旧校舎とリボンの花子さん
このお話は、以前投稿した『東さんと朝のおしゃべり』の続編に当たります。
前作を読んでいなくても本作を楽しむことは出来ますが、
読んでおくと、より一層楽しめるかと思います。
もう30年以上も昔の話だ。
僕たちが通うこの高校には、今は使われていない古い校舎がある。いわゆる旧校舎だ。
その旧校舎の3階にある女子トイレで、当時の在校生である少女が、首を吊って自殺した。
頭につけたリボンがよく似合う、内気で無口な子だったという。
しかし、自殺した彼女は、いつもつけていたはずのリボンを、つけていなかった。トイレにも落ちておらず、学校中探しても見つからなかった。
そしてそれ以来、少女の亡霊が夜な夜な、リボンを探して旧校舎を彷徨っているらしい。
「……彷徨っているらしい」
「……そう」
僕が声を落とし、懸命に怖い演出をしながら語ったと言うのに、東さんはさらさらの黒髪を指先に巻きつけ、素っ気無い返事をするだけだった。
ここは、僕たちが通う高校の、僕たちが通う教室。そしていまは放課後。僕は後ろの席の東さんに、この学校に伝わる怪談話のひとつを、語り終えたところだ。
長い黒髪、眠たげな瞳、小さな手。東さんは高2としては、非常に無口でクールな女の子だった。いつも僕が何を話しかけようとも、二言三言の返事で会話を終わらせてしまう。当然、放課後に教室に居残ってガールズトークなんてするはずも無く、いつもは放課後になるととっとと帰ってしまう。部活には入っていないらしいので、早く帰りたいのだろう。何か用事があるのかもしれないが、詳しくは知らない。
そんな東さんが、何故今日に限って残っているかと言えば、クラス1のムードメーカー、五十嵐崇が僕ら2人に話しかけてきたからだ。
「肝試しやるけど、参加するか?」
HR終了の号令後、帰ろうと立ち上がった僕たちに向かって、五十嵐が唐突に尋ねて来た。夏服の制服を適当に着崩し、頭髪も校則に触れない程度に薄く染めた、僕らとは普段あまり接点の無い男だ。僕も東さんも、ポカンとして彼を見つめた。
「おっと、唐突過ぎたか?」芝居がかった所作で、五十嵐が言う。「実は去年もやったんだけどな、ほら、敷地の端っこに旧校舎あるだろ。あそこで夜、こっそり肝試しやるんだよ」
「ああ、リボンの花子さん」
「そう、リボンの花子さん」
僕は怪談を知っていたので、すぐに得心したが、東さんは知らなかったらしい。眠たげな表情のまま、小さく首を傾げる。それから、ゆっくりと僕の方に顔を向けた。
僕は五十嵐に対する言いようのない優越感を覚えながら、「リボンの花子さん」の怪談を東さんに話した。
「……そう」
「……えっと、怖くないの?」
「別に」
そうか。ちょっと残念。僕のすぐ横では、五十嵐が笑いをかみ殺している。
「ま、怪談はおまけみたいなもんだ。明日の夜、こっそり旧校舎に忍び込んで、こっそり出てくる。それだけ」
「こっそり?」と僕。「無許可ってこと?」
「怪我をしても、幽霊に連れ去られても、自己責任!」
五十嵐は質問には答えず、ただグッと親指を付き立てた。良いのだろうか……。
こういう企画、僕は嫌いじゃない。むしろ好きだ。
「わかった、良いよ。参加する。……東さんは?」
東さんの方を伺うと、目が合った。
「……君が行くなら、参加する」
前半部分に僕が過敏に反応したのは、言うまでもない。
「オッケー、これで20人!」
五十嵐がガッツポーズを上げた。
「じゃ、明日の夜8時、裏口に集まってくれ!」
チャオ、と言いながら、五十嵐は他のクラスメートのところへ駆けていった。チャオて。あまり接点の無い奴だが、良く言えば陽気、悪く言えばちょっとイタい奴なのかもしれない。