第二章 戦いの日々 第一節
今回より第二章、過去の苦悩も恋も吹っ飛ぶ出来事に
ここからアクション劇へと変わって行きます。
第二章 戦いの日々 第一節 悲劇ふたたび
その頃、K市の盛田開発商会の一室では社長であり県会議員の盛田一政と秘書の佐々木友則と密談をしていた。
「佐々木! あの寺の土地買収はどうなっているんだ。もうすでにリゾート開発がスタートしているんだ。春までに何とかしない莫大な損害が及ぶのだ。話は進んでいるのか?」
「先生、それが幾度も交渉に及んでいるのですが、一部に反対もあり・・・」
「馬鹿者! 貴様は何年秘書をやっているんだ。このリゾート開発は東北でも有数の一大イベントだ。すでに数十億の投資をしているんだ。あそこの寺の土地は、その中心地に当たるんだ。絶対に外す訳にはいかんのだ。分かっているのか佐々木!」
「ハイ・・・少し手荒い方法で脅しを賭けようとしたのですが。あそこには合気道の道場もあり、門弟どもに睨まれて尻込みする始末で・・・」
「それじゃあ、よその人間に頼め。内の人間が脅したとあっては選挙にも響く。だがワシの名前は使うな、良いな!」
「じゃあ先生、いつものように東京の新日本同盟に頼んでも宜しいですか? 早速に手配しますが。丁度正月ですし、寺には人も少ないでしょうから」
「まあいいだろう。だがドジは踏むな、寺の住職が居なくなれば土地を手放ししか、なくなるだろうからな、もう時間がないんだ。早急に手配しろ!」
ここは石川県金沢市。ザッパァーンと冬の荒波が岸壁に押し寄せる。日本海の特有の荒波だ。能登半島は極限の寒さに晒されていた。身も凍るような風が吹く。
日本海が見渡せる見事な景場、春から夏にかけて美しい花々が咲き乱れるだろう。
しかし今は観光客さえも寄り着かない真冬の能登半島だった。
日本海に向かって立つ原田家の墓。其処には二人の男女が花を飾っていた。
そして長い合掌が続く、その姿は健と小夜子であった。
「原田、帰ってきたよ。俺の恋人だ。見てくれ、そして何か言ってくれ、勝手な奴だと思うだろうが喜んでくれるか ?原田・・・」
健は心で叫んだ。隣の小夜子も一度も会った事がない健の親友に、ただ祈るだけだった。
健は 夜子を連れて来たのも小夜子の希望であり 原田に二人の生き様を見届けて欲しかった為だ。
「さようなら原田。お前と過ごした楽しい日々は永遠に忘れないからな」
健と小夜子は、この墓に来る前に早紀と原田の両親に挨拶を済ませて、健の両親にも小夜子を引き合わせていた。やっとひとつの区切りが付き、最後に原田の墓に訪れたのだ。
日本海の風はヒューヒューと鳴って 二人の頬を突き刺す。
やがて健と小夜子は厳冬の能登半島を後にした。
その頃、岩手県の正堂寺では、要山和尚は正月の行事も済み、妻の登紀子と二人でくつろいでいた。二人の若い坊さんも里帰りで帰っていて、この広い寺には二人だけになった。
のどかな正月だ。日も落ちて妻の登紀子は食事の準備をしていた。
が!? 突然部屋が真っ暗になった・・・・。
「ハテ、停電かな?」
和尚は、ろうそくを探し始める。登紀子も急に暗くなって戸惑っている。
「あなた! 停電なの・・・正月から嫌だわ。ロウソクは何処かしら?」
「おい登紀子、暗いからあまり動くんじゃないぞ。わしがロウソクを探してくるからな」
その時、要山和尚は、ただならぬ気配を感じた。その気配が目の前に迫って来た。
いきなり暗がりから襲われた。ディヤー 何者かが和尚に突然襲い掛かって来た。
そしてもう一人が後ろから羽交い絞めにしようとしたが、何故かあっという間に、二人は投げ飛ばされていた。だが賊はもう一人居た。今度はナイフで横から突いて来た。
