第十二話「プリンセスの運命、救います。〜後編〜」
作中に登場する固有名詞は、実在のものとは、一切関係ありません。
「…ただの小娘ではない、ということか。もっとも、ここにたどり着いている時点でそうだがな。」
「ま、そういうことね。」
対峙する男と女。邪悪なオーラを全身に纏う男と、神聖なオーラを右手に宿す女。
近づきも離れもせず、一定の間合いを保ったまま睨み合う二人。すると突然、
ピ……ピピ…………
「ん?」
微かな音。何の音かと視線を巡らせるフィーア。
「…ふふ。ついに時は来たれり…。」
ピピピピ……ビビ…
「魔宮の皇女、誕生の瞬間だ。」
「…まきゅーのこうじょ?何よそれ。」
「この場で消え行くお前が詳しく知る必要はない。」
「なによ〜勝手な事言ってくれちゃって。こっちは、まきゅーのこうじょとか関係ないの。プリンセスを助けに来ただけなんだから。」
「ほぉ…プリンセスを助けるために乗り込んできたのか。ご苦労なことだ。」
「そぉよ。ご苦労様なんだから、さっさとプリンセスを返しなさい。」
「不可能だ。すでにプリンセスは存在していない。」
「はぁ?」
「プリンセスは、魔宮の皇女へと生まれ変わったのだからな。」
…ピピ、ピピピピッ!
パァーーーーーーーーーーーーーーーンッッッ!!
「!」
プリンセスを包んでいた球体に次々に亀裂が入り、そして、派手な音と共に破裂した。真透明な水が床へと流れ落ち、プリンセスの体は、ゆっくりと床へと落下していく…
「あ!あんなところにいたの!?」
今気付いたんですか?。ウィングがいたなら、そうつっこまれていたところだろうが、今、つっこんでくれる相手はいない。
受け止めに向かおうとするフィーアを、男が牽制する。
「ちょっと!邪魔しないでよねっ!」
「ふふ、まだわからぬのか?あれは、すでにプリンセスではないと言ったであろう。」
「関係ないわよ!」
男の言葉をすっぱりと否定するフィーア。
「私はプリンセスを救いに来たの。もしプリンセスが別の何かに変えられてしまってるって言うなら、それを元に戻すのも含めて、救いにきた、ってことよ!」
「無駄だ…。プリンセスという存在はすでに消え去り、彼女は魔宮の皇女という存在に生まれ変わっている。元に戻すなど、意味の無い徒労…。」
「そっちの基準で決めないで、っての!」
今までの気楽なムードから一変、真剣な表情のフィーア。その時、
「……………。」
「あ……。」
静かな瞳がフィーアを見つめていた。冷たいわけでもなく、敵意があるわけでもない。ただ、静かな瞳。時が停まったかのような瞳だった。
「ふふ…、この瞳で見つめられても、まだ救えると?」
「…救えるわよ。」
いつにない緊張感がフィーアを支配する。白銀の手をぐっと握ると、声に力を込めた。
「それが、私の仕事だもの!」
「…まったく…、よくこんなとこ一人で突っ切りましたね。」
十数体目かの猛獣にバインドをかけ、ウィングは、ふぅ、と、息をついた。
サーチアイを使った追跡は困難を極め、すぐにサーチイアーを併用した探索に切り替えた。彼女の悲鳴や足音、モンスターの唸り声…。様々な音を辿りながらの捜索。何体ものモンスター達をやり過ごしながら、なんとか奥へ奥へと進んできた。
(どうにかして早く追い付かなければ…。)
ウィングの表情には、焦りの色が浮かんでいた。
サーチイアーからの情報が、先程から途絶えている。最後に聞こえてきたのは、正気を取り戻した彼女の独り言と、なにかが起こったのであろう、短い悲鳴。フィーアならたいていのことは問題ないだろうが、万が一、ということもある。
「とにかく、最下層に急ぎますか。」
目の前の通路を見据えると、ウィングは再び歩き始めた。
「…っもう!なんなのよっ!」
「ふふ…、どうした。この者を救えるのではなかったのか?」
イライラするフィーアに、男が嘲りの言葉を浴びせる。実際、ダメージこそ受けていないものの、フィーアはかなり手を焼いていた。
魔宮の皇女となったプリンセスは男の忠実な下僕となっており、彼の命令通りにフィーアに襲い掛かってきた。しかもその身には、球体の中で蓄積されたらしい、膨大な量の魔力が宿っていたのだ。
プリンセスを元に戻すには、蓄積された邪悪な魔力をエンジェルフィストの力で浄化させなければならない。だが、プリンセスに接近しようとしても、彼女の強烈な魔力による波動弾や衝撃波などで押し返されてしまう。命令を出している男を先に倒そうとしても、プリンセスが妨害に入り、結果は同じであった。
結局、フィーアの防戦一方、という形になってしまっている。
(ウィングがいれば、動きを封じてもらえるのに…。なんでこんな肝心なときにいないかなぁ!)
