抱き心地
「それじゃあクリス、今から私たちを抱いてくれ」
明け透けに言ったクレアの言葉に口がポカンと開く。
少しして我に返り、恐る恐るクレアに尋ねる。
「抱いてくれって、その抱きしめるって意味でそれ以上の意味はないよね?」
「何を言っているんだクリス。流石の私でもそこまで節操なく発情していない」
「だ、だよね。ごめん」
クレアに冷静に言われて自らを恥じる。
ベッタベタな勘違いをしたばかりか、こんな状況でもクレアなら本心で言いかねないと考えてしまった。俺はなんだ、クレアを非常識な人間とでも見ているというのか。好意を貰って驕り高ぶるのもいい加減にしろ。
ああ情けない、と自己嫌悪に陥っていると、クレアがもじもじと話し始める。
「だ、だがまあ。したいと言うなら、いや私も拒むが、けど。寒くて汗もそこまでで汚くないし、時間が経てばより困難に。いや、誘惑に抵抗できないというべきか……そう! 拒めないから仕方ない! さあ!」
そう言ってクレアは両手を開いた。
何が言いたいのかわかるような、わからないような、わかりたくないような。そんな様子のクレアに複雑な感情を抱いてしまう。
しかし、クレアに『らしさ』を感じて、自己嫌悪の気持ちは少し薄れた。そして、変わらない自分にもらしさを覚え、笑みがこぼれた。
「な、なにか可笑しいだろうか?」
俺の笑みに気づいたクレアは戸惑った。
「いや、別に可笑しいとかじゃないんだ」
「だ、だったら?」
問うてきたクレアから目を背け、人差し指で頬を掻いた。
学園では危機を救われ、今も尚窮地にある。状況も環境も何一つ異なるというのに、クレアと俺とのやり取りはあまり変わらない。それが少し可笑しくて笑みが溢れた。同時に、尊く思えて、やけに恥ずかしくなってしまったのだ。
「なぜ目をそらすんだ!?」
俺の真意は理解できるはずもなく、クレアが慌てたので、俺も焦って両手を開く。
「そんな事ないから! さあ!」
「バ、バカ! 私が行けば言いわけがなりたたないじゃないか!」
「違うから! そんな意図はないから!」
「そ、そんな意図ってなんだ! わ、私は何もないぞ!」
二人揃って手を開き、取り組み前の力士みたいになっている事に少し悲しくなる。
「じゃあ、一番乗り!」
その時、アリスが不意に俺の前へと出てきて組み付いてきた。
「うわっ!?」
突然の事に驚き、そのまま後ろに倒された。背中に鈍痛が走り、目を瞑る。
「ク、クリス大丈夫?」
「平気……って、あっ」
痛みに閉じていた瞼を開けると、見下ろしているアリスの顔があった。
美しい金髪が垂れ下がり、水色の瞳で俺の顔をまじまじと覗き込んでくる。
心臓が大きく跳ね上がり、心拍が急速に上がっていく。
不意に潤んだ唇が目に入り、さらに早鐘に打たれ、視線を横にやった。すると、地面に突き立っているアリスの腕が見え、何故か逃げられないと感じ、胸が破裂しそうな程鼓動が大きくなる。
「どうしたの? クリス?」
「べ、別に!」
「そう、大丈夫そうなら良かった!」
そう言って、アリスはにっと笑った。その姿にホッと息をつく。だが、それも束の間。
「じゃあ、一番乗り!」
アリスは、俺の頭に手を当ててうかし、腕を回してくる。そして、顔を肩の辺りに埋めてきた。
髪から漂う良い香りが鼻腔をくすぐってくる。体重や体温が体に預けられ、心地良い充実感を覚える。自分の心拍音が聞こえないか、顔が熱くなる……っていうか、男女逆じゃないか普通!!
絶対に逆の筈だ! とアリスの腕の中で強く思う。しかし、感覚や感情は事実である。どうすることもできない。どころか、こちらからもアリスの背中に手を回さないと抱く事にならないと言うことが頭によぎる。
勝手に腕が伸びていくが、これ以上心拍が上がれば、どうなるか考えるだけで、恥ずかしくて手が震えた。
羞恥と使命感に揺さぶられ、腕を引っ込めたり伸ばしたりしていると、アリスが耳元で囁いてきた。
「ねえクリス? 私さ、ドキドキしすぎて胸が痛い」
聞いた瞬間、箍が外れた。
ギュッとアリスを抱きしめる。折れそうな華奢な体、温もり、甘い香りが伝わってきて、胸いっぱいに暖かい感覚が広がり、目頭が熱くなってきた。
腕に込めていた力が抜け、優しく背中に添えるだけに変わる。ただ身を寄せ合っていると、クレアの顔が見え、ふっとアリスが離れた。
「じ、時間切れだ!!」
見ると、首根っこを掴まれ、UFOキャッチャーのようにアリスが釣り上げられていた。アリスはそのまま顔だけをクレアに向け、キャンキャンと吠える。
「何すんのよ!? そんな事言ってなかったじゃない!!」
「う、うるさい! 貴様がルールの説明もなしに抜け駆けするからだ!」
「時間制限のルールがあったとしても、どうやって測んのよ!」
「私が数えてたからいいんだ! 10分数えた!」
「精々2、3分くらいだったわよ! 絶対10分たってないじゃない!」
俺は、やっとの事で心拍が落ち着きを取り始め、後ろに手をついて背中を起こし、足を伸ばした。そして、胸をなでおろしながら、口論を聞いていると、不意にクレアの顔がこちらを向いた。
「きゃあ」
クレアはアリスをポンと捨てて歩み寄ってくる。そして、俺の伸ばしている片足を挟むようにして腰を落とした。
「じゃ、じゃあ、クリス。次は私の番だ」
そう言って、照れ照れと頬を赤らめながらも、じりじりとにじり寄ってくる。自然と後ろに後ずさるも、ついに足を股に入れられる。
怖くなり、顔を伏せるも、顎に指を添えられてくいとあげられた。目の前にはクレアの綺麗な顔があって、その顔は何か決意したような真剣な表情だった。燃えるように顔が熱くなるが、逸らす事を許されないって……だから男女逆じゃないか!?
戸惑う暇も与えられず、腕を背中に回され、体が触れ合い、柔らかい感触を覚えると、押し倒される。
「1,2,3,4,5,6,78910.600! はい、10分!! くらえ!!」
アリスのそんな声が聞こえると、クレアが突き飛ばされた。
「馬鹿か! そんな早く時が経つわけないだろ!」
「経ちましたぁ〜! 私の中ではむしろ30分くらいは経ってますぅ〜!」
クレアとアリスが再び口論を始めたので、俺はそそくさと立ち上がり辺りを見回す。すると、炎の側で体を丸くして眠っているミストが目に入り、避難する。
すると、俺の足音に気づいたのかミストは目を擦った。
「もう……私の番かい?」
ちらりと喧嘩している二人に目を向け、なんて答えようか迷った。すると、突然ミストが抱きついてきた。しかし、ミストはすぐに離れ、悪戯っぽい笑みを向けくる。
「はい、終わり。私はクリス君とは結婚した後、長く抱き合ってたいから」
「……」
「あれ、どうしたのクリス君……あ〜、バレた?」
ミストは突然罰の悪そうな顔に変わった。
触れ合った時、火の近くにいたせいとは感じなかった。今までのクレアの言動、ミストの行動、全てが繋がる。
「……ミスト。体温が高すぎる」