しかしこれも見事に交わされ、左腕を捻じ曲げられナイフを落とした。
「登紀子! 出てくるな、危ない!!」
そう和尚は叫んだ。だが意味が分からず妻の登紀子が心配で駆け寄った。
「おい! 仕方がない。やれ!」
そんな声が響いた。丁度その時に登紀子が、ろうそくに火を付けて和尚の方に歩いていた。そのまさかの賊が居るとは知らずに。
不運にも、ろうそくの炎が格好の目印となり、和尚と登紀子が暗闇から浮かび上がった。
その時だった。バシッーバシッーと閃光が走った。
合気道の達人と云えども、暗闇からの拳銃の弾は防ぎようがなかった。
それは一瞬の出来事だった。和尚と登紀子は身体に熱いものを感じた。
考える暇もなかった。二人は次第に意識が薄れて行く。
いったい何が起きたと言うのだろう? 登紀子は何も知らぬ間に永遠の闇に包まれた。
「おい! やったのか? 証拠が残ったら不味いじゃないのか?」
「仕方が無いだろう。ドスでも勝てなかったんだから、火事になったら証拠が消せるかも知れんだろう。適当に部屋を荒らして金でもあったら貰って、ずらかれば強盗だと思うだろう」
正堂寺から五十メーター程離れた住まいと、その正堂寺から煙と共に炎が、あっという間に燃え上がった。暫くすると寺の杉の木に燃え移りそして山が京都の大文字焼きのように赤々と燃え上がった。暗闇の山は皮肉にも街からは美しく輝いて、お祭りのように見えた。ほどなく、けたたましいサイレンの音が山に響き渡った。
近所の住民や門弟達が駆けつけたが、もはや、どうすることも出来なかった。
健と小夜子は、そんな出来事をまだ知らずに二人は列車の中で合気道の話や二人の学生時代の話を楽しげに話していた。誰から見ても仲むつまじい恋人同士のカップルに見えた。 将来の夢や、これからの二人について話が尽きる事がなかった。
M市の駅に着いた。そこからタクシーに乗り継ぎ二人は正堂寺に向かった。
小夜子は父母に、お土産を渡した時の父母の笑顔を思い浮かべて心がはずんでいた。
そんな時だった。タクシーの運転手が言った。
「お客さん、なんか向こうの方がやけに明るいですね」
健と小夜子はタクシーの後部座席から身を乗り出しようにフロントを覗いた。
やがて正堂寺が見えてくると同寺に何か、きな臭い匂いがして来た。
そこに、あるはずの寺が瓦礫と化していた。消防署員や警察官の姿が目に写る。二人は異変を感じた。タクシーが停車し慌てて料金を払い二人は煙が立ち込める寺の前に走った。
健と小夜子は近くの警察官に聞いた。放火の疑いがあると警察官に事情を知らされ二人は呆然と立ち尽くした。だが、それだけではなかった。
間もなく二人の焼死体が発見された。無残にも判別出来ない程の遺体と変わっていた。
小夜子は気が狂ったよう嗚咽を漏らす。いったい何が起こったのだ。健も余りにも突然の出来事に涙が止まらなかった。それでも泣き崩れる小夜子を支えて抱きしめていた。
「ねえ健・・・どうしてこんな事に? 私の両親が何をしたと言うの、どうしてこんな目に合わなくてはいけないの? 健・・・教えて」
小夜子のその問いに、健は返す言葉さえ見つからなかった。
健とて同じだ。どうしてまたこんな悲劇が襲うのだ。
俺は疫病神なのか・・・やっと幸せの光が見えて来たというのに。
気丈で、いつもは落ち着いた清楚な小夜子も最愛の両親が突然に亡くなり、その理性も何も失って、ただただ健の胸に縋って泣き崩れるだけだった。
健を我が子ように支えてくれた。要山和尚夫妻の死は平常心では居られなかった。
二人は在りし日の姿を思い浮かべ、また肩を震わせ泣き崩れる姿は余りにも切なく。
