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こころ  作者: 橋本洋一
9/17

親友 桃山さくらと森下ななみのこと その2

「二人とも紅茶とスコーンを持ってきたよ。さあ食べよう」


 読み始めてから三十分ぐらいして、七色さんが紅茶とスコーンを持ってきた。ポットに入れて来たのを見て、昨日の漆原さんを思い出した。


「ありがとー。なんだか悪いね、本読んでるだけで何の手伝いもしなくて」

「いいさ。お客様に手伝いさせるのは気が引けるしね。おや、伏見ちゃんはその本読んでいるのかい? 伏見ちゃんには少し刺激が強いと思うのだけれど」


 テーブルにポットとトレイを置いてそんなことを言う七色さんにぼくは「子供扱いしないでよ」と口を尖らせる。


「えっ? ころくん何読んでるの? 『蒼くて儚い宝石』? タイトルは綺麗だけど……うわあ」


 モモが覗き込んできたのでページを捲ってきついシーンを見せてやる。予想通りの嫌悪感丸出しの反応が見られて少し嬉しい。


「ななちゃんの趣味も悪くなったのかな? こんなの読んでると今話題の通り魔みたいになっちゃうよー」


 前半はぼくもそう思ったが後半はいただけない。七色さんが通り魔みたいになるとは思えないからだ。まあ当たり前だけど。


「私の趣味は悪くなったりしないよ。ただ興味があったのさ。人間を解体するような人間失格の気持ちがね」

「それってどういう意味だい?」


 ぼくが訊くと七色さんは「その前に紅茶とスコーンを食べてほしい」と言った。


「冷めると両方とも不味くなるからね。特にスコーンは焼きたてが美味しいんだ」


 それもそうだと思ってぼくとモモは本を置いてテーブルの近くに寄ってスコーンと紅茶に手をつける。ちゃんと「いただきます」と言ってから。


 ぼくは食べてる最中は何も話さなかった。モモと七色さんも同じだった。いつもなら本のこととかファッションのこととか話すのだけど。誰も一切話さない。スコーンや紅茶の感想ぐらい言ってもいいのに。


 しかし、居心地が悪いとかそんなネガティブなことはなかった。友達が居て何も話さなくても、それだけで嫌いになったりしないだろう。けして空気が悪いわけじゃない。だからぼくからは話さなかった。きっとモモも七色さんも気持ちは一緒だと思いたい。


「さて、食べ終えたからさっきの話を続けようか。どうしてその本を私が購入したのか」


 ぼくとモモが食べ終えるのを待って七色さんは話し始めた。モモは珍しく何も喋らず黙って頷いた。ぼくも同じように頷いた。


「私は通り魔に興味を持っているんだ。犠牲になった人には悪いとは思うけどね。喩えるならサンタがいつ来るのかわくわくしながら待っている子供のような気持ちだ。不謹慎極まりないけどね」

「…………」

「へえ、そうなんだ」


 いきなりの告白にぼくは沈黙してしまったけど、モモはなんでもない風に納得したようだ。

 いやいや。かなり変わっていると思うのはぼくだけか?


「昔からそういうのが好きだったわけじゃないんだけどね」


 七色さんは照れたように言った。いや、何故照れてるのか理解できない。


「私はね、本を読んでいれば幸せな人間なんだ。それと二人が居ればそれで満足できる人間でもあるんだ。そう信じていた」


 そこで少し間を空けて、そして続けた。


「だけどね、この街の近くで殺人を行われているって知って。私はなんというかドキドキしたんだ。たくさん人が死んでいるって分かっているのに、その行為にときめいてしまっているんだ。当然、人が死ぬのは悲しいことだ。痛ましいと思うし同情もする。だけど――それ以上に心が惹かれるんだ」


