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XとY

 帰り道。僕はちゃっかりと、東さんを家まで送り届ける役に就いていた。

 2人きりで、街灯の照らす歩道を歩く。先ほどの校舎に比べれば、何倍も明るい。東さんも既に怖がる様子はなく、僕の裾を摘むことも、当然ながら手を繋ぐこともなかった。

「肝試しって割には」と僕。「あんまり、怖くなかったね」

 少しニヤつきながら、僕は横目で東さんを見た。東さんは、恥ずかしそうにそっぽを向いた。

「君は本当に、怖くなかったの?」

「うん、全然」

「ふぅん……」

 東さんが、意味深な時間をかけて、こちらを向いた。その顔には、笑みが浮かんでいる。心なしか、目がキラキラと輝いて、赤い唇が弧を描いていた。

 この表情、見たことがある。以前、東さんが僕にパズルを出したときと同じ顔だ。何か面白いパズルを考え付いたのだろうか。

 そういえば、東さんは僕に悲鳴の回数を数えるよう言っていた。その理由は、まだ明かされていない。実はあれが、何かパズルになっていたのだろうか。

「それじゃあ、一ノ瀬君」

 思ったとおり、東さんの声のテンションが、さっきに比べわずかに上がっていた。どんなパズルが来るのか。身構えた僕に、彼女は言った。

「いまから、とっておきの怖い話、してあげる」

「怖い話?」

 しかも、とっておき?

「うん。……私たちが聞いた悲鳴って、全部で何回だった?」

 ほら来た。僕は答えた。

「12回。僕らの悲鳴も合わせれば、13回」

「そうね。そして今日の肝試しの参加者は、全部で20人だった。……実は、この2つの情報から、ペアが何組、シングルが何人なのか、計算できるの」

「………。へーっ」

 ちょっと驚いた。悲鳴の回数と、参加者の人数。たったそれだけの情報で?

「どうやるの?」

 問い返すと、東さんはちょっと残念そうに、

「忘れた? 数学で、文章題を解くときは、どうするんだっけ?」

 あ、そうか。前に東さんから聞いていた。

「まず、問題文をよく読むこと。そして次に、知りたい値、わからない値を、x と置くこと」

「そう」東さんは微笑んだ。「でも今回の場合、知りたい値が2つあるでしょ」

「えっと……あ、確かに」

 知りたい値は、ペアの数と、シングルの数の、2つだ。と、言うことは。

「わかった。ペアの数をx として、シングルの数をy とするんでしょ」

「その通り」

 出来の良い教え子を褒めるように、東さんは微笑んだ。

「悲鳴の回数は13回だった。各組が1回ずつ悲鳴を上げたのだから、x+y=13 という式が出来る」

 各ペアがみんな悲鳴をあげ、1人で行った奴らもみんな悲鳴をあげたのだから、なるほど。今回の式は僕もわかった。

「次に」と東さん。「参加者は全部で20人。ペアは2人組で、シングルは1人ずつなのだから、2x+y=20 という式が成立する」

 僕はちょっと考えた。x はペアの数だ。1組につき2人いるのだから、ペアの数を2倍すれば、人数になる。なるほど、つまり2x が、ペアを作っていた人数になるわけだ。それに、1人で行ったy 人を加えれば、全体の人数20人になる。わかったぞ。

「つまり、今回の状況から、x+y=13, 2x+y=20 という連立方程式が作れるの。そしてこれを解くと……」

 連立方程式かー。さすがにそれを暗算で解くのは無理だ。もっとも、普通の方程式でも無理だけどね?