そんな二人の姿を見つけて、要山和尚の門弟達が健と小夜子に駆け寄ってくる。
「小夜子さん! 大丈夫ですか。僕等がお寺の方から煙が上がってサイレンの音が聞こえて駆けつけたのですが。もう炎は寺全体に廻り、どうにもならない状態でした」
門下生の佐田義則や山本裕一など十数人が集まって、その瓦礫の山を恨めしそうに眺めた。しかし、その近くでは小夜子が今なお、健に支えられて泣きじゃくっている。
寺に世話になっている人や門弟達に野次馬と、普段は静かな寺も大勢の人が集まって来て、その小夜子の姿を哀れんだ。
普段、合気道で鍛えた精神の強さも今の小夜子にはなんの効果もなく。ついには救急車で病院に運ばれることになった。強度のショックによる精神不安定に陥っていた。
翌日には精神状態も少し落ち着いて、なんとか退院出来たのだが。
その知らせが東京に居る盛田一政の東京事務所に、秘書の佐々木から連絡が入った。
しかし盛田一政の思惑とは少し違っていたようだ。
「なに! 拳銃を使って殺しだと? 不味いな・・・焼死しても証拠が残るだろうが」
「申し訳ありません。三人とも叩き伏されて仕方なく、強盗と見せかける為に少しカモフラージュをしたとか云っていますが」
「まあいい、先方〔新日本同盟〕にも三人を隠して置くように云って置け!」
「はい、うち〔盛田開発〕の連中にもアリバイはありますし、捜査の対象にはならないと思いますが」
「当たり前だ! 署長にも我が社の信用問題にも関わる事だからと、釘を刺して置く。佐々木! 後は頼むぞ。わしは政界の先生方に正月の挨拶廻りで忙しいのだ。後の事はお前がキチンと処理しろ。いいな!」
健は退院した小夜子を乗せて、和尚が愛用していた車に乗って帰った。火事から逃れた道場がある。そこには道場の他に八畳と六畳ほどの和室が備わっている。。
狭いが今は、此処しか寝泊りする場所はなかった。当分の間の仮住まいとなる。
退院した処へ門下生達、十数人が集まって来てくれて、その日の夕方から全員で焼け残った家具や使える物を道場や和室に運んだ。そんな作業が二日ほど続き、なんとか整理出来たが、休む間もなく翌日の夕方からお通夜が始まり、その翌日は告別式となり親戚の人達の力を借りて気丈にも小夜子は喪主を滞りなく終えた。
丁度、正月とあって寺には住職夫妻だけしか居ないのが災いしたのか?
それとも計画的に行われた反抗なのかは、警察の取調べで明らかにされる事になった。
二人は、その時点まで警察が早く犯人を逮捕してくれると信じていた。
それから慌ただしく時間だけが流れた。小夜子はまだ立ち直れないでいる。
両親の死の原因が警察からまだ詳しく発表されないが。それにしても捜査の対応が遅く、イライラしながら一週間が過ぎた。その間、小夜子と健は喪に服し動かなかった。
あんなに明るかった小夜子の笑顔は完全に今は消えてしまった。
健は悲しみにくれる小夜子を、今度は自分が支えてやらねば健はそう思っている。
でないと、自分を立ち直せてくれた要山和尚に申し訳がたたないと心に誓った。
警察署には放火殺人事件として、捜査本部が設けられたが運悪く正月の最中だったのが捜査を難航させたのか、問い合わせても急に対応が悪くなったのはなぜか?
健と小夜子は警察に、不信感を抱くようになって更に十日が過ぎていった。
この時点迄で分かったことは、要山和尚と登紀子は何者かによって射殺された跡に放火された事だった。それも複数の人間に因るもので恨みによる犯行か? それとも、ただの強盗か警察は現在捜査中だという。小夜子への報告はそれだけに留まった。
次回へ続く
次回は小夜子一人で東京へ、小夜子の活躍を中心に物語は進みます。




