔だった。とてもとても小さな笑顔だったが、0が1になったことに変わりはない。そうであることを俺は願った。