今回ほど、彼の不在がきついと感じた時はなかった。おそらくウィングもここへ向かっているだろうが、いつやってくるかわからない相手をあてにするわけにもいかない。
(…どうしたもんかなぁ…。)
考えを巡らすフィーア。プリンセスを救出すればいい、と考えていたフィーアにとって、プリンセス自身が敵となって現れる、という展開は予想外のことであった。
「…あまり遊んでいる時間も勿体無い。」
不意に男が呟いた。プリンセスに視線を移すと、
「さあ、魔宮の皇女よ。暗黒の中へと、身を投じるがよい。」
「………。」
指示の言葉をかけた。プリンセスは、その言葉に機械的に反応し、くるりと背を向けた。
「え!ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
はっとして声をかけるが、プリンセスは全く意に介さず、黒い穴の元へと歩いていく。慌てて止めに向かおうとするフィーアだったが、その前に、男が立ち塞がった。
「これが最後の一手…。邪魔をするでない。」
「邪魔するわよ!あの穴、明らかにやばい気配ぷんぷんじゃないの!」
「ふふ…、当然だ。あれは邪神の世界へと通じる穴だからな。」
「は、はあ?」
「理解せずともよい。どうせ、知った所で詮無きことよ。」
「どっちにしたって、そんなやばそうなとこにプリンセスを行かせるわけにはいかないわよっ!どきなさい!」
「…愚か。」
男をかわしてプリンセスを止めようとするフィーアに、男が放った無数の波動弾が襲い掛かる。
「あ〜〜〜〜!もうっ!!邪魔よっ!」
エンジェルフィストで、その全てを消し去っていく。だが、次々に放たれる波動弾の対処に追われ、プリンセスに近づくことが出来ない。
そうこうしているうちに、プリンセスは黒い穴の目の前までやってきた。
「なっ!やばっ!!」
「さあ、魔宮の皇女よ。この世と邪神の世をつなぐ贄となるのだ。」
「に、贄!?なんだかよくわかんないけど、そんなやばそうなことはさせないっ!(こ〜なったら一か八かっ!!)」
「つくづく愚かな…。この期に及んで、まだ何か出来ることがあるとでも…」
勝ち誇った男の声。が、次の瞬間、
「エンジェルフィスト、フルパワー!!しゅーーーーーーーーーーとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
今までとは比べ物にならないほどの神々しく神聖な光がフィーアの全身からほとばしり、部屋一面を、白銀に染め上げた。
「ぬうっ…!」
咄嗟に結界を張って、白銀の光から逃れた男。だが、周囲は一面白銀の光に覆われ、何がどうなっているのか確認することが出来ない。うかつに行動すれば、光に巻き込まれてしまう。
やがて、光はゆっくりと収まっていき、男に視界が戻った。結界を解除し、周囲を確認する。と、
「な、なにいっ!?」
勝ち誇っていた表情が一変。男の表情は驚愕に包まれていた。
邪神の世界とこちらの世界を繋ぐ為に、長い時間をかけて闇の空気を満たしていたこの部屋が、すっかり清浄な空気に変わっている。そして、完全に闇の皇女と化していたはずのプリンセスからは一切の魔力が消えうせ、床に崩れ落ちていた。さらには、彼の計画の要であった邪神の世界と通じている黒い穴。それが、どこにも見当たらない。完全に消え失せていたのだ。
「ふふっ…。プリンセスを元に戻せればいい、って思ってたけど、やばい穴の封印まで出来ちゃうなんてね。さすが、私。」
フィーアが自慢げに言い放つ。だが、その声に、普段の元気はない。
(一か八かで成功したのはよかったけど、やっぱフルパワーで力使っちゃうと、体力的に辛いわね…。)
いかにフィーアといえど、体力は無尽蔵ではない。この体力で、次、どう動くか、と、考えようとした時、
「……おのれ…。」
男が、フィーアへと向き直った。全身が怒りで満ちているのが、遠目からでもわかった。
「あら、もしかして怒ってるかしら?」