 ぼくはこの唐突で異常な告白に――なんて返していいのか分からなかった。ふとモモの顔を見るといつもの笑みを消して神妙な面持ちで七色さんをずっと見つめていた。

 七色さんは淡々と語りだす。


「新聞やテレビで通り魔の行為を知るたびにまるで恋をしている乙女のように胸が痛くなる。もしかしたら私は異常かもしれない。人殺しを肯定するわけではないがそれと似たような気持ちになっている。だから私は、この『蒼くて儚い宝石』のような本を読むようになったんだ」


 そこにつながるんだ。ぼくは小説の冒頭を思い出す。


「確かに小説は面白い。しかしそれは所詮フィクションだ。いくら凄惨な描写で殺人を描いても、本物には到底及ばない。そう感じるようになったんだ」


 七色さんはぼくとモモを真っ直ぐ見た。


「私は異常なのだろうか。正気でなくなっているのだろうか。私自身はまともな人間だと思うが、どうなんだろうか」

「……正直さあ、あたしには分からないよ」


 なんだか困ったような口調のモモ。普段のおちゃらけた雰囲気ではなく、真面目な感じだった。


「確かにななちゃんの考え方は異常だと思うけど、理解できないと思うけど、だからってあたしはななちゃんのこと嫌いになるのはないよ。それは安心して。だけど今のことはあまり言わないほうがいいよ」


 とても常識的だ。友達の奇行は見てみぬフリをするか、受け入れて認めるかの二択だと思うが、モモは後者のほうを選んだんだ。

 ぼくは――


「ぼくたちだけに打ち明けるぐらいならいいんじゃない? 周りに人がいるときに話しちゃうのは駄目だけどね」


 なんでもないように言うと七色さんは「そうか」と目を伏せて言った。


「はっきり言って引かれると思った。最悪、絶交されると思ったよ」

「いや、引いてるよ? 絶交まではいかないけど」

「あたしも少し引いてる」

「……ごめん」

「謝る必要なんてないさ」


 ぼくは努めて明るく言った。


「誰だって人に言えない秘密が一つや二つあるさ。あるはずなんだ。びっくりしたけど、ぼくは打ち明けてくれて嬉しかったよ」


 ああ、なんて戯言なんだろう。


 ぼくは二人に言えない秘密を抱えている。口が裂けても言えないような、心が裂けても言えないような秘密を隠しているんだ。言ってしまえば楽になるだろう。でも決して言えない。だってそうだろう? 『キャリア』なんて訳の分からないモノに成り下がってしまって、もっとはっきり言えば化け物になってしまったなんて言える訳がない。これは二人に対する――いやゆめ姉も含めると三人か――裏切りだ。罪悪感で押し潰されてしまう。なんでこうなってしまったんだろう。ああ、死にたくなって死にたくなって死にたくなってきた。


 だから、ぼくはこんなことを言ってしまったのだろう。


「ぼくね、七色さんのこと大好きだよ」

「…………」

「……ころくん?」

「もちろんモモも同じくらい大好きさ。普段照れて言わなかったし、言えなかったけど、二人には本当に感謝してる。一緒に葉桜高校に進学してくれたのもあるしさ。まあそれだけではなくて、二人が居てくれて毎日楽しいし、なんていうかとても幸せだよ。陸上やってた頃よりも充実してるかも。ぼくは二人に出会えたことを神様に感謝しなくちゃいけないね。だから――絶交とか言わないでよ。どんな人間だろうと、七色さん、それにモモも絶対に離れないから安心して」


 最後はにっこりと、優しく見えるように笑った。二人はぼくのことを驚いた表情で固まっていた。

 あれ? 可笑しいこと言ったかな?


「ちょっと二人とも――」

「ころくん!」


 なんとモモが凄い勢いで抱きついてきた!

 な、なにが起きたんだ?


