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1話 挨拶

 午前八時に勤務が終り、八時半に帰宅。そのままシャワーを浴びて朝食を食べて、軽くインターネットをした後、その延長でオナニーをしてベッドに入る。夢の中で俺は子供に戻っていて、死んだ姉も子供に戻って一緒に映画を見る夢を見ていたら、スマホの着信音で目が覚める。母からだった。


「太郎、久しぶり?」


「久しぶり……母さん」


「寝起きかい?」


「まあね、夜勤だから」


 チラリとカーテンのかかった窓を見る。夕焼けがカーテンの隙間から零れており、多分午後四時から六時くらいの時間。普段であればあと二時間は寝ていた。


「ちょっとウチまで来てくれない?」


 と母が言うものだから、俺は重たい身体を持ち上げて、軽く洗面所で顔を洗ってからバイクのヘルメットを被り玄関を出る。

 半年前に購入した、ホンダ、レブル250のレモンイエロー色の車体にまたがり、一度あくびをしてから実家へ向かった。


「突然だけど、この子を預かって欲しいの」


 三十分程で実家に到着し居間に通されると、そこには母と父と見たことない少女がいた。

 人形のような女の子だった。表情が固まり、瞳に色を宿しておらず、静々と俯いている。恐らくはとても緊張しているのだろうし、この家に馴染んでいないように見える。


「この子は?」


「花子の娘」


 姉の娘で、名前はなぎさと言うらしい。

 姉はシングルマザーだったが、五年前に死んで残された娘――つまり目の前にいる渚という少女は母方の叔母の家に預けられたと聞いている。


「叔母さんは?」


「まあ、色々あって」


 その色々という短い言葉の中に、短くでは説明できない様々な事情があることを悟る。恐らく渚は叔母の家を出ざらない事情があり、たらいまわしに遭っている最中なのだろう。確かに渚の父親は不明故に、快く預かろうなどという親戚もいないだろう。


「母さんは?」


「ウチも難しいの。色々あって」


 また色々という短い言葉でまとめられてしまった。その色々という中に「面倒臭い」とか「家を捨てた姉の娘など引き取りたくない」とかそういった理由も含まれているような気がしなくもないのだが、母親が「書類上は私達が養親になってるわ。太郎はこの子を預かってくれるだけでいいのよ」と、半ば確定事項かのように話を進めて行くのが、ほんの少しだけ気に入らなかった。


 けれどもだんまりしている父親と、その隣にいる母親から少し間をあけて座る、人形のような少女の、考えることを放棄したかのような瞳を見ていると、酷くやり切れない気持ちになる。

 俺はいい年扱いてふらふらしてるパート契約の貧乏人で、血の上では叔父、書類上は義兄と言えど、年頃の少女の教育に悪い影響を与えかねない人間である自負を持っている。でもここで俺が「嫌だ」と断り、母が別の親戚を呼んで「預かってくれ」「嫌だ」の繰り返しが行われれば、きっとこの少女は更に摩耗してしまうだろう。


「分かったよ」


 母親は嬉しそうに心からの笑顔を見せ、養育費と月々の生活費、その他必要な金は出すと言ってくれた。


「何も知らされずに来たから、バイクで来たんだけど」


 購入した時より誰かをタンデムに乗せる予定などこれっぽっちもなかった故に、ただでさえ少ないバイクの積載スペースに予備ヘルメットを入れる余裕などない。すると母親は普段母親が原チャリに使っているヘルメットを貸してくれた。


 俺は実家で飯に預かることも出来ず、そのままグイグイと追い出されるように渚と実家を後にした。母親の中の「色々」には、どうやら俺の予想をはるかに超える「色々」が詰まっているらしい。あの世話焼きな母親が、まるで忌み子を捨てるかのように――いいや、きっと忌み子なのだろう。母親にとって。


 姉は実家を捨て、どこぞの馬の骨とセックスして、結婚せずに出産し、その後死んだ。

 母親にとって姉は裏切り者であり、その娘もまた姉が遺した罪を引き継がなければならない理由が、母親と姉の間にあるのだ。


「それもまた、俺の知らない『色々』か」


「……?」


 母親から借りた半帽メットのあご紐を、指にひっかけバイクに向かうと、渚が不思議そうに顔を上げる。そう言えばまだ何も彼女に伝えていなかった。


「俺は桜井太郎。25歳」


「私は、海原渚です……11歳です」


「そっか、よろしく」


 俺は渚と同じ目線になるよう腰をかがめ、渚の小さな頭にはいささか安全性が保障しきれないヘルメットを被せ、あご紐を限界まで締めた。渚は俺の目を見て、「よろしくお願いします……」と答える。

 寂しい目だった。でも、俺と少しだけ似ていた。多分、姉の子だからだと思う。

 ベッドの上で寝る前にしてる妄想です。

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