山校長
「待て!待ってくれ!
さっきから、君らは何の話をしてるんですか?
マコトって、須山真琴の事ですか?
真琴が、この学校の教師だった?
ありえない!真琴は去年の冬死んだんだ。
真琴が死んで、私がこの学校に赴任するまで、そんなに時間は経っていない。もし、この学校の教師をしていたって言うんなら、わずかしかいなかったって事になりますよ?そのわずかな期間に6つの妖に遭遇して、試練を受けたって言うんですか?
試練…、そう、真琴が試練を受けた?
乗り越えた?
じゃあ、一体、どんな過去を変えたって言うんですか?
私は?
真琴が過去を変えたって言うんなら、なんで、あの時の事故をなかった事にしなかったって言うんですか?」
一度、喋り出したら、もう止まらなかった。
思いが溢れるように口が動く。そして、一番考えたくない事が口から這い出てくる。
「…私は、私達の未来は、真琴に見捨てられたって事ですか?」
篠宮少年もナメクジも黙ったまんま、私を見つめる。シンと静まり返る中、ツクツクボーシの鳴き声だけが響いていた。
最初に、その沈黙を破ったのは篠宮少年だった。
「須山先生は、僕が3年生の時の秋にやってきて、4年生の担任をしてくれたんだ。もうすぐで5年生って時、4年生の2月くらいにいなくなっちゃったんだ」
その話が本当なら、3年くらい前にここに来たことになる。まったく計算が合わない。
「まぁ、ここは生者の世界とは、時の流れが違うから…、早い時もあれば、遅い時もある。
同じ時系列で考えちゃダメよ」
ナメクジが静かなトーンで説明してくる。
その声は、なんとなく、こちらの様子を伺いながら話している感じに聞こえた。
時系列の事は考えないにしても、試練を受けて過去を変えたって言うのなら、なぜ私はここにいるのか…。真琴が、あの事故を変えなかった理由はわからないままだ。
「変えた過去に関しては、私は知らない。
真琴は試練を受けて、そのままいなくなっちゃったから…。
ただ…」
ナメクジが、そこまで喋って、急に黙り込む。
そして、慌てた様子で、机の中に隠れた。
「ただ…なんだって言うんですか?
なんで、逃げるんですか?」
そう言いながら机に駆け寄るが、ナメクジは出てこない。机を叩きながらナメクジを呼ぶが、反応がない。
パンパンパンパン。
不意に拍手が聞こえてきた。
振り向くと、そこには山校長が立って拍手をしていた。
「おめでとうございます、溝口先生。
そして、篠宮さん。
溝口先生は、邪が身体から出た時点で、篠宮さんは、その出てきた邪を見た時点で、試練を受ける権利を得る事ができました。
よく頑張りました」
「…山校長…いや閻魔様」
「おや、気付いていましたか?私が閻魔だと」
「我魔との会話の時に、山という名前から、そうなんじゃないかと…」
閻魔大王の別名がヤマだと、昔、何かで読んだ事があった。確か、インドとかでヤマと呼ばれている者が、日本で閻魔大王という名前で呼ばれるようになったはずだ。
「はっはっは、まぁ今まで通り、山校長と呼んで下さって結構ですよ。
それにしても…、まさか三尸を利用して、試練を受けようとするとは…。なかなか、見事でしたよ?溝口先生」
サンシ?
「サンシって何?」
篠宮少年が、口を挟む。
閻魔様相手に、そんなタメ口で大丈夫か?
「三尸ってのは、人の身体の中に居て、時々、身体から出て、その人の悪事を私に報告してくれる三体の虫の事です。
…邪、大ナメクジ、我魔は、その三尸の元締めになります。
…本当は別の名前なんですが、ここの試練の番人をやるにあたって、呼びやすい名前に変えてもらったんですよ。
…まぁ、私の直属の部下です」
…三尸、昔、マンガで読んだ事がある気がする。
『疳の虫』、『虫の居所が悪い』、『虫の知らせ』の語源になっている3匹の虫だったと思う。
それにしても、『試練の番人』とは…。
彼らは、そんな役割だったのか…。
「ところで、試練は大禍時にしかできないので、しばらく時間に余裕があります。
もう一度、しっかりと考えて、試練を受けるかどうかを決めて下さい。
…ご存知の通り、試練に失敗すると妖になって、いつ解放されるかはわかりません。
よく考えて、結論を出してください。
試練を受けるのであれば、16時に校長室まで来て下さい。
受けないのであれば、そのまま学校生活を楽しめば結構です。
…ただし、試練と妖へのアプローチの仕方は、他の人へ口外しないようお願いしますよ?
…嘘を吐いても、私にはすぐにわかりますからね」
そう言って、山校長が去って行こうとする。
「待ってください!
さっき、ナメクジから聞いたんですが、真琴も試練を受けたんですよね?
彼女は、どんな過去を変えたんですか?
そして、今、彼女はどうなっているんですか?
教えてください」
山校長は、ゆっくりとこちらを振り返る。
「…他の人の試練については、話せません。
…が、溝口先生の気持ちもよくわかります。
なので、もし、溝口先生が試練を受けて、見事に乗り換える事が出来たら、その時にゆっくりと教えてあげますよ」
そう言って微笑む山校長。
とても優しい微笑みだった。
そのまま、振り向いて去ろうとする。
…が、不意に足を止める。
「あ、そうそう。
その机、16時までには、ちゃんと戻しといてくださいね」
振り返る事なく、そう言って、今度こそ去っていった。