 東さんも期待していなかったようで、演出のような間を空けると、答えを告げた。

「X=7、Y=6」

 それはつまり。僕は答えた。

「ペアが7組、シングルが6人ってことだね」

「その通り」

 東さんが微笑んで、頷いた。

 本当に、悲鳴の回数と全体の人数から、ペアとシングルの数を求めることが出来てしまった。なんだか不思議だ。

 と、感心しているうちに、僕の頭に何かが引っかかった。

「……あれ、ちょっと待って?」

「どうしたの?」

 ニコニコ笑いながら、東さんが僕の顔を覗き込んだ。対照的に、僕の顔から表情が失われていく。

「おかしいよ、東さん。計算ミスしてない?」

「いいえ、合ってるわ。もとの式に代入して、確かめてみて」

 もとの式に、x=7、y=6 を代入してみる。最初はx+y=13 だから、7+6=13 で、合っている。次は2x+y=20 だから、2×7+6=14+6=20 で、やっぱり合ってる。

「でもやっぱり変だよ、東さん。今日集まったのは、男12人、女8人。そして出来上がったペアは、男女のペアが8組と、男同士のペアが2組だった。だから、男同士になった4人が、それぞれシングルになったはずだ」

 つまり、x=8、y=4 でなければいけない。計算が合わない。

「そうね、計算は合わないわ」と東さん。「でも、計算が間違ってるわけじゃない」

「じゃあ、どうして合わないのさ?」

「実はね、一ノ瀬君……」

 そこで東さんは、声のトーンを落とし、僕の顔を覗き込んだ。


「肝試しの参加者を、21人とすると、計算が合うの」


「……………」

 ぞくり。

 僕の背中を、ムカデのような物が這いずり回った。

 畳み掛けるように、東さんが言う。

「参加者を21人とすれば、ペアは8組、シングルは5人となる。私たち以外にもう1人いたのだとすれば、計算が合うでしょ?」

「あ、合わないヨ?」

 根本的なところが合ってない。

 待てよ。21人と言えば、五十嵐がいる。あいつを含めれば、僕らは21人だったはずだ。

「…………」

 でも変だ。どうして五十嵐が悲鳴をあげるのだ。あの人形は五十嵐が仕掛けたものだ。それに、最初に聞こえてきた悲鳴は、確かに男女2人組みのものだった。五十嵐の悲鳴ではない。

「悲鳴を数え間違えたとか……」

「合ってるはずよ。私も数えてたもの」

「だ、誰かが2回悲鳴をあげたとか……」

「そうね、それなら計算は合う」

 なんだ、そうなのか。僕はホッと胸を撫で下ろした。

「でも、だったらその人は、どうして2回も悲鳴をあげたのかしら?」

「え?」

「他の人たちは1回ずつしか悲鳴をあげなかったし、実際、2箇所も悲鳴をあげるポイントはなかった。じゃあ、2回悲鳴をあげた人は、いったい何を見たのかしら……?」

「…………」

 ひ、ひいいいいいぃぃぃ!?

「も、もしかして東さん。12回目の悲鳴を聞いた段階で、いまのことに気がついたの?」

 東さんは少し顔を赤くして、こくりと頷いた。

 そうか。だから僕の裾を掴んだのか! 確かにこれは、僕でも裾を掴みたくなる!

 僕の拳が、無意味に震え始めた。顔から血の気が引いていく。

 八木さんの気持ちがわかった。いまの僕も、きっと出発直前の八木さんと同じ表情をしているはずだ。

 どうしよう。これはやっぱり、リボンの花子さんのせいだろうか。それとも、あの旧校舎には他にも亡霊が居座っているのか。しかも都合の悪いことに、このことに気がついているのはおそらく僕と東さんだけ。他のメンバーはきっと気がついていない。このまま放って置くと、呪い殺されていまうかもしれない。

 僕が恐怖に青ざめていると、唐突に。

「ぷっ、くすくす……」

 横で笑い声がした。びっくりして振り見ると、東さんが朗らかに笑っていた。

「え、あ、東さん?」

「怖かった?」

 え?

「え、なに、もしかして僕、騙された?」

「ううん」首を振る。「計算は合ってるし、私はウソをついていない」

「それじゃあ……」

「実はね、事の真相は、さっき君が言った通りなの」

「……へ?」

 さっき言った通りって、なんだ?