「……よくも、よくも我が長年の野望を振り出しに戻してくれたな!…覚悟は、出来ておるのだろうな。」
「お〜。やっぱ王道な悪役ねぇ。その手の台詞はお約束ね。」
「ふざけおって…。簡単には死なせてやらぬぞっ!」
「もう、冗談が通じない男は、器が小さい、って思われちゃうわよ。」
口では余裕のあるフィーアだったが、内心では、かなり焦っていた。
(さて、どうしたものかしら…。正直、あいつの魔法をどれだけ裁けるか…。今の体力じゃあ、自信がないわね…)
今の体力では、エンジェルフィストとデモンズフィスト、どちらの力も、一、二発撃つのが限度。おそらく相手は怒りに任せて、魔力を出し惜しみすることなく攻撃してくるだろう。
(ウィングとはぐれたのも、プリンセスが敵として出てきたのも、こいつの力が予想以上に強いのも、ホント、全部予想外ね…。前みたいに、相手の攻撃を打ち消しながら攻撃できると思ってたんだけどなぁ…。)
じり…、と後ずさるフィーア。男もそれに合わせて、一歩前に歩み出てくる。
(こうなったら、玉砕覚悟で突っ込んでみようかしら…?)
真剣にそう考え始めたフィーア。と、
「…?」
何かを感じたフィーア。気のせいかもしれない。だが、気のせいにしては、はっきりと感じる。
「…もしかしたら…。ふふ、楽させてくれる展開かしら?」
「何を言っている。楽に死なせてなどやらぬ。」
「いやいや、そういう意味ではなくてですねぇ。」
くすくす笑いながら男に背を向け、閉ざされた石の扉へと向かうフィーア。その足取りはふらついているが、表情からは、不安が消え去っている。
「ふん…。扉を破壊して逃げるつもりか?無駄だ。この私の怒りを買った以上、生きてこの迷宮を出られはせぬ。」
「ふふ…。」
男の言葉に、不敵に笑ってみせるフィーア。
「生きて出るわよ。必ずね。」
ゆっくりと、デモンズフィストの紫色に染まった左手を振り上げる。
「この石の扉の外に…」
「…?」
「希望が到着してるはずだからっ!」
…ピ……ピ、ピピ………
パァァァァァーーーーーーーーーーンッッッ!!
「………えへ。いた。」
「フィーア…やっと追いつけましたよ。」
やれやれ、と胸を撫で下ろすウィング。数十分ぶりの再会であった。
「まったくもぉ…勝手にはぐれないでよね〜。」
「勝手にはぐれたのは、あなたの方です。」
「どっちでもいいわよ〜。」
そう言いながら、ウィングの後ろへと回り込み、ペタリと座り込むフィーア。
「じゃ、私疲れたから。あいつの相手、よろしくね〜。」
「…えぇ。」
普段なら、何勝手な事言ってるんですか、ぐらいのことは言うウィングだが、今回は素直に頷いた。フィーアの体力が限界なのが、目に見えて明らかだったからだ。
「まったく…無茶しすぎなんですよ。」
「無茶しなきゃならない状況だったのよ〜。とにかく、私がこんだけ頑張ったんだから、あなたもしっかり頑張るよーにっ!」
「わかりました。」
ウィングのその言葉に満足したのか、にっこりと微笑みをを返すと、フィーアはそのまま、スヤスヤと眠り始めた。
「やれやれ。随分と信用されてしまったものですね。」
軽く苦笑すると、ウィングは、男に向き直った。
「信用された以上、裏切るわけにはいきませんよね。」
「ふん…。その小娘の仲間か。」
「ま、そんな所です。」
「希望、か。薄っぺらな希望だな。」
「…一人増えた所で、大した意味は無い、と?」
「ここは、我が迷宮。その最深部までたどり着いた以上、それが誰であっても、生きて出ることなど叶わぬ。」
「自分のホームだけに自信満々、ってところですか。では、その自信、試させていただきます。」
「若僧が…。」
急速に、周囲に緊迫した空気が流れる。互いに、相手から視線を外さない。
ウィングとしては、本来の仕事である、プリンセスの救出だけを手早く行いたかったところなのだが、見たところ、肝心のプリンセスは意識不明。フィーアも衰弱で眠っており、目の前には敵意むき出しの邪悪な雰囲気の男が一人。
