アイデアは迷宮で
今日から現場事務所に通う。
一体どんな製品のテストをするのかと思うと憂鬱な気分になる。
ああ、休みたい。
「おはようございます。」
「あ、和泉さん、おはようございます。」
同じ様に現場事務所に出向になった兵庫が先に来ている。
部屋の真ん中に机が四つ並べられ、奥の端の机だけが付いた衝立で囲まれている。
「兵庫くん。あれは?」
「何でもパーソナルスペース確保だとか・・・。」
良く見ると後ろの窓にもカレンダーを張って外から覗けない様にしている。
壁の向こうで奇声が上がっている所を見るといつものブラゲーだろう。
「さて、兵庫君。何の製品のテストをするか聞いている?」
「いやそれがですね和泉さん・・・。」
兵庫君の話によると、製品自体はまだ存在しない。
それ以前の“ダンジョン”で必要そうな製品アイデアを送れという事だった。
やはり社長の思い付きだったようだ。
まず製品のアイデアを考えないといけないのか・・・。
机に座ってアイデアを考えるが、今一浮かばない。
やはり現場に行ってみるべきかもしれない。
そうすれば今何が必要か、何がいるのかのアイデアが浮かぶだろう。
「ちょっとダンジョンに行ってくる。」
「いってらっしゃい。気をつけて。」
兵庫君に行き先を告げて現場事務所を出た。
現場事務所からダンジョンまでは自動車で十分ほどの距離になる。
ダンジョンには自動車で来る人の為の駐車場があるが、1回二千円と高い。
(経費で落ちるかな?)
俺は自分の装備を乗せている軽自動車で駐車場へ向かう。
途中の道路は車や歩いて移動する探検者はちらほら見かけるだけで以前の様に渋滞になってはいない。
ダンジョン解禁時は連日の渋滞で車より歩く方が早かったぐらいなのだ。
ダンジョン近くの駐車場に車を止め料金を支払う。
「すみません。領収書もください。あて名は“石元工作所”でお願いします。」
「判りました。サラサラサラ・・・どうぞ。」
受付の女の子は手慣れた様子で領収書を切ってくれる。
領収書をもらった俺はダンジョンの入坑窓口へ向かった。
窓口では整理券が配られ、番号順に受付で入坑許可書をもらいダンジョンへ入坑できる仕組みだ。
番号は十八番。以外に入ってないのか?
五分ほど待つと
「番号札十八番の方、2番の窓口までお越しください。」
どうやら順番だ、急いで二番の窓口へ向かう。
「ようこそ、探検許可書のご提示をお願いします。」
言われるままに探検許可書を提出する。
「和泉有光さま。探検者Lv3。こちらが入坑許可書になります。」
入坑許可書を受け取り確認する。
特筆すべき問題はないようだ。
「他に何か御用はございませんか?」
「いいえ、特にありません。」
「判りました。では気をつけて行ってらっしゃいませ。」
ダンジョンの入り口には屈強な元探検者が入坑の監視をしている。
これも無許可の者による事故や事件を防ぐためには致し方の無いことなのだ。
入坑許可書を監視員に渡し、ダンジョンに入ってゆく。
久しぶりのダンジョンでは少し高揚した気分になった。
ダンジョンに着くなり俺は自分の武器、防具を背負い袋からを取り出す。
そして取り出した防具を素早く装着してゆく。
メインの武器は2mほどの槍である。サブの武器としてサバイバルナイフ、場合により和弓を使う。
盾は使わない。
ダンジョンの様な狭所では槍は使いにくいと思われがちだが、槍は柄の中ほどで持つことのより格闘戦にも対応できる武器である。
よく刀と槍でどちらが強いかと言う論争になるが、同じ技量の者同士が戦った場合、刀では槍に勝つことは不可能である。
懐に入り込まれたら槍は弱いと言うのは幻影なのだ。
そんなわけで親戚から譲り受けた槍を使っている。
槍自体、全て鉄製でかなり丈夫な作りである為、多少の無理は可能だ。
防具は一般的なプロテクター、警察などで使われているボディアーマーとヘッドライト付きのヘルメットである。
武器防具を合わせると結構な大きさであるがバックパックの中に収められていた。
これもレベルアップ時に習得できるスキル、“アイテムボックス化”のおかげである。
このスキルは任意の袋をアイテムボックス化することが出来る。
アイテムボックス化できるのは1スキルにつき1つまでであり、2つ目が欲しければもう一度習得しなければならない。
収納個数は探検者のレベルにより大きくなる。
その為、低レベルで二つ目を取る人は稀である。
俺はLv2でアイテムボックスのスキルをLv3で危険感知のスキルを取っている。
(この辺りがダンジョンへの出向を言われた原因かもしれない。)
俺は槍を構えるとゆっくりとダンジョンを進んで行く。
ダンジョンは複数階層で構成され、五階層ごとにボスと言われるモンスターが存在する。
一階層ではダイアーラットやブラックドッグの動物型かスケルトンの様な低級アンデット、ジャイアントアメーバーと言われる低級スライムが出現する。
この階層では特に気をつける敵はいない。
ヘッドライトが照らす薄暗い中を槍を構えて進んで行く。
(久しぶりのダンジョンなので緊張するね。)
しかし先ほどから誰一人として会わない。
今は平日の昼間だし、いつも来ている人たちはもっと下の階層に行ったのだろう。
目の前には少し開けた部屋がある。
ここで地図を確認するか、と、一歩を踏み出そうとした時、頭に何やら危険信号が灯る。
寸前のところで止まると、上から巨大な粘液状の物体が降ってきた。
ジャイアントアメーバーだ。
俺は急いでバックパックからカラフルなボールを取り出しスライムに投げつける。
ボールはスライムに当たるとその水分を吸収し何十倍の大きさに膨れ上がる。
「もう一つ必要か・・・。」
更にもう一つ追加するとさすがのアメーバーも水分が無くなってその内光に変わった。
「高分子吸収剤のボールは便利だけど、大きくなったらかさ張るのがなぁ・・・。」
アメーバーの光が消えた後には少し暗い青緑色の塊が残されていた。
「鉄か・・・純度が高いからこのままだと使えないんだよな。」
鋼にするには炭素を0.04~2%ほど加える必要があるがはっきり言うとそんな設備は会社にない。
「面倒だが持って帰るか。」
鉄鉱石や使用後の高分子吸収剤はかさ張るばかりである。
高分子吸収剤が元通りにとはいかなくても少し小さくなれば少しはましなのだが・・・。
・・・・・
・・・・・
・・・そうか。携帯用乾燥機だ。大きくなった高分子吸収剤がいくつか入るくらいの。
俺は製品のアイデアを送る為、早々とダンジョンを出るのであった。