襲撃
暴力表現があります。苦手な方はお避けください。
数日滞在した父は慌ただしく去っていった。
「安心して頂戴。ちゃんとお父様に結婚の話はやめるよう言ったから」
ご機嫌と言わんばかりの満面笑みで姉に言われ音惟は俯くことしかできなかった。
もしかして大きくなっても屋敷から出られないのだろうかと不安が音惟の心にもたげてくる。確かに結惟が来てからご飯を貰えるようになったし悪いことばかりじゃない。でも痛いのは嫌だ、とそう思ってから、いや姉はずっと自分が生まれた時からいるじゃないかと思い直した。
小屋に戻るとミシロが布団を片付けていた。ミシロの姿を見ると音惟はなんだかほっと心が落ち着いた。
「なんか慌ただしかったな」
「ようやく父が出ていったからね」
布団を不思議な力で綺麗にしつつミシロが言う。いつの間にか布団は二枚とも新品になっていた。神様の世界から取り寄せたらしい。おかげで二人共フカフカな布団で寝られるから神様様ミシロ様様である。
父がいたからといっても音惟の日常は変わらなかった。しかし父が家に来てから少しだけ変化があった、良くない方に。
少し前まで町の人はミシロを見ても見ないふりをするかこそこそ陰口を叩くくらいだった。ところが最近あからさまに敵意を向けるようになったのだ。
「化け物は出ていけ」
「真っ白オバケいなくなれ」
そんなことを叫ばれるのだ。
「あんたたちみたいな卑怯者よりマシよ!」
投げかけられる言葉はナイフのように鋭い。ミシロは気にした様子もなく飄々としていたが音惟は許せず言い返した。
まだ言葉だけならばよいが石を投げてくるものまでいる。慌てて庇おうとしたら音惟の頬に傷ができた。
「おい、おまえ何をした」
その時だけはミシロが目を真っ赤にして怒っていて犯人は怯えて逃げ去った。
「矮小な存在は碌でもないな」
父が家を出た後も相変わらずミシロへの攻撃は続いていて音惟はうんざりしていた。診療所の人だけは変わらず心配してくれる。
自分もミシロを踏んづけたのにね、と自嘲しつつも音惟はもうミシロが傷つくことがないようにしたいと思っていた。
音惟が頬に傷を付けて帰った翌朝の食後のことである。立ち去ろうとしたところを捕まり姉の結惟が頬に触れてきた。まだ痛む傷に指を押し付けられ音惟は顔をしかめた。
「この傷、どうしたの?」
「別に。あいつが石を投げられたから」
そう言うと結惟の顔が憎々しげに歪んだ。いつも笑顔なのに珍しいなと思っていると声色まで冷たくて音惟の背筋がぞくりと震えた。
「まだあんなのといるのね」
言葉が詰まりそうになるがなんとか返す。
「あいつを一人にはできない」
「捨ててらっしゃいって言ったでしょ」
「そんなことできない」
「そう?ね、ところでその子の名前はなあに?」
……ミシロ、そう答えようとしてはっと口をつぐむ。どうしてだかわからないが結惟に名前を教えてはいけない気がしたのだ。咄嗟に思い浮かんだのは。
「ゴンベ」
「ふうん?」
結惟は急ににこにこ笑みを浮かべ音惟を解放した。