「ころくんがそんなこと言うなんて感動だよ感激だよ! めったに言わないのに、今日どうかしちゃったの? 昨日休んだとき、お医者さんから何か言われたの? ねえ、熱とかない?」

「……お前は感動してるのか心配してるのか支離滅裂だよ……」

「私も流石に驚いたな」


 七色さんも心なしか涙目になっている。珍しい。


「伏見ちゃんの熱い想いは受け取ったよ。私も桃山ちゃんではないけど、惚れそうになった」

「あたしはいつもいつでもころくんに惚れてるよう」

「分かった分かった。まったく、言わなければ良かったな……」


 照れ隠しに呟いて。抱きついてきたモモを引き離して。その後三人で顔を見あせて「あはは」と笑いあった。

 やっぱり慣れないことはしないほうがいいな。リズムが狂っちゃう。


「私のことを受け入れてくれた二人に、見せたいものがあるんだ」


 場が収まって。スコーンと紅茶を食べて飲んで。しばらくしてから七色さんは切り出した。


「なあに? また通り魔の話?」


 いくらなんでもそれはないだろうと思うがそれを裏切るように七色さんは「そうさ」と言った。

 いやいや、受け入れるけど引かないとは限らないよ? ていうか引くわ。


「これを見てほしい」


 七色さんはベットの下から(エロ本を隠す中学生みたいだ)紙の束を取り出す。

 これは――地図だ。どこか見覚えがあるような……


「私なりに通り魔の出現ポイントをまとめたものだ。これは竹波市の地図で、印が付いてるのが殺害現場と死体発見現場だ」

「ふうん。見覚えあると思ったら竹波市か。でもどうやって場所とか調べたんだい?」


 訊くと七色さんは何気ない感じで「ネットにはこういう情報が転がっているんだよ」と言った。


「それに地元だからね。話題になってるのもあって、情報が集まりやすい。デマはたくさんあったけどそこは女の勘でなんとかなる」


 確かに七色さんの女の勘は怖いほど当たるからな。百パーセントとはいかないけど八割くらいはいくんじゃないかな?


「ひゃあ。こんなの調べてるの? 結局ななちゃんはどうしたいわけ? 通り魔に会いたいの?」


 モモの疑問に七色さんは「さあね」とクールに返す。


「会いたいって気持ちはないことはないけどね。私は質問したいのかもしれないな」

「質問? どんな?」

「あなたは自分の存在を許すことができるのかってね」


 妙に底冷えする声音で言い放つ。ぼくは少し肌寒さを感じた。


「…………」


 モモも押し黙ってしまう。

 おいおい何だよ。さっきまで笑いあっていたんじゃないのか? まるで山の天気のように雰囲気変わり過ぎだよ。


「そ、それってどういう意味だい?」


 沈黙に耐えられないので質問をしてみた。少しでも和やかな場に戻したくて。


「意味だって? そのままさ。人殺しをする自分の存在を肯定するのか、否定するのか」

「……さっき、ときめくとか惹かれるとか言わなかったっけ?」


 モモが黙ったままなので仕方なくまた質問する。これも珍しいなと思いながら。


「私がときめいたり惹かれたりするのは殺人行為さ。通り魔自体はそこまで好きではないのさ。そうだね――切り裂きジャックを二人は知ってるかい?」

「いや、知らないな」

「え! ころくん切り裂きジャック知らないの? 有名じゃない……本とか読んだら一度くらい目にするでしょ」


 モモがようやく口を開いたと思ったら馬鹿にされた。いや、普通の高校生は知らないと思うが。


「映画にもなったじゃあないか。テレビでも話題になっている。今回の通り魔でも『現代の切り裂きジャックか!』って言われただろう? 本当に聞いたことも見たこともないのかい?」