(必ず敵を排除しなければならない状況ですね…。)
厄介なことになった、と、内心、大いにため息なウィングだった。
「…消えよ。」
男が動いた。互いに相手の出方を窺っていたのだが、痺れを切らしたのか、それとも戦略が決まったのか。
男の周囲に、十本程の、薄紫色の剣が出現した。間髪いれず、ウィング目掛けて一斉に飛んでくる。
「まあ、ファンタジー世界らしい、という感じでしょうか。」
ウィングは全く動じない。素早く横へと動き、剣の軌道から外れる。
「ほお?よいのか?お前が動けば、後ろの小娘が串刺しになるぞ。」
「その角度で飛んできているなら、座ってる彼女には刺さりませんよ。」
「途中で軌道を変えられるとしたら?」
「変える前に、倒します。」
「小癪なことを言う…。」
そのやり取りの間にも、ウィングは次の一手に打って出ていた。大きく横へと回りこみ、鋭い動きでタロットカードを立て続けに打ち込んでいく。
「つまらぬ…。」
男も、その程度では動じない。ウィングの放ったタロットカードは、男に突き刺さる直前に何かに弾かれて、全て地面に落下した。目に見えない障壁を作り出しているらしい。
「そんなものか?あの小娘はもっと派手にやらかしてくれたが?」
「すいませんねぇ、地味で。」
男の挑発を、笑顔で受け流すウィング。
「でも、地味な方が効果的、って事もあるんですよ?」
「ふん、何を…?」
男の言葉が止まった。まるで剥製にでもなったかのように、ピクリとも動かない。
「ふふ、フィーアの真似をしてみたんですが、結構簡単に出来るものですね、無言でいきなり力発動。」
満足そうな表情のウィング。彼が行ったのは、いつもの言葉を発しての力の行使ではなく、頭の中で、力ある言葉の詠唱を済ませてしまう力の行使。フィーアがいつも、何も言わずにデモンズフィストやエンジェルフィストを発動させているのと同じ事を行ったのだ。
「雑念が入ると上手くいかないんですが、なんとかなりましたね。…それにしても、やっぱり見習うべきところが多いですね。これを、何事も無くやってのけてるんですから。」
スヤスヤと眠るフィーアをチラリと見て、ウィングはそう呟いた。そして、改めて男に視線を戻す。
「さて…、一応バインドは成功しましたが…。問題は、私が離れると効果が無くなることですよねぇ…。」
状況を整理すると、ウィングはプリンセスとフィーアを連れて、この迷宮を脱出しなければならない。はっきり言って、難題だった。今すぐ脱出するとなると、二人を背負うなり抱えるなりして、入り口に戻っていかなければならない。当然、男にかけたバインドの効力は途中で切れるし、それぞれのフロアの猛獣やモンスター達も襲い掛かってくるだろう。不利極まりない。
意識を取り戻すのを待つにしても、どれだけ待てばいいのやら、見当もつかない。運命の部屋に帰還しようにも、あれは空の見える場所でなければならない。
「と、なると…。」
様々な考えが浮かんでは消えていき、そして、やっと考えがまとまりかけていた、その時。
「……お、…お…」
「!」
不気味な、絞り出したような声。見ると、わずかではあるが、男が動き始めている。
「…バインドを退けますか。伊達に、迷宮の主をしているわけではないのですね…。」
「…お、おの、れぇぇ…。」
「ですが、次の一手はもう決まりました。あなたが完全にバインドを跳ね返してしまう前に、少々強引な手法ですが、決着つけさせていただきます。」
ウィングの目に、鋭い光が宿った。寒気が走るほどの冷徹な視線が、男を鋭く刺し貫いた。
「幸い、彼女は眠っているだけですし…。」
ゆっくりと男に近づいていくウィング。そしておもむろに、男の頭を、ガッ、と鷲掴みにした。
「もし私に万が一のことがあっても、彼女が生きていれば平気ですね。」
「………ん。」
どれくらい時間が経っただろうか。頭に、ぼんやりと意識が戻ってくきた。
