決戦
敵軍のラッパの音が鳴り響き、第二陣が攻め寄せてきた。その勢いは果敢で、重装騎兵が大きな地鳴りを起こし、鬨の声が空気を揺るがしている。
第一陣とは桁違いの威圧感。小手調べとこちらの疲労を誘う目的でしかなかったのだろう。そう思わされるほど敵軍、第二陣の動きは苛烈だった。
くそ、第一陣があっさりと壊滅されたというのに、相手の士気は下がるどころか上がっている。
だけど、こっちだって負けていられない。ハル、ジオンが既に号令を出し、しなった長弓がぞろぞろと持ち上げられる。
「放て!!」
今日何度目かの矢の弾幕が張られ、空を黒に覆い尽くす。雨のように降り注ぐ矢の多くは、重装騎兵の装甲に弾かれるも、馬に刺さる矢もあり、敵戦列を大きく乱した。
さっきと同じ展開。このまま第一陣と同じように楽に殲滅できると思われたが、敵の号令一つでそんな思いは消し飛ばされる。
「馬を降りろ!!」
指揮官の号令が出ると、敵は馬から飛び降り始めた。
馬鹿な数十キロの速さで走る馬から飛び降りるなんて自殺行為そのものだ。なのに、オラール家兵の精鋭の多くは上手く転がって受け身をとり、立ち上がった。勿論、圧死したものや起き上がれないものもいるが、それでも常人離れした業を成し遂げている事実に変わりない。
「クリス様、来ます!」
ユリスの声に現実に引き戻される。有り得ないことでも有り得てしまったのだ。現実逃避している場合じゃない。状況を観察しようとして前を見ると、乗り手のいない馬が真正面から突っ込んできていた。
まずい、そう思って数秒後。先頭の空馬は張り巡らされた柵前で立ち止まる。だが、止まりきれない後続の馬に押し出され、濁流のように柵になだれ込んできた。杭が刺さり、ぶつかり合って転がり、悲痛な嗎が辺りに響き渡る。だが、悲鳴をあげたのは馬だけでなく、前線で守っていた兵士たちも同じ。馬の下敷きになり、声を上げながら這い出さんとしていた。
柵が破壊され、転がり悶え苦しむ馬たちに防衛線を壊されてしまった。こちらの防備はかなり薄くなったのにも関わらず、馬を捨てた下馬騎士たちは鬨の声をあげて迫りくる。その勢いは雨でぬかるんだ地面により大きく減衰しているものの、こちらを威圧するには十分だった。
「放て!!」
馬に中央の防衛戦を崩され、このまま敵騎士の突撃をまともに受けると、あっけなく散ってしまう。そういった判断だろう。慌ててハルもジオンも長弓隊に指令を出していた。そしてその効果も発揮され、敵騎士隊を徐々に減らしている。
「陣形を変えます!」
ユリスはそう言って、各部隊に迅速に指示をだした。バラバラになっていた戦列は馬を取り囲むように凹のように整列されていく。だが、そうはさせまいと、馬を乗り越えてきた敵騎士が襲ってくる。
俺は戦列から前に出て、騎士の上段からの剣を受け止める。高い金属音が鳴り響いたとともに、剣を受け流し、入れ替わるように横なぎに斬りつける。だが、手に伝わったのは鎧に阻まれ硬い感触だけ。
急いで振り返ると、騎士は重い鎧が災いし、まだ振り向けずにした。俺はその隙に鎧の隙間に剣を突き立てる。
俺が敵兵を仕留めると鬨の声があがった。だがそんなことで怯むような相手ではない。続々と馬を敵が乗り越えてきている。
「下がってください」
マクベスの声に従って、エビのように後ろへと下がる。整列できた兵士たちの脇を抜けた。
少し下がって俯瞰すると、長槍が何本も凹の内側に向けられ一時的な包囲が出来ている。馬を乗り越えてきた敵騎士はハズキが作った高品質の槍の餌食となっている。ある程度鎧を着込んでいても薄い部分は存在し、そこ目がけて突きがくりだされているのだ。
ただ白兵戦は激しさを増し、敵軍だけでなく自軍も被害が出始めた。辺り一体血の匂いが立ち込め、金属音が鳴り響き、かち合っては火花が至る所で上がる。
激しい。だが、今のところ押し負ける予兆はない。柵がなくなったのは一部分、他の場所からの攻撃は容易ではない。実際、指揮官が防衛戦が崩れた所を集中して攻撃するように指示をだしていた。ただユリスの迅速な指示によって形成された陣は堅く破られそうにない。
だが何なのだろうか、この不安感は。
そんな考えが浮かんだ時、ふと遠くのオラール軍を眺めた。
明らかに少ない。集団が痩せ細っている。第二陣が進軍してきても敵本体はまだ太っていた。なのに、今見えるのは少数の軍勢。
どこだ、どこが足りない。必死に目を凝らすと、陣形の正確さが目についた。
そうか。一部隊抜けても維持できるということは、後方予備戦力が消えたのか。だとしたら、狙いは……まずい。
「ユリス! 前線を任せていいか!?」
ユリスは頷いた。どうやらユリスも気付いているようだ。
オラール軍の真意は第二陣を囮にし、その間に森を迂回してドレスコード軍後方を襲撃するつもりだろう。
俺は部隊を編成して後方からの奇襲に備えることにした。