「いや、ニュースで聞いたことも見たこともあるけど、詳しくは知らないな。ヨーロッパあたりの殺人鬼だっけ?」

「イギリスだよう。しかも舞台はロンドン!霧の都で行われた大事件だよ! 今の通り魔と同じ内臓が見えるくらいバラバラにされちゃうんだよっ! 怖いよね!」


 モモの興奮した語り口はぼくを逆に冷めさせた。なぜかぼくの友達、親友たちはスプラッタなことに精通しているみたいだった。


「切り裂きジャック――ジャック・ザ・リッパーとも言われるが――犠牲者は二十人ぐらいとされているけど、確実に殺されたとされるのは五人だね。メアリー・アン・ニコルズからメアリー・ジェイン・ケリーまでの娼婦たち。そう考えると八人殺してる今の通り魔の異常さは際立つけど――それでも切り裂きジャックの知名度と比べると後塵を拝するのは否めない」


 七色さんも語る言葉に熱を持つ。しかし、ぼくにはどこか外国の言葉のように感じられた。まばらにしか情報が入ってこない感覚。


「さて、伏見ちゃん。星の数ほどある殺人鬼の中で切り裂きジャックがなぜ世界で最も有名であるのか。分かるかい?」

「……殺害方法が残虐だから?」

「違う。もっと残虐に殺す殺人鬼は現代のほうが多い」

「……殺害人数が多いから?」

「違う。何十人、何百人殺した殺人鬼は少ないけど、決していないわけではない」

「……劇場型の殺人鬼だから?」

「違う。死体を堂々と『飾る』殺人鬼はたくさんいるけど、そこまで有名じゃない」

「……ごめん。分からないや」


 ぼくは両手を挙げて降参のポーズを取る。


「答えを教えてくれるかな?」

「その前に桃山ちゃんの答えを聞きたい。桃山ちゃん、分かるかな」

「そうだねえ。うーん……」


 腕を組んで考えるモモ。そして分かったとばかりに手を叩く。


「捕まらなかったからかな? たくさん殺したのに逮捕できなかったのは普段警察――政府に反感を持っている人はここぞとばかりに批判したんだと思うよ。その時代は産業革命の途中でしょ? 社会権が制度かされていないしね。だから人々の噂になってだんだんと有名になったのかな?」


 当時の世情を交えた説明にぼくは理路整然としているなあと感心した。やっぱりモモは頭が良いなと思った。


「うん。ほとんど正解に近いね」

「えっ? 正解じゃあないの? 自信あったのに、残念だなあ」

「私はもっとシンプルな答えだと思う」


 そこで七色さんはちょっともったいぶって言葉を止めた。そして言う。


「その答えは――誰も切り裂きジャックの正体を知らないからさ」


 その答えにモモは「ああ、なるほど」と納得する。ぼくは意味が分からず「どういう意味だい?」と質問する。


「ぼくは二人と違って頭が良くないんだ。順を追って説明してよ」

「うん、そうだね――伏見ちゃんは既に読み終えた本とまだ読んだことのない本、どちらを読みたいと思う? 本の内容は同程度だと仮定して」

「それは――まだ読んだことがない本かな」

「だろう? それはなぜか。知らないということ自体が付加価値となっているからだ。もっと言えば未知という価値が魅力となっているのさ」

「知らないということが魅力的になる? ああ、だから得体の知れない切り裂きジャックが魅力にあふれていると、そう言いたいのかい? それはいささか誇張してるのだと思うけど……」

「まだ結論が速すぎると思うよー。ねえ、ななちゃん」

「桃山ちゃんの言うとおり。理解を助けるだけのこと。喩えは喩えさ。そうだね、魅力というより恐怖ならばどうだろう。未知は確かに魅力はあるがそれ以上に恐怖があるのさ。人類というのは自分の身を守るためにありとあらゆる手段や情報を使ってここまで進化してきた。だから遺伝子レベルで未知に対する恐怖が刻みこまれているのさ。つまり人類は知らないことが一番怖い。だからロンドンの霧に紛れ、闇へと消えた切り裂きジャックを今現在でも追いかけ続ける人種がいたりするのさ。まあアプローチが違うだけでアマチュアの探偵もどきや学の浅い推理小説家なんかはある程度の結論をつけたがる。前者は妄想で後者は創作という方法でね」


 恐怖は人を遠ざけるものだと思っていたけど、逆に引き付けるものなのか? オバケ屋敷と似たようなものなのか?