ゆっくりと目を開く。焦点が合わず、視界がぼんやりする。
「んんん…。」
目を擦ったり、頭を振ったり。しばらくして、意識も視界も元通りに戻ってきた。
「…えーと。」
しっかりと意識を取り戻して部屋の中を見渡したフィーアは、状況を整理し始めた。
「あいつの相手をウィングに任せて、で、私は寝ちゃったのよね。で、今起きたら…。」
そこで言葉を切ると、フィーアは足元を見た。
「ウィングが、ここに横になっている、と。」
そこには、ウィングが音も無く横たわっていた。
「…んで、あそこにプリンセスが寝転んでるのは、寝る前と変わらず。そしてそして、あの邪悪男は…。」
部屋をぐるりと見渡す。
「大量の血痕を残して、姿は見えず、と。」
そこに残っていたのは血痕のみ。男の姿は、影も形もなくなっていた。
「さ〜てと。どうしよっかなぁ〜。この状況。」
部屋をくるくると何度も見渡しながら呟くフィーア。が、何度見渡しても、倒れている二人に、大量の血痕。状況は変わらない。
「さ〜て、さてさて〜。」
何度も何度もくるくる見渡す。他人が見たら、完全に挙動不審だが、実際、フィーアはかなり動揺していた。その視線は、先程から完全に宙を泳いでいる。その理由は、今地面に寝ている男。
「さ〜て、そろそろ起きてもいいんじゃないかな〜。」
「………。」
「あんまり女の子を待たせるなんて、よくないことだと思うな〜。うん、私はそう思うよ?」
「………。」
「…焦らす、っていうのは、作戦の一つだとは思うけど〜。あんまり焦らしすぎは逆効果よ?うん、私はそう思うよ?」
「………。」
「………。」
「………。」
「あーーーーーーーーっっっ、もうっ!さっさっと起きなさいよっ!死んだフリしたって、バレバレなんだからねっ!」
「………。」
「…よ〜っし。そっちがその気なら、こっちにも考えがあるからねっ。」
何を言っても反応せず、微動だに動かないウィングに苛立ったのか、フィーアは突如、左手を紫に変えた。
「今すぐに起きなさい!じゃないと、死んだフリが、ホントの死になっちゃうわよっ!」
「………。」
「………。」
「………。」
「……も〜〜〜〜。わかったわよぉ。負け、負け。私の負け。ウィングの死んだフリには勝てないわ。」
「………。」
「………。」
「………。」
「…さっさと起きなさいってば。私は、認めないわよ。」
「………。」
「あなたが…、…死んだ、なんて。」
一番、考えないようにしていた言葉が、不意に口をついた。肩が、ピクリ、と、震える。
目の前で横になっているウィングは、依然、ピクリとも動かない。
「絶対…、絶対…、」
心なしか、声が震えている。様々な感情がない交ぜになった気持ち。
「認めないからっっっっっっっっ!!!!!」
気持ちが、口から溢れ出た。
「………んん…。」
「……へ?」
今、何か反応があったような。涙で潤んだ瞳で、改めてウィングを見る。
「………すぅ。」
「…すぅ?」
聞こえたのは、明らかに、寝息。注意深く見てみると、
「………んん。」
ちゃんと、呼吸をしている。
「まさか、寝てた、だけ?」
呆気にとられるフィーア。どうやら、身動き一つとらないほど深く熟睡していたのが、先程のフィーアの一言によって浅い眠りに変わり、多少反応が見られるようになった、ということらしい。
「……ぅぅぅうううーーーーー!!」
急に恥ずかしくなさがこみ上げてきた。別に誰かに見られたわけではないが、こういうのは気持ちの問題。そしてその恥ずかしさは、言いようのない怒りとなって、沸々と湧き上がってきていた。
「…このぉっ!!!」
拳を振り上げる。さすがにデモンズフィストは使っていないが、怒りのこもった、本気の拳だ。
「バカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」
その拳が、眠っているウィングに、一直線に振り下ろされた。
ごつっっっっっっ!!!!
