2回目
傾斜を滑るように下り、クレアに追いつく。
「なんだクリス。来たのか?」
俺の方を向いたクレアは、もう既に枝を何本か小脇に抱えていた。
「いや、流石にクレア一人に薪を集めさせられないから」
「別に休んでいても良いんだぞ。私なら大丈夫だ」
「それを言ったらこっちこそ。俺はクレアに休んでいて欲しいよ」
クレアは首を捻る。少しして、何かを理解したのかポンと手を叩いた。
「ああ、私が休憩を切り出したからか。それは……いや、気にしないでくれ。そろそろ休憩の時間だと思っただけだ」
本当にそうならいいのだけど、さっきからどこかちぐはぐだ。到底ただ休憩の時間だから口にしたとは思えない。何か抱え込んでいやしないかと心配になる。
「何か他に理由はない?」
目を見て問うと、クレアは視線を泳がせた。しかしすぐに「はあ」とため息を吐いて苦々しく笑った。
「ある。でも、私は言えない。勘弁してくれ」
そう言って、俺から視線を逸らし、薪集めに戻ろうとした。
やはり、別に理由はあるようだ。心配の気持ちが大きくなる。けれど、これはもう何も答えてくれなさそうだ。なら、俺のやることは追求して困らせる事ではない。
クレアが脇に抱えていた薪をひょいと奪い取る。
「あっ」
クレアは振り返って俺を見た。驚愕の表情だ。
「俺が集めて持っていくよ。遅くなったけど、別に休憩を切り出したからってわけじゃなくて、純粋に女の子に一人薪集めさせるわけにはいかないってだけだからさ」
女の子扱いされた事が嬉しかったのか、クレアの口元がにへらと蕩けた。
「だからさ。みんなと一緒にいてよ。ほら、その、あれだし。クレアも俺を落とす為の策を考えて欲しいし」
恥ずかしくて目を逸らし、前半はもごつき、後半は早口で言った。
どんな反応をしているか恐る恐る視線を戻すと、クレアはコクコクと頷いていた。
「ああ! それはさっき考えていた事があるんだ!」
クレアはそう言って、崖を登るヤギみたいにするすると傾斜を登っていった。
狙ったわけではないけど、元気になってくれて良かった。
さっきからクレアは落ち込んでいたり、どこか暗い様子だったので少し安心する。
さあ、薪を早く集めて戻ろう。
それから、俺は目を凝らし、地面に落ちている枝を集めた。
***
薪になる枝を拾い集め、傾斜を登った。
みんなは崖沿いに背をもたれて座っていた。俺の姿に気づいたのかアリスが立ち上がり、大きく手をふる。
「おかえり、クリス!」
俺は「ただいま」と言って、みんなの前まで歩み、抱えていた枝を足下においた。
「じゃあ、火をつけようか」
木の枝を組み、固めて置かれていた荷物の中から火打石を取り出した。カチリカチリと擦り合わせ、何回も火花を飛ばす。朝露に湿気っていないか心配だったが、以外にもすんなりと火がついた。オレンジ色が這っているみたいに火が燃え移ったので、更に枝を加える。やがて火は膝の位置くらいまで大きくなり、熱がじりじりと伝わってきた。
「こんなもんでいいか」
薄暗い夜明け前、赤色の炎が美しい。皆んなも火を見つめ、顔を橙色に照らされている。
「ああ〜寒い」
ミストがよいしょと体を動かし、火に近づく。
未だ冬が終わらない季節、山の高所、服装は制服の上に旅装束のローブだけ。口にしないだけで寒くないはずがなかった。
俺も火のそばに腰を下ろし、手を伸ばす。
「はあ、あったかい」
じんわりと伝わってくる暖かさにホッと息をつく。気が抜けると、麻痺していた感覚が蘇る。空腹だ。水分補給などは怠っていないが、食事だけはまだ済ませていなかった。
荷物へと手を伸ばし、小袋を取り出す。中を開けると、干し肉とチーズ、多量のビスケットが入っている。あとは瓶に詰めたマヨネーズを保存食に選んだ。干し肉とチーズからはタンパク質、ビスケットとマヨネーズからカロリーを得ようと考えたのである。
保存食には、魚の酢漬けやジャムなども考えられた。だが、瓶の数がなかったので諦めた。まあ正直な話、寒い季節というのもあって、酢漬けは少し異なるが、水分活性が低いものならなんでもよかった。
「今から食事にしようか」
そう言うと、ミストとアリスが苦々しい顔に変わる。どちらも疲労しており、食欲がないのだろう。
今後のことを思うと食べてもらわないと心配だ。かと言って、無理に食べさせるというのもダメな気がする。
考えて直ぐにクレアから声が上がる。
「なあ、クリス。食事の前に2回目をやりたいんだが」
「う、うん。別に俺はどちらが先でもいいよ」
少し言葉をどもらせてしまう。これから俺を落とすために行動してくれる、というのは決まっていたし、当然理解もしていた。けれど、どうしても照れ臭くなる気持ちを抑えきれない。
三人の顔を伺うと、食事を提案したときとは反対に綻んでおり、爛々とした光を瞳に取り戻している。その事が、身体の内側を擽られたようなこそばゆさを伝えてきて、余計に顔が熱くなる。
「じゃあ、2回目はなんにする?」
羞恥に悶える俺から視線を外し、アリスは2人に問いを投げかけた。すると、クレアが意気揚々と口を開く。
「それについては考えがあるんだ。私の案を飲んでもらっていいか?」
「順番に決めていくって話だったし、クレアが決めた事でいいよ」
内容も聞かずにアリスが頷くと、ミストに顔を向ける。
「そうだね。まあ、順番だけど、いいのかい? 最後の方が印象に残るっていう事がわからないわけじゃないだろ?」
ミストは意外そうにクレアに丸い目を向けて言った。
ミストの言わんとしている事はわかる。最初の取り決めとして、平等に機会を得る事が条件だった。最初は話しあって決めたが、これから順番になり、機会も平等にするというなら、クレアは1番手から変わらない。つまり、心理学的に大きな印象を与えられる最後の落とし方をクレアは決められないことになるのだ。
しかし、クレアは何の躊躇いもなしに頷き、真面目な顔をミストに向けた。
「ああ。けれど、早くしないと意味がないからな」
その言葉にミストは眉に皺を寄せた。クレアはそんなミストを気にもせず、俺へと視線を移してくる。顔は真剣なままで、何かを訴えかけるような強い瞳をしていた。
「クリス、今からすることはとても大切だ。真面目にしてほしい」
重い口調に誰もが黙り込む。夜明け前の静かな時間が流れ、飲み込んだ唾だけがゴクリとなる。
「クリスには全身の感覚を研ぎ澄まして感じてほしい。そして、異なるところを見つけだしてほしい」
クレアは鋭い眼差しを突きつけてきた。
気力、迫力、真摯さ。どれかもわからないくらいの強い圧を受けて、勝手に気が引き締まる。そして、俺はただ静かに頷いた。
すると、クレア顔に明るさを取り戻し、
「それじゃあクリス、今から私たちを抱いてくれ」
と言った。