「君が言った通り、2回悲鳴をあげた人がいたのよ」

「え、でも、その人はいったいどうして……」

「人、というか、組、ね」

「へ?」

 僕は呆けて首を傾げた。東さんはまたくすり、と笑うと言った。

「悲鳴を2度あげたのは、二見さんと八木さんのペア。私も、さっき屋上で聞いてようやくわかったのだけど……ほら、八木さん、相当怖がってたでしょ?」

「うん」

「それで2人で歩いてるとき、八木さんが突然、1人で走り出したんだって」

「……は?」

 あー、まあ、気持ちはわかる。すごくわかる。僕も、東さんがいなかったら走り出していた。

「それで、1人で女子トイレに駆け込んで、例の人形を見つけて悲鳴をあげた。後から追いかけた二見さんも同じく人形を見て、悲鳴をあげた。……だから、悲鳴の数が1回、多くなったのよ」

「な、なんだぁ……」

 僕はその場に跪きそうになった。脱力、である。怖がらせやがって、全く。

「さっき屋上で二見さんが東さんに話してたのは、そのことだったのか」

「ええ」

 頷き、顔を上げた東さんは、またいつも通りの眠たげな表情に戻っていた。真相を語り終えて、満足したのだろう。

「あれ、でもさ」と僕。「そもそもどうして東さんは、僕に悲鳴の回数を数えるよう、言ったの? 悲鳴が1回増えること、予想してたわけじゃないでしょ?」

 こくり、と東さんは頷いて、淡々と語った。

「悲鳴がちゃんと12回だったら、普通にペアとシングルの数を計算できてたの。私はそれを出題したかっただけ」

 あ、なるほど。東さんの思考回路は、隙あらばパズル、というわけだ。

 それから先は、なんとなく会話が途切れた。しばらく無言で歩いたところで、東さんが足を止めた。

「それじゃ、あの、私の家、そこの角曲がってすぐだから」

「あ、うん」家の前までは来て欲しくないということか。「わかった。じゃ、気をつけてね」

「うん。……送ってくれて、ありがとう」

 せめて角を曲がるまで見届けようと、僕はその場に突っ立ったまま、手を振った。東さんは角まで歩くと、こちらを振り返った。そこで足を止めると、何故かまた、僕の方へ近づいてきた。

 えっと、どうしたのだろう。僕が目を丸くしていると、東さんは恥ずかしそうに顔を俯け、消え入りそうな小さな声で、言った。

「今日の一ノ瀬君、いつもより、その……カッコよかった、よ?」

 僕の顔は思いっきりニヤついたが、俯いていた東さんには、見えなかったはずだ。

まぁ実際には、方程式なんて立てなくとも、

「ペアとシングル、あわせて12しかいなかったのだから、13回悲鳴が聞こえたのはおかしい」

と考えることも出来るのですが(←身も蓋もない


最後までお読みくださり、ありがとうございます。

今回東さんが出題したパズルは、私のオリジナルではなく、

「さっさ立て」と呼ばれる古典的なパズルをもとにしています。

興味のある方は、是非ネットなどで調べてみてください。

作中では連立方程式を使って解いていますが、方程式を使わない解法もあります。

そっちの方がスマートでわかりやすいのですが、カッコいいので方程式使いました。

数式に萌え……ませんか。そうですか。


ついでに細かい補足を。

作中で、東さんはxとyをそれぞれ「ペアの組の数」「シングルの人数」としています。

ですが厳密には、この定義ではxの単位は「組」、シングルの単位は「人」なので、足すことが出来ません。

足し算をするためには、xとyをそれぞれ、「ペアの組があげた悲鳴の回数」「シングルの人があげた悲鳴の回数」とする必要があります。

ただ、その話をすると説明が回りくどくなるので、作中では無視しました。

厳密さとわかりやすさを両立するのって難しいなぁ、というお話でした。

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