町へと
行くしかない。
拠点としているのならば、医療用の道具や薬も確実にある筈だ。
大きく息を吸って、気持ちを落ち着ける。
勝算がないわけではない。町の中に警戒を敷いていないというなら、そこが穴になる。侵入さえしてしまえば、自由に動くことはできる。
ただ俺の考えは正しいのだろうか。現に、張っていない筈、そんな考えは間違いだった。
少し崩れていただけで道を外した事だってそうだ。俺の考えが間違っており、皆んなを遭難させてしまった。川を目指した時だって、もっと違う方法で動けば、狼に襲われる事なく、クレアは足に怪我を負わずに済んだかもしれない。
くそっ。こんな時でも自尊心の低さが足を引っ張ってくる。うじうじと考えている場合じゃない。行くしかないんだ。
大丈夫だ、自分を信じろ。それすら出来なければ、答えを出すなんて夢のまた夢だ。
松明の明かりが町の周りで輪になるくらい警戒しているんだ。バレずに入りさえすればいい。中に俺たちが居ないことなんか、相手もわかりきっている。
ただ、侵入するには一人で行くしかない。動けないミスト、足に怪我をおったクレア、一日歩いたせいで疲労が溜まっているアリス、誰一人として一緒には連れていけない。リスクが急増する。
ならやはり、俺一人で速やかに侵入し、薬類を取ってくるしかない。
「クレア、アリス。ミストを頼む。俺は中に入って、物資を奪ってくる」
俺の言葉に、クレアとアリスは静かに頷いた。
信頼されている事をひしひしと感じる。
みんなは、ずっと信頼を寄せてくれていた。ミストが遭難した事を知った上で気遣ってくれた時と同じ感覚。信頼が、どうしようもなく嬉しくて、果てしなく苦しい。
絶対に想いに応えないといけない。
俺は集中して奴らの動きを伺う。練度の高い正規兵らしく、等間隔を開けて、一定の速度を保ち、町の周りを周回している。一部の隙もない、だが、それが逆に隙になる。
いや、薄い賭けにしかならない。きっと成功しないだろう。
策が思い浮かぶも、足枷に繋がれた鉄球のように自虐心が留めてくる。
さっき、決めたばかりじゃないか。一刻も早く侵入しないといけない今、迷っていられない。
俺は足元の小石を手に取り、林を出た。草原を、鹿を狙う狼のように、身を伏せて進む。そして松明の明かりが届く限界までくると、町に向かって小石を投げた。
町には届かず、草叢に落ちた小石は草木を倒してざわと鳴らせる。気づいた兵士は足を止め、しばらく草叢の方を観察した後、何事もなかったように歩き出した。
よし。出来過ぎなくらい上手くいった。
渋滞の要領だ。先頭が減速すると、後続は連続して減速して行く。町の周囲を回っている今、先頭と最後尾の間が広がるわけだ。
だが、最初の一周だけ。直ぐに、隙はなくなる。
俺は急ぎつつ、それでいて息を殺して近づいて行く。そして、最後尾の兵士が通り過ぎると、足音を殺して町へと入り込んだ。
路地に入り、建物の陰に隠れると、安堵の息を漏らす。
よかった。なんとか入り込めた。帰りも町の中から同じ事をすればいい。
俺は少しの間休憩すると、町の中を歩きはじめる。
人の気配すらない通りを歩き、民家、商店、と確認したのち、駐屯所らしき長方形の建物を見つける。その建物をぐるりと回り、様子を確認する。
建物は石造りの二階建てだ。入り口は表に二つ、裏口が一つ。一階から物音がせず、二階の木窓から寝息が聞こえる。
俺は一階に人がいないと見て、裏口の前にたつ。細い石を二本作り出し、扉の隙間に入れ込み、閂を挟み込むようにして戸を開けた。そして誰もいない事を確認すると、忍び込んだ。
そのまま息を潜めて探索する。荷物が纏められた部屋から薬を、食堂からリンゴのような果実を見つけ出し、速やかに建物を出た。
再び外に出て安堵の息をつく。
果実で糖分と水分を確保できる。そして薬で症状を緩和することが可能だ。これで、帰るまで耐えられれば、ミストは助かる。
やり遂げた安心感に、少し自尊心が満ちた。
大丈夫、自分を信じろ。自分なんか、という気持ちを捨てられれば、答えを出すことができる。
俺は再び歩き始めた。建物の影に隠れるようにしながら進むと、張り紙のある掲示板の前にきた。古物商の張り紙に目が留まり、夜目を凝らす。
ーーー
さあいらっしゃい。
雑貨や、美術品。銅貨だけで十分な、麗人への贈り物から、素晴らしい、骨董品まで。
どんなものでも取り揃えていると、約束しましょう。
どうぞ当店をご利用くださいませ。
ーーー
パッと見、普通の広告にしか見えないが、違和感を感じざるを得ない文章に俺は首を捻った。よくよく読み返してみると、隠されたメッセージに気づく。
頭文字だけを見ると、さざびどれすこどやど、となる。詰まる所、『さざび』はサザビー商会。『どれすこど』はドレスコードと俺の名字。『やど』は宿と見る事が出来る。
メッセージを隠しているところから、うちの人間が、俺がここに辿り着くことを予期し、宿を用意してくれたと考えられる。王都からこの町に辿り着く経路を知っているのは、父と兄、加えてユリスだ。父と兄は用意するすべを持たないので、恐らくユリスが何か不測の事態があった時の為、用意してくれていたのだろう。
ミストの容態が悪い今、休めるのは渡りに船だ。町の構造を知った今、クレアとアリス、二人を連れて行くことはできないが、ミスト一人くらいならなんとかなりそうだ。
ここに行こう。そして話を通した後、ミストを連れてこよう。
俺は張り紙にあった古物商まで歩いた。二階と一階奥の部屋の窓から、蝋燭の明かりが漏れている。まだ起きている、と思い、俺は入口を軽くノックした。すると、ややあって年老いた主人が出てきた。
「ああ、ついに来られましたか。どうぞ、お入りください」
主人の手招きに従い、店内に入る。店内は、数々の骨董品がテーブルに並べられ、壁際には大きなものが立てかけてある。奥にカウンターがあり、その奥に開いた扉があり、燭台の明かりに照らされた部屋と廊下が見える。
「二階で依頼主の方がお待ちしておりますよ」
老主人はそう言って、店の奥を指差した。
言葉の意味を理解すると、莫大な安心感、高揚感が急に湧き出した。
「ありがとうございます!」
俺は礼を言って、店の奥へと急ぐ。
カウンターを抜け、廊下に出ると階段を見つけた。
廊下を走り抜け、階段は、一段ずつ登るのが煩わしく、飛ばして駆け上がる。
よかった! よかった! よかった!
階段を上り終えると、部屋の扉を開いて、直ぐに入った。
「ユリス!」
だが、そこにユリスは居なかった。代わりに居たのは、冷酷な笑みを浮かべた男。
「遅かったじゃないか」
王と宰相を殺した張本人、アリスの元護衛、セルジャンだった。
次回は木曜日20時です。





