表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/33

〇 第1話 彼女の胸は羽毛よりも柔らかかった ―8

 その瞬間に、私の脳みそを覆っていた分厚くて暗い靄のようなものが、晴れたような気がした。

「…………あ、ああ」

 喉から変な声が出る。と同時に、さっきルィイに手を引かれたときと同じように、目からもしょっぱい液体が漏れてくる。

 私は自殺未遂を犯して、この世界に来て、どこかが壊れてしまったみたいだ。

 涙なんて絶対に誰にも見せなかったのに。誰からもゴミみたいな扱いを受けていた私にとって、それだけが守るべき矜持だったのに。今は馬鹿みたいにルィイの前で泣いている。

「そう。よかったね」

 ルィイはそれだけ言って、ベッドの私に駆け寄ると、私の抱えている膝に割り込むようにしてその身を寄せて、泣いている私を抱きしめた。

「……っ!?」

 私は驚いて彼女の体を押し返そうとするけれど、ルィイはそんな私をなだめるように、腕に力を籠めて、強く強く抱きしめてくる。

 まだ少し湿度を孕んだ彼女の肌が、冷たくて心地いい。彼女の豊満な胸は、川辺でぶつかったグリムの羽毛よりも柔らかかった。

 十分か、三十分か、一時間か。どれくらい私はルィイの胸を借りていたのだろう。ルィイはその間、何も言わなかった。

 私は人生で初めて人の胸の中で、ただただ泣いた。恥も外聞もなく、ただただ泣いた。

 そうして、自殺未遂の私とエルフの彼女の生活が始まったのだった……。



 ……でも、この時の話にはどうしようもなくくだらないオチがある。


 ――――ぎゅるるるるるる。


「うっ!」

 ぱっと、私はルィイの体から離れた。本当はまだ彼女に甘えていたかったけれど、どうやら私のお腹がそうさせてくれないらしかった。

 私は赤面して、腹痛でぎゅるぎゅると鳴るお腹を押さえながら、ルィイに当然あるべきものの場所を尋ねた。

「ねえ。ルィイさん。トイレって、どこにあるの?」

 対するルィイは、私を抱きしめるためにベッドに寄せていた体を立ちあがらせると、少し不思議そうな顔をして、首を傾げた。

「え? トイレって、そんなのないけれど」

「は?」

 額に脂汗が滲む。聞き間違いか? いや、そんな馬鹿な……。

「用を足すなら、さっきの川がいいよ。あ、グリムに連れて来てもらっていたから、場所がわからないのね」

 そう言って、ルィイは私の手をやさしく取った。

「う、うう、ううううっ」

 恥ずかしさで変なうめき声をあげながら、私は再びルィイに手を引かれて川までの道を歩いた。

 先ほどとは違う理由で、涙が止まらなかった。恥ずかしくて死にそうだ。せっかく自殺した意味をルィイに消してもらったのに、また自殺したいほどのトラウマが生まれてしまった。

 というか、こんなことで私は生きていけるのだろうか。

「……じゃあ、ごゆっくり。顔も洗ったほうがいいよ」

 もうグリムが川にいなかったことが、ただ唯一の救いだった。


 ――――ああ、死にたい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