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
フィーアの拳は、タイミング良く寝返りを打ったウィングに見事にかわされ、地面の石畳に直撃した。力を使っていない素手の状態なので、はっきり言って、無茶苦茶痛い。
声にならない悲鳴をあげた後、フィーアの激痛を訴える大絶叫が、部屋中に響き渡った。
「…はい、応急処置完了。まったく、床を全力で殴るなんて、無茶しましたね。」
「だ〜れ〜の〜せいでしょうかね〜。んん〜?」
先程から、しばらくの後。大絶叫で目を覚ましたウィングは、フィーアの手の治療をしていた。
「誰のせい、って…。誰のせいなんですか?」
「あ〜ん〜た〜の〜せいでしょ!あんたのっ!あんたが寝返り打ったからでしょうが!」
「別に寝返り打つのは自由でしょう…って、それってもしかして、私を全力で殴ろうとした、ってことですか…?」
「う…。」
思わず墓穴を掘ってしまったフィーア。ウィングの冷ややかな視線がフィーアに注がれる。
「寝ている相手を起こす手段としては、随分と乱暴ですね。」
「し、仕方ないでしょ!…殴らずにはいられなかったんだから。」
「……DVですか?」
「違うわよっ!!」
ぷい、と、そっぽを向くフィーア。怒りと恥ずかしさが入り混じった、なんとも妙な感情。ウィングもそれを感じ取ったのか、それ以上追求することはなかった。
「ところで、プリンセスはまだ目覚めないんでしょうかね?」
「そういえば…。かなり時間経ってるはずだけど、まだ起きないのかしら?」
二人の視線がプリンセスに注がれる。フィーアがエンジェルフィストで彼女の魔力を浄化してから、かなりの時間が経っているはずなのだが。
「フィーア、念のため聞いておきますけど、どうやって彼女を救ったんですか?」
「え…。ん〜と、あのプリンセス、邪悪男に操られてて、普通にエンジェルフィストを当てることが出来なかったのよ。邪悪な魔力蓄積しまくりでガンガン攻撃してくるし、男の方も邪魔してくるしで。んで、なんだかんだでじっくり構えてらんない状況になっちゃったから…。」
「…から?」
「部屋全体浄化しちゃうしかないっ!…ってことで、エンジェルフィストをフルパワーで撃って、そしたら、一発で邪悪な魔力を浄化できて…」
「…ちょっと待ってください。今、フルパワーで撃った、って、言いました?」
「え?…うん。」
「え〜と、あなたの話によると、プリンセスは邪悪な魔力が体内に蓄積した状態で操られていたんですね?」
「うん。」
「それを、フルパワーのエンジェルフィストで浄化した、と。」
「そう。」
「…あなたのフルパワーって、どれくらい強いんですか?」
「…さあ?具体的には…。とりあえず、プリンセスの魔力を浄化して、部屋中の邪悪な雰囲気を消し去って、邪神の世界とやらに繋がってた変な穴を封じることは出来たけど…。」
「………。」
「え?ど、どしたの?」
「すぐに、プリンセスを起こしてきて下さい。今すぐに。」
「う、うん…。」
有無を言わさないウィングの態度に、慌ててプリンセスに近寄るフィーア。が、プリンセスを抱き起こそうと、手を差し入れた瞬間、フィーアの動きはピタリと止まった。
しばらくそのまま固まった後、プリンセスの身体をあちこちチェックして、フィーアは戻ってきた。
「……ウィングさん。」
「はい。」
「プリンセスさんなんですが、」
「はい。」
「……身体が冷たくなってて、息をしていませんでした。フルパワーのエンジェルフィストは、強すぎたみたいです…。」
「ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、どーしよどーしよどーしよどーしよどーしよどーしよどーしよどーーーーしよーーーーーーー!!!!!救うべき相手を殺しちゃったーーーーーーーー!!!!!」
「どうしよう…と、言われても…。さすがに死者蘇生の力は持ち合わせていませんし。」
「こ、こ、こ、こ、こ、殺される、殺される、殺されるよっ!私がディスティーナ様に殺されるよーーーーー!!!!!」
「う〜ん…、事故とはいえ、これは業務上過失致死、ですね…。」
「ああああああああああああああああーーーーーーーーーー!!!!!どうしよーーーーーーーーーー!!!!!」
(あの…。)
「どうしたらいい!?そうしたらいい!?こうしたらいい!?」
「フィーア、ちょっと落ち着いて…。」
「これが落ち着いていられるかーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
(あの、もし…。)
「起こしてしまったものは仕方ないですから。今は、冷静にこれからどうすればいいかを考えなければ。」
「れ、れ、れ、れ、れ、れ、冷静になれ、って言われてもぉぉぉぉぉぉぉーーーー!!!!!」
(もしっ!!!)
