対峙
数々の松明の炎が街へと引いていく。もうすぐ来る、と理解し、剣を握りしめる手に力を込めた。
兵士達が退き終えてすぐ、街から人影が現れた。そいつは、真っ直ぐに、こちらへと向かってくる。
セルジャンがきた。ミストの予想通り、こっちの様子を伺ってきていたのだろう。俺たちの居場所がバレているのは明白だ。
俺は剣を構えて林から草原に出た。俺の方から迎え討つ。
あいつに油断も隙もないだろう。騙されたことを恨みに持っており、意表をつく事ができない。実力も相手の方が圧倒的だ。
けれど、それが一時のチャンスになる。
あいつは俺との間に、実力差がある事はわかりきっている。だからこそ、実力に劣る俺が真正面から立ち向かってくるとは思わないだろう。そのため、どうしても不意を食う可能性に気を削ぎ、ほんの僅かな遅れが生じる。
俺が挑むのは、たった一振りのスピード勝負だ。剣が届けば俺の勝ち、躱されるもしくは、俺より相手の方が早ければ負けだ。果てしなく小さな光明に違いないが、この一瞬の勝負が唯一の活路になる。
一度っきりだ。一度で倒さなければ、ここまで苦労してきたことが水泡に帰してしまう。それどころか、尊敬する人達を死より辛い目に遭わせることになる。
恐怖に足が竦み、体が震える。
けれど、深夜に獣道を進んだあの時とは違って、自死への誘惑には靡きそうにもない。
震えが止まる。
こんな俺を信頼してくれる人がいる、想いを寄せてくれる人がいる、だからこんな所で負けられない……そうじゃない、俺は勝ちたいんだ。
自分なんかじゃ絶対に無理だ。勝てっこない。引いた自分がそう怒鳴りつけてくる。だが、関係ない。だったら、どうやってあいつを倒すつもりだ、欲しいものをどうやって手に入れるのか。そう、嘲笑ってやる。
いくら卑下しようとも、思ったことも、感じたことも、全ては何も変わらない。どれだけ俺が無力だとしても、全員無事で帰りたい、と願っているのは事実だ。
一歩、一歩踏みしめていく。草の茎を折り、夜の冷たい風を肩で裂き、ただ真っ直ぐに歩く。
俺はセルジャンを騙さない。そして、自分をもう騙さない。
迷いなんてないし、動揺もしない。しがらみも何もなくて、ただ俺が勝ちたいだけのこと。
心臓の鼓動は一定のリズムを刻む。早くも遅くもない落ち着いた拍動だ。恐怖に早い脈を打たれるのは勘弁願いたい。ドキドキするのは、焦がれたときだけで十分。ただ、全員で逃げ切ろうと走り、そうなるならば歓迎するけど。
人影と距離が縮まり、夜の闇に隠れていた顔がはっきりと見える。
セルジャンだ。変わらず、憤怒に塗れた表情を浮かべている。何かまた欺こうと画策していると思われたのだろう。俺は今、晴れやかな表情をしているだろうから、そう思われても仕方ない。
俺は剣を構えた。セルジャンの表情が訝しがるようなものに変わる。
わからないだろう。あいつは今、俺が何をして来るつもりか、必死に考えを巡らせているに違いない。でも、答えに辿り着くことは絶対にできない。冷静に理性的に考えれば、ありえないからだ。俺の全くもって訳の分からない感情を読み解くなんて不可能だ。
セルジャンは剣を抜き、身構える。その動きはどこかぎこちなく、強張っているように見えた。一方で俺は、呼吸も、心臓も、歩調も、演技が入り込む余地のない部分も全てが落ち着いている。
セルジャンの疑念は強いことだろう。どうしてそこまで自信があるのか、どんな策を隠しているのかと。俺にはそんなもの何もないのに関わらずに。
剣を振り抜く体勢に入り、普段歩く時と全く変わらぬ足取りで、ゆっくり着実に近づいていく。
空気が張り詰める。割れる直前の風船内のように強い圧迫感が場を支配した。けれど、関係ない。息を止めることもなく、ずっと同じ呼吸を繰り返す。
もうすぐ間合いに入る。その瞬間に斬る。
セルジャンとの距離が近づき間合いに入った瞬間、渾身の力を込めた。
腰から肩へ、肩から腕へ、全ての筋肉関節に生み出された力が、滑らかに伝わっていき加速する。
最大、最速の力が手に伝わり剣を振るう。
闇夜に銀閃が煌き、セルジャンの首が吹き飛んだ。
剣を防ごうと上げかけられた腕はそのままに、死体は草原に倒れ伏す。
草が押しつぶされて鳴ったざわめきが収まると、安心感に腰が抜けた。
終わった。これで、無事に全員で帰れる。





