〇 第1話 彼女の胸は羽毛よりも柔らかかった ―7
「あなた、何を言っているの?」
私はその顔を見て、途轍もない後悔に襲われた。
ああ、話すんじゃなかった。どうしてこんな見ず知らずのエルフにこんなことを話してしまったんだ。普通の人間は、私は自殺未遂を犯した馬鹿な女ですなんて言われたら、ドン引きするに決まっているんだから。
「何をって。あなたが聞いてきたんじゃない。私の身の上話」
私はルィイの困り顔に対して、嫌味っぽく言葉をかえしてしまった。彼女に拒絶されてしまったら、もう立ち直れないだろうと言うことは薄々わかっているのに、どうしてもそんな言い方をしてしまった。
本当のことを言うと、私はきっと同情されたかったし、慰めてもらいたかったのだろう。
でも、ルィイはそんな私の期待を大きく裏切るような言葉を反してきた。
「いや、自殺って……。そんなこと意味ないじゃない。あなたが陥っていた境遇は、きっと私にはわからないほど辛かったのだろうけれど、死ぬのって、解決になってないわ」
うわ。本当にこういうことを言う人っているんだ。本人を前にして、自殺なんて意味ないとか、よくないとか……。
ああ、駄目だ。やはり私の孤独は誰にも理解されない物なのだ。両親にも、友達にも、先生にも、そして、異世界で出会ったエルフにも。
どうしようもない絶望が、私の心を覆っていく。
「そんなこと。私だってわかってるよ……」
ルィイの言うことは、いわゆる正論だ。自殺するということに、きっと意味はない。
でも、正論だって時に力を失うときがある。私の人生において、『いじめは悪だ』『児童虐待は犯罪だ』という正論は、まったくもって意味をなさなかった。
「わかってても、そうするしかなかったの! あの世界の全てから逃げるために」
つい、声が大きくなった。でも、ルィイは冷静な表情で首を振る。
「自死は逃げることにならないわ。自分が置かれた環境から逃げたかったら、どこか新しい新天地を探しにいくしかないのよ」
ルィイは、妙に実感のこもったような口調でそういった。
「出て行くって、そんなことできないよ。一人では生きていけないし、すぐに警察に補導されて連れ帰られちゃう。お金だって持ってないのに……」
「……すごく難儀な世界なのね、異世界って」
ルィイは眉間に皺を寄せて、不愉快そうに首を振った。
もうだめだ。何も知らないルィイに、私は何を訴えているのだろう。何を言ってほしいのだろう。この心の中に積もりに積もったヘドロは、どうやっても消えることはないのだろうか。
私はいつの間にかベッドの上で膝を抱えていた。いつも自室ではこの格好のまま、ずっとスマホの画面の中に、何か気がまぎれるものを探していた。
そういえば、飛び降りるときにもスマホはポケットに入れていたはずだけれど、いつの間にかなくなっていた。まあ、こちらの世界ではネットに繋がらないだろうから、持っていても意味のないものだけれど。
ルィイの言う通り、私がどこかへ逃げるとしたら、それは唯一ネットだけだったのに、それすらも失っている。
「……でも、それなら、私はあなたを拾うことができて、本当によかったわ」
「は? なにが?」
ルィイの唐突な発言に、私はまた語気を強くしてしまった。
私は現実から逃げるために自殺して、ルィイのせいで失敗したのだけれど、それがよかったというのはどういうことだろう。私という一人の命を救うことができて良かったということだろうか。
だとすれば、ずいぶんと上から目線だ。まるでカンダタを気まぐれで救おうとして、蜘蛛の糸なんて頼りないものを垂らすお釈迦様のようだ。
私は死にたかったんだよ。そう言おうとした私に、ルィイはにこりと優しい笑顔を浮かべて、言った。
「だって、あなたはこれで逃げることができたじゃない。あなたを害するあなたの世界から」
その言葉に、私は声が出なくなった。
そうだ、そうじゃないか。私はもうあの家に帰らなくていいし、学校へも行かなくていい。本当に、どうしてそんな簡単なことがわからなかったのだろう。




