Chapter5二人の確執
戦闘の音を聞きつけたジェイ・カーターが、港の奥へと駆けつけた。
そこではニキが剣を振り回すダーク・ファーティルと激しく交戦中だった。
剣と蹴りが交錯し、火花が散る。
ジェイはすぐ横で腹を押さえ、苦痛に顔を歪めるターヘル・アナトミアを見つけた。
「ターヘル!」
ジェイは走りながらマシンガンを構え、ファーティルの脚と下半身へ向けて正確な連射を浴びせる。
エネルギー弾が装甲を削り、敵の動きを鈍らせた。
「立て、ターヘル! 一緒にこの犯罪者を捕まえるんだ!!」
その声に、ターヘルは歯を食いしばり、ゆっくりと立ち上がる。
破損したガトリングライフルを拾い上げ、銃身の残骸を無理やり構えた。
引き金を絞る。
残った一発のアンチタンク弾がファーティルの右腕に直撃。
轟音とともに腕が根元から吹き飛び、血とオイルが飛び散った。
ファーティルが絶叫し、膝をつく。
その隙を逃さず、ニキが横から回り込み、強烈な横蹴りを顎に叩き込む。
ファーティルの身体が大きく仰け反り、剣が手から滑り落ちた。
倒れたファーティルの背中が露わになる。
そこに、はっきりと刻まれた龍のタトゥー。
ターヘルの瞳が、激しい怒りで燃え上がった。
「……お前も……あの日の……!」
彼女は無意識にガトリングライフルを向け、引き金に指をかける。
その瞬間――ジェイが素早く駆け寄り、銃身を強く掴んだ。
「待て、ターヘル! 命令だ! 生け捕りだ!!」
ターヘルは振り返り、ジェイを睨みつける。
その瞳に宿る怒りと憎しみに、ジェイは一瞬息を呑んだ。
数秒の沈黙。
ターヘルはジェイの手を乱暴に払いのけ、無言でその場を離れた。
背中から滲み出る感情が、痛いほど伝わってくる。
ジェイとニキは素早くファーティルに特殊拘束具をかけ、意識を失った身体を担ぎ上げた。
二人は無言でSTSアレクサンドリアへと戻る。
――遠く、オナルムス市のシグナル・アンカーと呼ばれる高層タワーの頂上。
闇に溶け込むような暗い金属のシルエットが、スコープ越しにその光景をじっと見つめていた。
拘束され、運ばれていくダーク・ファーティル。
そして、STSアレクサンドリアへ向かうターヘルの後ろ姿。
暗い金属の人物は、スコープをわずかに動かし、彼女の顔を捉えた。
口元が、ゆっくりと歪む。
「……久しぶりだな、あの顔は」
低く、懐かしげに、憎しみを込めて。
その声は、夜風に消えていった。
ジェイ・カーターとニキは、拘束されたダーク・ファーティルを高セキュリティの拘置セルへと放り込んだ。
レーザーバーが瞬時に活性化し、青白い光の檻が彼を閉じ込める。
「これで一人目。残るはあと二人だ」
ジェイは淡々と呟き、ニキと共にセルブロックを後にした。
廊下を歩きながら、ジェイの脳裏にはさっきの光景が蘇る。
――ターヘルが、ファーティルの頭に銃口を突きつけ、引き金を絞ろうとした瞬間。
「あのときのターヘル・アナトミア……」
ジェイは足を止め、ニキに向き直った。
「ニキ、少し聞きたいんだが、ターヘルはいつからあんな風になった?」
ニキは首を傾げ、軽く肩をすくめる。
「五年くらい前から、かな? どうして?」
ジェイは腕を組み、ニキの瞳をまっすぐに見据えた。
「俺が知っているのは、彼女の家族が組織間の抗争で殺されたことだけだ。
それなのに、評議会はなぜかこの街のど真ん中で、強大な犯罪者たちを公開裁判にかけるって言い出してる」
ニキの表情が、わずかに硬くなった。
もう一方へ首を傾け、疑念が瞳に宿る。
「……それって、どういうこと?」
「まだわからない。でも、調べてみる」
二人は無言で頷き合い、それぞれの方向へ別れた。
ジェイは軍用コートの内ポケットから、小さな金属の徽章を取り出した。
髑髏のマーク。
