釣り
空が黄色に帯びるまでアリスと戯れていたが、何もできていないことに気づき、慌てて食料集めに取り掛かった。
アリスには薪集めを頼み、俺は食べられる野草を探す。
タンポポや、アスパラのような山菜。林の中の日陰では、シダが生えており、センマイがある。他にも、食べられそうな山菜は多く見られた。
知っている限りの山菜でも、最低限の食事は確保できそうだ。
知識を育んでくれたユリスに感謝する。ただ、もう二度とごめんだけど。
俺は、可食かどうか調べる訓練、と称した虐待を思い出した。
内容は、まず、匂いや触れて反応がないか調べさせられる。何もなければ口に含まされ、最終的にはユリスに少しずつ食べさせられる、というものだ。
その後、時間をおいて何もなかったら大丈夫、という事なのだが、どの段階でも大丈夫じゃなかった事の方が多く、辛い想い出ばかりが蘇ってくる。
俺はじわりと滲み出てきた涙を手でぬぐい、無理矢理に楽しいことを思い浮かべながら採集を再開した。
数時間後、山菜を必要量採集できると、アリスに灰汁抜きを頼み、釣竿の制作に取り掛かった。
釣竿といってもお粗末なものだ。ただ木の棒に細い蔦を括り付け、括ってない方には木を削った針を結ぶ。最後に、針を結び終えて尚余った蔦を、重りがわりの小石に巻きつけて完成である。
こんなもので魚を釣れるとは到底思えないが、川に入るのはもう勘弁だったので、何もしないよりは、と妥協したのだった。
俺は自前の釣竿を肩で支え、川へと向かう。
葦のような茂みを抜けて、低い雑草が生えた川岸に座る。地面は少し湿っているが、染みてくるほどの水気はなさそうだ。すぐそばの石を引っぺがし、ミミズを見つける。捕まえて針につけ、川へとキャストした。針が水面に着地した後、重りがわりの小石が水面を弾く。夕焼けを映して赤くなった水面は波打ち、沈んでいく針はすぐに見えなくなった。
「どうだ、クリス釣れたか?」
声の方に目を向けると、木の棒を杖代わりに立っているクレアがいた。
起きたんだ。釣りをしてる様子を見に来たのならば、アリスから話を聞いてきたのだろう。
「今投げたとこだけど、あんまり期待できないかな」
そう言うと、クレアは笑い、隣に腰をおろしてきた。
「動いて大丈夫?」
「ああ。杖があれば、一人でも大丈夫だ」
「無理しない方がいいよ」
川辺に冷たい風が吹いた。緩やかな流れに沿ってこぽこぽと鳴る水の音に加え、背の高い草が揺らぐ騒めきが増える。耳を澄ませると、上流の轟々とした水音も僅かに聞こえた。
何処となく怪しげな夕方に、どちらからでもなく、自然に肩を寄せ合う。すると、身に感じていた寒さに似たものは消えゆき、ほっこりと身体の芯が暖かくなっていく感覚を覚えた。
そのまま何をするでもなく、赤々と染まり、時に飛沫をあげて輝く水面を眺め、ゆったりとした時間を過ごす。
「あ、そうだ。クレアありがとう」
俺がそう言うと、クレアは惚けて見せた。
「何のことだ?」
「火の番をしてくれたよね?」
クレアは照れたように笑った。夕陽に照らされて、顔はより赤く見える。
「まあな。私はクリス程疲れていなかったから、それくらいはやるよ」
「それでも感謝してるよ。クレアのお陰で、凍えずに済んだ。本当にありがとう」
俺は感謝を伝えたくて、クレアの目を見てそう言った。すると、クレアは目を><に変え、隠すように手を顔の前で広げ、少しだけ仰け反った。
「や、やめてくるえ。そんな真っ直ぐに感謝されると恥ずかしぃ」
「ええ……」
そんな反応されても、感謝してるのは本心だし、間違ったことをしたつもりはないんだけど。まあでも、十分に誠意は伝わったようなので、これ以上何かするのも野暮だ。それに、浮き足立った状態で、ふとした拍子で川に落ちてしまえば危ない。
俺は宥めようと口を開く。
「落ち着いてクレア」
「お、落ち着いているぞ! 恥ずかしいだけで、動揺なんてするものか!」
「勇ましいのは良いんだけど、恥ずかしい、はもう動揺しちゃってるから」
「なら、恥ずかしくない!」
そうキッパリとクレアは言い放ったが、未だ顔を手で覆っている。
……自分を偽るのにも無理があるのでは。そう思いつつも、なんとか落ち着かせよう、と俺は続ける。
「じゃあ、深呼吸しよう。ほら、吸ってー、吐いてー」
俺の言葉に合わせて、クレアは深呼吸をした。手の甲に息が当たるせいで、空歩きのお父さんが出すような音が鳴り、なんとも微妙な心境に至る。
少しして落ち着いたのか、クレアはゆっくりと手を下げた。そして、俺の方を横目でちらりと見ると、再びサッと手を顔の前に持ってくる。
どうしたら良いんだ。呆れにも似た感情が湧き始めたが、クレアにらしさを感じて、嬉しくもなる。
このままでも良いか。
落ち着きはないが、なんとなく大丈夫な気がして、放置する事に決める。いつも時間が解決してくれていた。
少ししてクレアの様子が元に戻り、再びぼんやりと水面を眺める。静寂で安らぐ時間を再び過ごす。
気づけば辺りは暗くなり始め、空を仰ぐと、冥色が赤い空を追い出そうとしていた。白い光を放つ一番星が輝き、薄い月が上っている。水流の緩やかな音は、静けさと穏やかさに拍車をかけたように感じた。
日が落ちて、更に冷たくなった風は、草木の弦を引き幽幽たる音楽を奏でる。クレアの髪も柔らかに撫で、ふわりと揺れる艶やかな黒髪をクレアは手で抑えた。
なんでもない仕草なのに、定められたひと時を描いた絵画のように美しい。つい息を呑んでしまった。一瞬肝が冷えたが、丁度髪に隠れてこちらが見えてなかったようだ。ほっと息を吐く。
「クリス、寒くなってきたな」
俺の息を寒さからくる吐息と勘違いしたのか、クレアはそう言った。
「たしかに、寒くなってきたなあ。戻る?」
そう問うと、クレアは逆に尋ねてきた。
「クリスはどうするんだ?」
「俺はもう少しだけ粘ってみるよ。釣れたら大きいし」
クレアは「そうか」と言った後、釣竿を握る手を包み込むように添えてきた。驚いてクレアを見ると、恥ずかしそうに顔を赤く染めて俯いていた。
「だったら、私もいるよ。ほら、こうしてたら冷えないだろ?」
クレアの手から熱は伝わってこない。それどころか、冷たいと感じた。けれど、ひんやりとした手から、緊張していることや心臓が早鐘を打っていることは理解できる。
甘い感覚が訪れて胸が高鳴る。そして遅れて、意思を再確認できる。
俺は、本当にクレアから、こんな素敵な人達から想いを寄せられている。絶対に答えを告げないと。