「!!!!!ひいいいいいいいいっ!!!!!お、お許しをーーーーー!!!!!」
「相手を確認もせずに許しを請うのはどうかと思いますよ?」
「そ、そ、そ、そ、そんなこと言ったってーーーーー…あ、あれ?」
突然聞こえてきた声。その声の主を見て、フィーアは目を丸くした。その、声の主の姿は、
「……プリンセス?」
(はい。)
そこにあったのは、プリンセスの姿。ただし、その姿は青白い光に包まれている。おそらくは、霊魂だろう。
「ひいいいいいいいいっ!!!!!お、お許しをーーーーー!!!!!」
(え、いえ、あの…。)
「恨まないで、祟らないで、呪わないでーーーーーーーーーー!!!!!」
「殺しておいて、恨むな、っていうのは自分勝手だと思いますが?」
「ひいいいいいいいいいいいいいいーーーーーー!!!!!」
(あ、あの…、私、別に恨んではおりませんから…。)
「お許しをっ!お許し……え?…う、恨んで、ない?」
(はい…。私、全然恨んだりはしておりません。)
「そ、そうなの!?恨んでないの!?」
(はい。)
「う、うわああああああああああ!!!!!ありがたやーーー!ありがたやーーー!ありがたやーーー!」
「いくら相手が霊魂だからって、拝まないで下さい。…それにしても、なぜ私たちの前に姿を現したのですか?」
(あなたが…、私を救ってくれましたから。一言、そのお礼を。)
「へ…、わ、私が?」
(はい。邪な力に染められ、闇への生贄に奉げられそうになっていた私を、あなたが浄化してくれたのです。現世での命が失われたのは残念ですが、あなたのおかげで、清浄な魂として、神の御許に行く事が出来ます。心から、感謝しております。)
「そ、そう…。感謝までされちゃうと、なんか複雑な気分だけど…。でも、そう言ってくれて助かったわ。」
(あ、でも、神の御許に行くその前に…。)
「な、なに…?」
(こんな大事なときに椎間板ヘルニアになんてなってくれた愛しのナイト様に、きっちりご挨拶してこなきゃ…うふふ。)
ぞくうっっ!!!
「そ、そう…。でも、ナイトが椎間板ヘルニアにかかってた、なんて、よく知ってたわね。」
(うふふ…。神様のお告げがあったんです。ナイト様が動けないから、代わりの者が助けに向かうだろう、って…。)
「そ、そう…(ディスティーナ様だ…間違いなく。)。」
「(確実に面白がってますね、ディスティーナ様…。)」
(と、いうわけで、私はナイト様の許へ向かいます。うふふ…ホントに、ありがとうございました。お気をつけてお帰りくださいね。)
「は、は〜い。お元気で〜…って、幽霊に元気も何もないかな?」
「まあ…、いいんじゃないですか?本人満足そうですし…。」
「まあ…そっか…。」
なんとも微妙な結末。これでいいのかなぁ…?という思いを拭えないまま、二人は帰路についたのだった。
その後…。
霊魂となってナイトの許に向かったプリンセスは、そのまま天へと帰ることはなく、ナイトの背後霊として、彼が死ぬまで付きまとったとか…。
「ね、ねえ、ウィング。ホントに、よかったのかなぁ…?」
「…う〜ん…?」
とりあえず、デスティーナからの御咎めはなかったが、なんともすっきりとしない、今回の仕事であった…。
やっと書き上げることが出来ましたっ!個人的に、一話あたりの最長記録を更新しました(^.^;)。
反動で、次回は短くなるかも…それともさらに長くなるか…全く未定。
次回も読んでいただけると、嬉しいですo(^-^)o。




