一緒にいよう、ずっと一生
「内定もらったよ」
聖司が帰るなり言った。ソファで本を理人は驚いたように顔を上げた。
「おかえり、…決まったのか?」
「うん、本命のとこ」
「ふうん、良かったな。外資系だっけ」
「ありがとう。そう、前に理人にも聞いてたやつ」
聖司は嬉しそうにして、理人の隣に座った。それからキッチンで火のかかっている鍋を見て、「良い匂いがする」と言った。
「煮込みハンバーグ。食べたいって言ってたから。ロールキャベツと迷ったんだけどな。もうすぐ出来るから待ってて。オーブンでグラタンも焼いてるから。おまえ、こういうメニュー好きだろ?」
理人が目を細めて笑う。聖司は少しの間その仕草に見惚れてから、慌てて何度も頷いた。
喉の渇きを覚えて、聖司は目が覚めた。明かり窓の外は暗く、まだ深い時間だと知らせていた。
ベッドから体を起こし、キッチンへと向かう。そうして水を飲んだ。
薄暗い部屋を灯りもつけずに歩き、寝室へと戻る。理人は静かに寝息をたてていた。連日忙しいのか、酷く疲れているようで、聖司が物音を立てても目を覚まさなかった。
月あかりだけが部屋を照らし、幻想的な空間を作り上げる。
さらりとした艶のある伸びた黒髪が、理人の頬にかかる。薄い唇は少し開いていた。目を閉じていても、美しさはそのままだった。
聖司はゆっくりとベッドに潜りこむ。広さのあるベッドで側に寄らなければならない理由もないのに、添うようにして寝た。
ふと、理人は自分のことをどう思っているのだろう、と考えた。友人としては一番近くにいると思っていた。理人が聖司を優先しているのは、疑いようもない事実だった。
友人の範疇を超えた関係性であることは、聖司自身にも分かっていた。理人が自分を好きなことも、十分わかっている。ただ、その好きという感情がどういった類のものか、今まで聖司は考えたことがなかった。
理人が何か言ったわけでもない。
ふと、冷静に今ある状況をかえりみた時に、限りなく恋人に近しい間柄に思えた。考えたことがなかったぶん、これが恋愛感情なのかどうかとなると、はっきりはしなかった。
顔を見ているだけで、鼓動が早くなるのは、恋ではなく単純に理人が造形として綺麗だからだ。
「おれらって友だちで合ってるのかな」
月明かりの中、聖司は再び眠りに落ちるまで、飽きることなく理人の寝顔を見つめていた。
卒業しても、社会人になっても、聖司は理人のマンションを出ることはなかった。一人で暮らせる自信はとうになくなっていた。
変わったと言えば、ベッドのサイズが大きくなったことぐらいだ。
成人男性が二人で一つのベッドを使うことに違和感を持たない自分に、聖司は不思議に思ったが理人が何も言わないので結局今も一つのままだ。
平日だった。
仕事終わりの待ち合わせは、19時半だった。冷たい風が頬を撫でていく。聖司はコートの襟を立てた。時計を見た。約束の時間は少し過ぎている。
辺りのイルミネーションが灯り出し、凍てつきかけた通りを照らす。賑やかな音楽が辺りに響き渡る。通りには騒然と人々が押し寄せるのは、メインの灯りの点灯式を待っているからだ。
「寒いね、」
不意に隣に理人が立った。
「遅いよ、おまえ」
「ミーティングが長引いたんだ」
「仕事だったら許されると思うなよ」
むくれた聖司の横顔に、理人は笑みを溢した。
「でも許すだろ」
「おまえなあ」
くつくつと喉を鳴らして理人が笑い、聖司の背中を軽く撫でた。それから、伸びた亜麻色の襟足に触れる。綺麗な指先が触れている、と思うと感情が擽ったくて聖司は首をすくめた。
「変な触り方するなよ」
「触りたいんだ」
耳元で理人が囁く。
「近いって」
「じゃあ離れる?」
薄く微笑んだ理人が、名残惜しそうに手を離した。聖司は首筋に寒さを感じて、急いで理人の手を掴む。そうして何か言ってやろうと聖司が口を開いた。
途端に周囲から歓声が沸いた。
「あ、もう始まるね」
理人が上を見上げた。カウントダウンが始まる中、理人は聖司の手を握り返した。
眼前を一斉に光の海が広がる。美しい景色だった。
「おれ、おまえのこと、好きなんだと思う」
聖司が前を見ながら、手を離すことなく言った。飾り気のない素直な言葉だった。この景色を一緒に見れて、幸せに思えた。理人は聖司の耳元に顔を寄せた。
「今更? 俺はずっと前からそうだよ」
跳ねるようにして、聖司は隣を見た。
「気付くの遅いな、おまえは」
理人は片眉を器用に上げて、口端だけで綺麗に微笑んだ。
聖司は握った手を離さなかった。