「面白いと思わないかい? 誰も正体を知らないからこそ、切り裂きジャックは世界で一番有名な殺人鬼になれたんだ」

「うん、面白い。だけど切り裂きジャックの魅力は分かったけど、七色さんの主張と何が関係あるんだ? ますます矛盾してくると思うけど」


 そうなのだ。長々と殺人鬼の魅力を語っても、通り魔に質問――この場合、詰問と言ってもかまわない――したいという七色さんの心理が分からなくなってしまう。


「いやいや、それが矛盾しないんだ」


 七色さんは首を振る。


「実際に見たことがないから断言できないけど、殺人行為には様々なスキルが必要だと思うんだ。凶器を扱う技能、人間を解体する度胸、殺人を隠蔽する工作、ターゲットを選別する審美眼などね。それらを収斂した一個の技術としてそれは素晴らしいことなんだろうけど扱う人間が二流だとなまくら同然だね。切れるものも切れなくなってしまう」

「通り魔が二流? だったらなぜ捕まえられないんだ? それこそ言いたくないけど、殺人鬼として一流である証拠じゃないのかい」

「いや、そうとは限らないよ」


 モモが口を挟んできた。


「お父さんが小耳に挟んだんだけど、現場には証拠らしき毛髪があったり、指紋こそないけど手袋痕がそこらじゅうにあったりするし結構ずぼらだね。捕まるのも時間の問題だねえ。ななちゃんもそう思うでしょ?」

「ああ、確かにそのとおりだ。それに加えて殺人が雑すぎるし、なにより殺しすぎているんだ。人間を殺すのに解体する必要はないだろう? 殺したいなら心臓か脳をブスリと刺せばいい」

「それは通り魔の趣味じゃないのかな」


 なんで通り魔の立場になって考えなきゃいけないのか分からないけど、そう反論してみる。


「いや、それも違う。私が独自に調べた結果どうも怨恨で殺しているフシがある。怒りと恨みで犯行しているんだ。まあ、それはどうでもいいか。とにかくスキルは一流だけど殺人鬼としては二流さ。だから私は殺人行為は愛しているけど通り魔自体に興味が湧かないんだ。分かりやすく言うならば小説は好きだけど、書いた作者はどうでもいいって感じかな」


 うーん、殺人行為を作品と言っていいのか倫理的にどうかと思うけど、だけど分かりやすい。

 ちなみにぼくたちは本だけではなく作者にも興味を持っている。サイン会にもたまに行くしね。


「それで、最初の質問に戻るけど、どうしてそんな自分の存在が許すとか許さないとか聞くのかな?」


 モモが話を戻して訊いた。ぼくも気になるので黙って頷く。


「かなり遠回りになってしまったけど、今までの話を踏まえた上で言うと――」


 七色さんはじらすように間を置き、そして言う。


「人を殺すくらいなら自殺すればいい。なぜなら殺すくらい愛すべき他人なんて存在しないし、自分以外に愛すべき人間も存在しないからさ」

「……はあ?」


 訳が分からない。七色さんの言ってることが理解できない。クエスチョンマークが頭の中を占めている。


「ななちゃん、それ意味が分からないよ」


 理解力と読解力のあるモモでも流石にピンとこなかったみたいだ。キョトンとした顔で七色さんを見つめている。


「二人とも理解不能って顔だね。また遠回りになりそうだけど説明するね――とはいっても私の哲学や主観が入り混じったものになってしまうけど」


 少し言葉を切って、七色さんは語りだす。


「殺人行為は美しいというのは先に語ったとおりだ。しかしそれらを高めるには行為自体に情熱と愛情がなければならないのさ。だってそうだろう? 何の興味がないことにどうしてやり続けることができるのさ。それに殺人行為なんてハイリスクでローリターンなものだしね。はっきり言って身に会わないことだらけだ。警察に追われるし殺人に対する罪悪感に苛まれるしなにより誰にも言うことができない。この誰にも言えないというのは一番重要なことだ。なぜならそれは孤独を強いられるってことと同じだからさ。友人や恋人なんて望めないし、ましてや好敵手や理解者なんて望外に等しい。だから殺人鬼は孤独であり続かなければならない。それなのに殺人行為を続ける意義と意味、それは――」


