〇 第1話 彼女の胸は羽毛よりも柔らかかった ―8
その瞬間に、私の脳みそを覆っていた分厚くて暗い靄のようなものが、晴れたような気がした。
「…………あ、ああ」
喉から変な声が出る。と同時に、さっきルィイに手を引かれたときと同じように、目からもしょっぱい液体が漏れてくる。
私は自殺未遂を犯して、この世界に来て、どこかが壊れてしまったみたいだ。
涙なんて絶対に誰にも見せなかったのに。誰からもゴミみたいな扱いを受けていた私にとって、それだけが守るべき矜持だったのに。今は馬鹿みたいにルィイの前で泣いている。
「そう。よかったね」
ルィイはそれだけ言って、ベッドの私に駆け寄ると、私の抱えている膝に割り込むようにしてその身を寄せて、泣いている私を抱きしめた。
「……っ!?」
私は驚いて彼女の体を押し返そうとするけれど、ルィイはそんな私をなだめるように、腕に力を籠めて、強く強く抱きしめてくる。
まだ少し湿度を孕んだ彼女の肌が、冷たくて心地いい。彼女の豊満な胸は、川辺でぶつかったグリムの羽毛よりも柔らかかった。
十分か、三十分か、一時間か。どれくらい私はルィイの胸を借りていたのだろう。ルィイはその間、何も言わなかった。
私は人生で初めて人の胸の中で、ただただ泣いた。恥も外聞もなく、ただただ泣いた。
そうして、自殺未遂の私とエルフの彼女の生活が始まったのだった……。
……でも、この時の話にはどうしようもなくくだらないオチがある。
――――ぎゅるるるるるる。
「うっ!」
ぱっと、私はルィイの体から離れた。本当はまだ彼女に甘えていたかったけれど、どうやら私のお腹がそうさせてくれないらしかった。
私は赤面して、腹痛でぎゅるぎゅると鳴るお腹を押さえながら、ルィイに当然あるべきものの場所を尋ねた。
「ねえ。ルィイさん。トイレって、どこにあるの?」
対するルィイは、私を抱きしめるためにベッドに寄せていた体を立ちあがらせると、少し不思議そうな顔をして、首を傾げた。
「え? トイレって、そんなのないけれど」
「は?」
額に脂汗が滲む。聞き間違いか? いや、そんな馬鹿な……。
「用を足すなら、さっきの川がいいよ。あ、グリムに連れて来てもらっていたから、場所がわからないのね」
そう言って、ルィイは私の手をやさしく取った。
「う、うう、ううううっ」
恥ずかしさで変なうめき声をあげながら、私は再びルィイに手を引かれて川までの道を歩いた。
先ほどとは違う理由で、涙が止まらなかった。恥ずかしくて死にそうだ。せっかく自殺した意味をルィイに消してもらったのに、また自殺したいほどのトラウマが生まれてしまった。
というか、こんなことで私は生きていけるのだろうか。
「……じゃあ、ごゆっくり。顔も洗ったほうがいいよ」
もうグリムが川にいなかったことが、ただ唯一の救いだった。
――――ああ、死にたい。