開戦
敵騎馬隊の脇を抜け、弩部隊が前進してくる。その数はいくらだろうか、目算では500程度に見える。だが、矢を装填する音が丘の上まで届いて来て、何千といるように錯覚する。
「構え!!」
ハルの号令と共に、数多のロングボウがしなっていく。上向きに構えられた弓矢がぞろりと揃うと、新たな号令が辺りに響いた。
「放て!!」
風を切る轟音が鳴り響き、山なりに射られた矢が空中で殺意を高めて、敵弩部隊に降り注ぐ。多くの悲鳴が上がり、遠目にも敵兵がドミノのように倒れていく様子が見て取れる。
だが一度の射撃で、全てを倒すことはできず、残った敵弩部隊が反撃に矢を放ってくる。ただ、敵軍の応射は陣の手前で力を失い味方に届くことはなかった。
敵兵は射程範囲内に収めようと前進してくるも、それを阻むように矢の雨が降り注ぐ。どうにか、射程距離範囲までたどり着けた敵兵から矢が飛んでくるも、その数は自軍が敵兵に届けた矢に比べて遥かに少ない。
射撃戦は自軍優勢で幕を開けたことは明白だった。
そもそも、水平射撃では分があるクロスボウだが、今回は上向きと大きく威力が減衰されている。対して2m程度と長いロングボウは、丘上でさらに射程範囲を延長している上、落下の加速度によって敵兵の装甲を貫くに問題はないほどの威力を持っている。さらに、装填に時間がかかるクロスボウが1分間に1、2回程度しか矢を放てないのに対して、ロングボウはその3倍、4倍と射ることができ、速射性にも優れている。
こうなることは予想通り。一方の敵軍にとっては予想を裏切る結果となっただろう。なにしろ、農兵が主たる弓兵に訓練を積んだクロスボウ兵が負けるとは思いもよらなかっただろうから。
「止まるな射続けろ!!」
両翼から矢継ぎ早に曲射で射掛け続け、数分もすると、敵クロスボウ部隊は既にほとんどの戦力を失い、敗走しはじめた。
「クリス様、来ますよ」
「ああ、わかっている」
敵重装騎兵が、動き出す姿が見えた。陣形を整え、今にも突撃してきそうな雰囲気を醸し出している。
「敵軍も焦っているな。早速、一番の戦力をぶつけようとしてくるなんて」
「クリス様のお陰でもありますよ。度重なる夜襲や奇襲により、フラストレーションが溜まっている状況下での、クロスボウ部隊の敗走。焦り、急ぐのも無理はないです」
ユリスは、ただ、と付け加えた。
「どんなに急いても、理性を失っても、重装騎兵の攻撃力は馬鹿になりません。投射兵による援護を欠いたこんな状況でも猛威をふるうことは間違いありません」
緊張に冷たい汗が流れる。
投射兵の援護もない。士気だって低い。それでも、力を抑えきれないのが重装騎兵という兵科だ。
「来ました」
号令、戦鼓、喇叭の音が鳴り、そしてそれらをかき消すほどの蹄が地面を打ち鳴らす音が響いて来た。ついに大地を揺るがすような重装騎兵の突撃が開始されてしまった。
重装騎兵達は、残存するクロスボウ部隊を踏み潰し、苛烈を極めた勢いで迫ってくる。怒号に楽器、蹄、空を裂く騒音、未だ遠くにいるにも関わらず、目の前にいるかのように思える。
「勝ちたい!!」
その時、アリスの大声が聞こえた。皆、アリスの方を振り向く。後方にいながらも、馬上ではなく、しっかりと二本足を地につけ敵軍を見据えている。
皆すぐに前を向き直した。闘志が宿った目で敵軍を見据え、武器を構えている。
俺も敵兵に目を戻す。王女たるアリスが、逃げる意思もなく、しっかりと前を見据えて立ち続けているのだ。死を共にする覚悟と勇気を見せつけられ、奮い立たされないでいられようか。
「弓兵、放て」
再び矢の弾幕が張られ敵軍に降り注ぐ。重装騎兵の装甲を貫いたのはわずかだが、鎧で守りきれない馬には多くの矢が突き刺さる。馬は嗎を上げ、騎手を振り落とし、隣の騎馬にぶつかり戦列を乱す。当然、落ちた騎手は圧死し、乗り手のいなくなった馬はさらに被害を与えた。
ようやく丘下までたどり着いた騎兵は、ぬかるんだ地面に足をとられ、速度が大きく減衰した。そこを再び数多もの矢が襲う。敵重装騎兵の被害は甚大になるも、暴れる馬と矢の雨から抜け出した騎兵達は着々と本陣中央に迫ってくる。
ついに一騎の騎兵が中央にたどり着いた。が、尖らせた杭を目にし、馬を止めてしまう。そうなれば、こっちのもの。立ち往生する騎兵はハリネズミのようになるまで矢を射掛けられた。
今度は杭を打ち破ろうとする騎兵が突撃してくるも、丸太が馬に突き刺さり、馬上から吹き飛ばされる。落ちた先で味方の兵達の刃に止めを刺される。
どさりどさりと、鎧姿の騎士達が倒れる音が辺りにこだまする。やがて立つものの多くは姿を消し、泥に塗れた敵兵の死体ばかりが、目に映るようになった。
まだ生のある敵兵が鬨の声を上げて未だ襲いくるも、もはや力を失い、赤ん坊が這っている程度のものに見える。実際、杭越しに長槍に突き刺され、簡単にいなされている。
敵第一陣はこちらの戦力をほぼ削ることのできないまま完全に崩壊したと言ってよかった。
「ユリス、数的有利は覆ったか?」
「はい。ですが、まだ油断は出来ません。第二陣が来ます」
遠く前を見ると、再び敵軍が戦列を整え、突撃の準備を終えようとしていた。





