閑話 帰宅2
暑苦しさで目が覚める。
胸にかかる重みと、体に触れている柔らかさに、何が起こっているのかすぐに気づいた。
毛布を捲って覗き込むと、案の定、銀髪が目に入る。毎度のごとく、しっかりと腕を回されており、身動きが取りづらい。
驚きは一切なく、このパターンに慣れてしまった事に気付いて、なぜか悲しくなった。
「重いよ、ユリス」
俺がそう言って軽く揺さぶると、ユリスはもぞもぞと動いて、顔を向けてきた。
「臭いです、クリス様。早く、身を清めてきてください」
「潜り込んどいてそれはなくない!?」
俺の言葉を無視して、ユリスは再び眠りにつこうとした。
いつもなら、仕方がないからこのままでいよう、となる。だが、臭い、と言われて、近くに居られる、というより密着されているのは、もの凄く恥ずかしい。変な汗が出てきて、余計に気になってしまう。
今すぐ体を洗いに風呂へ行きたいが、何となく振り払いづらい。
俺はユリスからどいてもらえるように声をかける。
「あ、あのユリスさんや?」
「気持ち悪い呼び方やめてください。そんなお婆さんにかけるような……クリス様、そういうことですか?」
急に恐ろしいオーラが放たれ、肝が冷える。
「若い女の子を3人も持ち帰ってきたクリス様らしい考え方ですね。私はもう、ババア、と、そうですか」
「違う、違う、違うから! ユリスはまだまだキャピキャピだよ!」
恐怖に呑まれ、意味不明なフォローをしてしまった。そのせいか、ユリスは余計に不機嫌になる。
「キャピキャピってなんですか? 私にそんな擬音が似合うとお思いですか?」
「ご、ごめんなさい! た、ただ、心にもない言葉ってわけでもないんだ!」
「ほう? じゃあ、聞かせていただきましょうか?」
「うっ……ほ、ほら、臭いって言われても、気にならないような女性ではないってことだよ!」
「それが、キャピキャピ、と?」
「そう、それがキャピキャピ!」
俺がそう言うと、ユリスはため息をついて、のそのそと布団から出た。
「違うのでしょうけれど、まあいいことにします。クリス様の羞恥心を煽るのも可哀想なので」
た、助かった。あれ、でもそんなに悪いことしたっけ?
よくよく考えると、俺にそれほど落ち度がないように思えたので、よくよく考えないようにし、素直に謝っておく。
「ごめんなさい。ありがとうございます」
ベッドから降りて、俺はしっかりと頭を下げる。すると、下着しか身につけていないことに気づいた。
「きゃあ」
ユリスは「何ですか、その女の子みたいな悲鳴は」と言った。そして、顎の下に指を置き、まじまじと見てくる。
「な、何?」
恥ずかしくて抱くように体を隠す。すると、ユリスに手で払うジェスチャーをされ、泣く泣く腕をどかす。
「……」
無言のユリスから、下から上へと舐めるような視線を向けられる。
どうしたらいいんだ……ただただ恥ずかしい。
ユリスは近寄ってきて、目の前でしゃがんだ。人差し指で腹筋をつーっと撫でられる。
「ひゃあ! ちょっ、何!?」
「かなり絞られましたね」
「いや、痩せたとは思うけど、ってわあ!?」
突然ユリスは立ち上がり、俺は驚いて仰け反った。そんな俺を気にするそぶりもなく、ユリスはクローゼットから衣服を取り出した。
「さあ、クリス様。これでも着て、早く浴室に向かってください」
「う、うん」
ユリスは俺に衣服を手渡すと、何もなかったかのように部屋から出ていった。
***
お湯に入ると身体の中からほっこりと温まる。久しぶりのせいか、水温が熱く感じ、いつもより早く上気していくように思われた。
もくもくと立ち昇る湯気をぼーっと眺めていると、その中にうっすらと人影が見えた。
「クリス様、いらっしゃいますか?」
「ユリス!? なんで!?」
慌てて立ち上がるが、すぐに浴槽に沈み込む。
「いえ、いらっしゃるなら良いのですが」
「う、うん、まあいるよ。それより、どうしてこんなところに?」
ぶくぶくと顔を出して俺は尋ねた。
「この後、事情なり経緯なりを教えて頂きたい、と思いまして」
そう言ってユリスは「いつ頃が良いでしょうか」と尋ねてきた。
「すぐに説明するよ。今から出る」
「慌てて弁解せずとも大丈夫ですよ、私はクリス様を信じてますので」
「じゃあお言葉に甘えて、もう少しだけ浸からせてもらおうかな?」
ユリスの信頼が嬉しく、俺は素直にそう告げた。
しかし、どこか引っかかりを覚えた。信じられている、ということは本心で言っているように思えて、それは本当に嬉しい。でも、少しだけ思いが燻る。
「では、どうぞごゆっくり」
そう言いながらも、ユリスは出て行く様子がない。なんだか落ち着かないので、出ていってもらおうとした。だが、さっきのモヤモヤの原因を理解して、別の言葉を口にする。
「やっぱり、匂いも汚れも落としたし、もう出ることにするよ」
俺がそう言うと、ため息が返ってきた。
「私がクリス様を問いただす為に、逃げないように見張っているとでも?」
「いや、それは疑ってないよ。俺も信じてるし」
ユリスは嬉しそうに「じゃあ良いです」と言って、浴室から出ていった。
次回は土曜か日曜の20時です。
よろしければ、3巻よろしくお願いいたします。