 七色さんは一気呵成に言って、どこか悲しげな、蔭りのある笑みを浮かべて――


「愛に満ち溢れているからさ」


 それは意外にも魅力的な笑顔だった。その笑顔に見とれて、ぼくは何も言えなかった。


「こうも言えるな。殺人鬼は殺人行為を通じて愛を感じるのだろうとね。食事や性行為と一緒だ。栄養補給の為の食事を味を楽しむようになったり、生殖行為の為の性行為を快楽のために感じるようになったりしてね」

「恨みや妬みのために殺す人もいるじゃん。さっき、ななちゃん通り魔は怨恨で殺しているっていったよ。それは一体どういうことかな?」


 モモが訊くと七色さんは苦笑する。


「恨みや妬みで殺す人間も愛があると思う。愛がなければ無関心になるからね。恨みや妬みも歪んだ愛の一種さ」


 その言説にモモは肯定も否定もしない。だからぼくも黙ったままでいた。


「話を戻そう。殺人鬼の愛は一方通行であるのは分かるよね? 自殺志願者以外に殺してほしい人なんていないから。それを考えると矛盾が生じる。この世で最も強い愛とは自己愛であるからさ」

「自己愛? 他人に対する愛じゃなくて?」


 ようやく口を挟めたぼくに対して七色さんは首を横に振った。


「そう自己愛だ。ナルシシズムは言い過ぎだが、人間誰しも多少なりとも持っている。しかし殺人鬼は自己愛が強い人種であると科学的なデータがある。今回の通り魔みたいな劇場型の殺人鬼は自己愛の強い人間だと言えるね。人間を殺すだけでは飽き足らず、解体までしている。これは自分の存在を見てほしいからさ。正体を知られたくない気持ちと半々であると断言できる」

「つまり、愛で殺人をする人間は自分こそがこの世で一番殺したい人間だってこと? あたしには理解できないよ。それだったらナルシストは全員自殺しなきゃいけないじゃん」


 モモの一言に七色さんは「そうだね」と返す。


「ナルシストの語源となったナルキッソスは水面に写った自分の姿を見続けて衰弱死したらしいね。これもある意味自殺だろう。まあそんなことはどうでもいい。だから私は尋ねたいのさ。どうして自分を殺さないのか、ひいては自分の存在を許せるのか否かってね」


 そこで話が繋がるのか。ぼくは自分を殺すという言葉に『ドリアン・グレイの肖像』を思い出した。


「ななちゃんは通り魔に恨みがあって訊こうとしているんじゃあないんだね」

「当たり前さ。恨みなんてない。もちろん親しみも感じてないけどね」


 その言葉にぼくはホッとした。それだったら危険極まりない通り魔を捕まえようとしないだろう。ただでさえ危ないのに、二人は知らないけど『キャリア』の可能性がある――あくまで可能性だ。漆原さんの話をまるっきり信じるほどぼくは純粋ではない――そんな危険人物に七色さんを近づけないようにしたい。


 二人はどんなことをしても守る。

  例え通り魔だろうがなんだろうが。


「……ころくん、どうしたの?」


 モモが不安そうにぼくの顔を覗き込む。ぼくはハッとして、それから「なんでもない」と返した。


「すまないね伏見ちゃん。こんな気分の悪くなる話を延々と続けて。気分が悪くなったかい?」

「いや、大丈夫さ。本当になんでもないよ。それより七色さん、『蒼くて儚い宝石』って本貸してよ。時間も遅いし、そろそろ帰らないと」

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