父帰る2
家族の団欒がまだ続きそうなので音惟は出直そうとした。しかし父がそれを制止した。
「待ちなさい音惟、おまえにいい話がある」
いい話が本当に良い話だったことはない。
促されるままに座敷に通される。久しぶりに家族全員が揃った。下座は勿論音惟の席、座布団なしだ。どっかりと座布団に座った父がにやにやとした笑みを浮かべ口を開いた。
「音惟の結婚相手が決まった」
「こんなのを貰ってくれる奇特な方がいるのねえ。お相手は?」
音惟はどうでもいいと思う。どうせ拒否権などないのだ。一方呆れたように尋ねる母に父はにんまりと笑った。
「子爵様だぞ」
「音惟が子爵様と?!勿体ないわ。結惟の方が相応しいじゃない」
予想外に良い相手だったのが気に食わないのか母が声を荒げた。でも貴族との結婚は堅苦しくて面倒そうだ、と音惟は思う。
「まあ落ち着け。子爵と言ってもな、水池太郎殿だ」
「水池?あの蛇子爵?これはいいわ。音惟にぴったりじゃない」
先程とは打って変わって嘲るような口調で母が言う。
水池太郎、元は男爵だったが国のために功績を上げ子爵になった男だ。だがそれよりも彼が有名なのは蛇子爵と呼ばれるその通り名だった。
彼は蛇を狂愛し、毒蛇から無毒なものまであらゆる蛇を屋敷で飼っているのだ。蛇のための寝室もあるらしい。そして何より怖いのは気に入らない相手を蛇毒で黙らせてしまう、という噂だった。
「嫌われ者同士ぴったりだわ」
「しかもな、商売で繋がりができると家のためにもなる」
「まあ。役に立たないこの娘にも使い道があったわね」
嬉しそうに話す両親を尻目に音惟は心底どうでもいいと思う。
音惟は蛇が嫌いである。しかし姿形が嫌いなのではない。自分に似ている存在だから嫌いなのだ。
だから蛇そのものは嫌いじゃない。だからこのまま悲しそうな顔をして乗り切れば屋敷を出られる格好の機会ではないかと内心ほくそ笑む。
しかしミシロはどうしよう。連れていけるかな、と悩み始めた。しかし彼は元々白蛇だったのだ。蛇子爵だって気に入るはずだ。逆にミシロを気に入り音惟はいらなくなるかもしれない。それはちょっと困る、と音惟は新たな悩みに向き合い始めた。
その時だった。
「お父様、お母様、音惟に結婚はまだ早すぎますわ」
結惟の言葉がはしゃぐ両親の声をピタリと止めた。
「そうかしら」
「でもなあ、貴族と繋がりができるんだよ」
渋る両親にさらに結惟が畳み掛ける。
「この子は何もできないんだから嫁入りは早いわ。そうでしょう?ね、お父様、お母様」
「それもそうだな」
「そうね」
家を出られると思ったのに雲行きが怪しくなってきたと音惟は思う。両親よ、もっと粘れと思ったが。
「では音惟はこのまま屋敷にいて貰いましょうね」
「ああ」
「ええ」
結惟の意見を肯定するとそれきり両親は黙ってしまった。
「さ、お話はおしまい。治助、お父様を客間に案内して頂戴」
結惟が治助と言う名の使用人に指図すると父は客間へ、母も部屋に戻ってしまった。
「音惟は結婚しないのー?」
真惟が不思議そうに結惟に聞いている。
「そうよ、でも真惟は大きくなったらお嫁に行くのよ」
「お嫁さーん」
「さ、真惟もお父様のところへ行ってらっしゃい」
きゃっきゃと喜ぶ真惟を結惟は父の元へ行くよう促した。
音惟はさっさと退散しようと思ったのだ。でも立ち上がるよりも早くに。
「逃げられると思った?」
結惟が傍に来て耳打ちした。
蛇子爵は普通に蛇が大好きなだけのいい人です。
毒がどうのという噂はやっかみから流されたもの。ただただ蛇を愛する青年です。多分もう出てきません。