指先でそれを撫でると、突然、記憶が鮮明に蘇る。
――カトルガン市の戦場。
炎と硝煙に包まれたあの地獄。
「まさか……いや、そんなはずは……」
ジェイは徽章を握りしめ、歩みを進めた。
ターヘル・アナトミアの個室の前を通りかかったとき、激しい金属音が彼の足を止めた。
ドアの隙間から覗くと――
部屋の中央で、ターヘルが三人の中型訓練ロボットを相手に立っていた。
筋肉が張り詰め、瞳が鋭く研ぎ澄まされる。
ロボットたちが同時に襲いかかる。
ターヘルはまるで捕食者のように滑らかに動き、二体を同時に掌底で粉砕した。
一撃で胸部を凹ませ、もう一体の顔面を叩き潰す。
残る一体が背後から忍び寄り、高い蹴りを放つ。
だが、ターヘルはそれを軽くかわし、後頭部を掴むと――地面に叩きつけた。
ロボットの首がねじ曲がり、火花を散らして機能を停止する。
静寂が部屋に戻る。
ターヘルは荒い息を整えながら、ゆっくりと立ち上がった。
額に薄く汗が浮かび、瞳にはまだ戦いの余韻が残っている。
ジェイは息を呑み、気づかれぬようその場を離れた。
――彼女の強さは、本物だ。
だが、同時に。
その瞳の奥に宿る闇も、ますます深くなっていることを、彼は痛いほど感じ取っていた。
金髪から汗が滴り落ち、ターヘルは金属製の右手でそれを乱暴に拭った。
息を整えながら立ち上がった瞬間、部屋の入り口に立つ人影に気づく。
ジェイは、散らばった訓練ロボットの残骸を見下ろし、感嘆の息を漏らした。
「……見事だ」
ターヘルは鋭く振り返る。
「いつからそこに立っていたの?」
ジェイは無言で近づき、床に転がるロボットの頭部を拾い上げた。
「近接戦闘の腕、評判以上だな」
そう言いながら、彼は軍用ジャケットを脱ぎ、部屋の中央へと歩み出る。
「どれほどのものか、直接確かめてみたい」
ターヘルは片眉を上げ、意外そうにジェイを見た。
「……本気? 私と手合わせしたいの?」
ジェイは指の関節を鳴らし、ボクシングの基本姿勢を取る。
「もちろん」
ターヘルは小さく息を吐き、ゆっくりと向き直った。
キックボクシングの構え――重心を低く落とし、両手を頬に添える。
二人の間に、静かな緊張が張り詰めた。
最初に動いたのはジェイだった。
鋭いステップで間合いを詰め、左ジャブのフェイントから右ストレート。
ターヘルはそれを最小限の動きでかわすが、ジェイのボクシングは洗練されていて、連打が容赦なく襲いかかる。
防御を崩され、腹に軽いボディブローを食らった瞬間、ターヘルはジェイの左腕を素早く掴み、流れるようにアームバーを極めた。
吊り上げられた体勢で、肘関節に激痛が走るはずだった。
だが――ジェイの右目が、突然赤く輝き始めた。
「っ……!」
常人離れした力で、彼は片手だけでターヘルの身体を持ち上げる。
金属の床に叩きつけられる――
その直前、ターヘルは技を解き、倒立で体勢を立て直す。
背後から素早いスイープキックを放ち、ジェイのバランスを崩した。
ジェイが背中から倒れる。
ターヘルは即座に跳び上がり、斧のような縦蹴りを振り下ろす。
だがジェイは横に転がり、回避と同時に立ち上がり際の強烈な右フックを放った。
ターヘルは腕でガードするが、衝撃の余波だけで身体が後ろへ滑り、壁に背中を打ちつけた。
二人とも肩で息をし、互いを睨み合う。
短い手合わせだったが、すでに汗が額を伝っていた。
その時、STSアレクサンドリアがインファーナル本部の格納庫へ着陸する振動とエンジン音が船内に響いた。
スパーリングは自然と終了する。
ジェイは静かにジャケットを拾い上げ、肩にかけた。
「……続きは、また今度だ」
ターヘルは何も答えず、ただ荒い息を整えながら彼の背中を見送った。
瞳の奥に、わずかな闘志と――警戒の色が宿っていた。




