答え
川に流されてから3日目となる夜。暖かな三日月の光が差し込む森の中、全員で焚き火を囲み、食事をしていた。焚き火周りには、今日釣れた魚を串に刺して焼いており、皆んなの手にも焼きあがった串焼きの魚がある。
俺は焼き魚に歯を突き立てた。焦げ付いた皮はパリリとなり、炭の香りが鼻に抜けた。遅れて白身の旨味が口に広がる。調味料は何もなく、鱒のような川魚の味がするだけだが、久しぶりのまともなタンパク源は有難い。今日1日粘って釣ったのだが、それだけの価値はあるだろう。
アリスは王女らしくない様子でかぶりついており、クレアは優雅な所作で齧るように食べている。ミストは、と目を向けると、食べ辛そうに顔を顰めていた。
ミストの体調は悪いままだ。橙色の炎に煽られていても、顔は青白い。今日も起きていた時間は僅かだった。
このままミストが回復してくれる、という願望には縋れそうにもなさそうだ。元々はただの高熱に過ぎなかった、と考えるとむしろ悪化していく一方な気がしてきた。
やはり街で薬を手に入れるしかない。取り返しのつかない事になる前に、病状を快方へと向かせないと。
明日、町を目指そう。
考えが纏まり、口を開く。
「明日から動き始めよう」
俺がそう言うと、緊張感が走った。しかし瞬間的なもので、直ぐに雰囲気は和らいだ。
「そふ。ひゃあ私、頑張んないといへないはら早ふ寝る」
アリスは魚を口に詰め込んで立ち上がり、歩いていく。
「私も寝るとするよ」
クレアも食べ終えると、側においていた木の棒を取り、片足で立ち上がる。そして、寝床の低木へと消えていった。
ミストと二人取り残される。俺は何をするでもなく、ただぼんやりと揺れる炎を見て欠伸をした。
「クリス君、なんとか食べ終えたし、私も寝るとするよ……運んでくれるかい?」
ミストは弱々しい声でそう言った。俺は無言で頷き、ミストを抱えあげる。その時ミストは苦しげな表情を浮かべ、眉を寄せた。体を動かすだけでも辛いのだろう。
「大丈夫?」
「まあ、大丈夫とは言い難いね……」
「ごめん。でももう少しだから」
「うん」
ミストは軽く頷いて目を閉じた。
俺はできるだけ動かさないように、ミストを低木の下まで運んだ。
林を抜け、野原へと出る。夜にしては暗くない、青い暗闇が野原を覆っている。不思議に思い、空を見上げると、満天の星が広がっていた。ダイヤが詰まった宝石箱をひっくり返し、バラバラに散りばめられたような星空だ。大小様々な星々が散々に煌き、紺色の空を薄め、水色に変えている。
美しい星空を見ながら物思いに耽る。
この逃亡生活も、もう直ぐ終わりを迎える。そして、答えを出す時が迫っている。
クレア、ミスト、アリス。全員の素敵な所は、この数週間でたくさん見つけられた。小さいものから大きいものまで、星々のように輝いて見える。だが俺は、未だに誰を選びたいのかわからない。星々を線で繋ぎ合わせても絵が見えない、そんな感覚。星座として実体を持たない。
「はあ……」
つい溜息が溢れた。自分のことながら、わからないなんて……いや、そうじゃない。引いた自分が、そんな事実を許さないから、気づかないフリをしてるだけだ。
俺は、誰も選べない、という事を自覚し、下唇を噛んだ。
皆んなを遭難させ、危うく全員を死なせかけた。事あるごとに自虐心が顔を出していた。そんな状態で、しがらみや恩を忘れているなんて、とてもじゃないが言うことはできない。
結局、引け目を感じて誰一人として選べなかった時と同じままだ。あの時、自尊心、憧憬といった単語が浮き上がったのは、尊敬する皆から想いを寄せられて、自己嫌悪からくる罪悪感を感じたから。新たな素敵な所を知った今、余計、尊敬する人達が自分なんかの事を、という気持ちが強まっている。
こんな想いを抱くのは誠実で真面目なんかじゃ、決してない。一人よがりで、誠実さとは遠くかけ離れている。全てを捨てて落とされに行くんじゃなかったのか。
ああ、また自己嫌悪。うじうじと意気地がなくて情けない。こう思う事がまた自虐心を加速させる。
更に、せめて答えを返さなければいけない、そんな責任感に追われている。だからこそ俺は、遭難した時、クレアに山で暮らそう、と提案されても、この場でなはないと前に進めた。満身創痍だというのに、当て所なく森を彷徨い歩き続けられた。アリスの『進まないと終わらない』という言葉に奮い立たされたのもそうだ。
本当に恥知らずな愚か者だ俺は。
自虐しようと、好転するわけがなく、むしろ悪化して行くだけ。だが、本心からの答えを探そうとすればするほど、自分の情けなさが、視野を曇らせる。ただただ負の連鎖に囚われる。
俺は途中で考えを巡らせる事をやめ、眠る事にした。
今はうじうじとしていても仕方ない。明日は早い。まずは、ミストを助ける為に体力を残しておかないと。
次回は6/9の22時に投稿予定です。





