その頃
王都にある豪邸の一室。きらびやかな調度品が飾られ、金属製の燭台に炎が灯されている。しかし、窓の外と同じく、室内は暗い雰囲気で満たされていた。
「王女はまだ見つからないのか!?」
白髪が入り混じったグレーの髪の男の怒声が室内に響き渡る。今日何度目かもわからない怒声に炎が揺れる。
「公爵様落ち着いてください。相手方は徒歩です。まだそう遠くまで逃げられていないでしょう」
「だからこそ見つからない筈がないだろうが!!」
オラール公爵は怒りに顔を真っ赤に染め、中央におかれた大机の周りを、行ったりきたりとせわしなく歩いていた。公爵の手は爪が食い込んでいるほど強く握り締められ、ぶるぶると震えている。その震えは、怒りだけでなく、恐怖も含まれているように思えた。
「今はまだみつからないだけです」
「何を冷静にいる! 元はと言えば、護衛の貴様が王女を取り逃がした所為だぞ!」
公爵はそう言って、机の上にあった燭台を俺めがけて投げてきた。それは回転しながら炎の輪を作って飛んできたが、俺は燭台の炎に触らぬように容易く根元を掴む。
どうやら、公爵は焦りに我を忘れているようだ。けれどそれは無理もない話。今現在この男は、どうしようもない窮地に立たされているのだから。
俺が毒を盛り、王と宰相を殺しておいたので、王家は混乱に陥っていた。そこまでは公爵の計画通り。だが、それ以降は最悪の事態となった。
俺が王女達を逃したせいで、まず計画は破綻した。さらに、公爵家長男のサロンが血塗れになった状態で発見されたのである。
当然、学院内も混乱し、卒業式は中止となった。そして、王女とアルカーラ家の令嬢、ピアゾン家の令嬢、ドレスコード子爵が姿を消したことも明るみになった。
そこで公爵は、最悪な一手を打った。侯爵家、伯爵家、子爵家が結託し、敵である長男を暗殺、王女を誘拐したのだと主張したのである。
侯爵家、伯爵家とは敵になる可能性がある。その上、長男の死、4人が消えた理由も納得がいく。だから、筋は通らなくもない。
だが、公爵は王と宰相の死を知らない筈だ。だというのに、王と宰相が健在ならば大きな意味をもたない誘拐だと決めつけてしまえば、自分から、王と宰相が死んでいる事を知っていると言うようなもの。王家内の人間には、暗殺したものの正体は公爵だと気付いているだろう。
そうなってしまった今、宰相派閥も王族派閥も纏め上げることができない。どころか、叛意を抱かれている。
だが、まだ切り返せる方法が一つだけある。王女を取り返し、他を殺してしまえばいいのだ。
王女をオラール家が取り戻した、と王族派閥を黙らせつつ、筆頭貴族家のアルカーラ家の権威を堕とせる。宰相派閥は、筆頭であったオラール家の力で王家内の人間を弾圧し、自分と王女を頭にさせる。それを留学中の他の王族男児が帰ってくる前までに行い、王家内を固めてしまえば勝利が確約される。
だからこそ、王女を見つけなければいけない。しかし、見つからないという状況に痺れを切らしているのだ。
「くそ、お前が帰ってきたということは、なんらかの手掛かりは得たのだろうな?」
公爵は燭台を投げて、少し冷静さを取り戻したのか尋ねてきた。
「はい。乗り捨てられた馬車を見つけました」
「どこだ!?」
「オラール領方面の森です。北方から回り込んでアルカーラ家ではなく、オラール領を突っ切って最短で目指すようですね」
俺がそう言うと、公爵はくつくつと笑い始めた。
「クックック、まだツキが回っていないようだ。急ぎ、領内に警戒態勢をしく」
公爵は顔に愉悦を浮かべているが、俺はなにも油断していなかった。オラール領へと逃げることは想定の範囲である。
長男が殺されている以上、なぜかはわからないが長男を拷問するに至り、王女の件を聞きだしただろう。だから普通ならば、大敵であるオラール家方面には逃げないと考える。公爵はそういった意図でツキが回ったと言ったのだ。
だが、俺はそう思わなかった。奴らもなんらかの形で追跡されるとは理解しているに決まっている。そして、北方にはオラール家の息がかかっている貴族も存在する。もし、王族側の貴族の領を通る許可を貰おうとしても、十分な信頼を得られるかは疑問だ。そもそも、王族側の貴族の元は、一番考えられるので、オラール家はより警戒することだろう。
だから俺は、来る筈がない、と裏をかけ、最短で帰れるオラール領方面のみを捜索した。それは事実当たりだった。
この俺の裏をかくなんて100年早いんだよ。
俺も笑みが溢れそうになるが、逃がしたことを思い出し、怒りが湧き上がって来る。
王と宰相にすら信頼を得られていたこの俺が、もっとも長く接していた王女からの信用を得ることができなかった。あの女は馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、敵対勢力の男の元へ走るとまでは思わなかった。そのせいで、王女の後を追うのに遅れてしまった。
思い出しても腹がたつ。全てを欺いてきたこの俺が、あの王女に逆に欺かれ、みすみす逃してしまった。その事が思い返され、勝手に歯がぎしりとなる。
トーポ帝国の諜報の一族に生まれおち、生まれて間もない頃から地獄のような訓練を受けてきた。さらに、才能にも恵まれ、5歳の頃には既に一族の中でも最高の実力者になっていた。
これまた五歳には、既に密命を受け、宰相家に潜伏し、それから王女の護衛に着くほどの信頼を得られていた。だから、簡単に王も宰相も欺き、暗殺することができたのである。
この俺の価値は、欺き、騙しにあると、信じて疑わなかった。だからこそ、欺かれた屈辱に耐え切れそうもない。
あの小僧も途中までは、完全に自分を犠牲にして王女を逃すつもりだと思い込んでいた。だが、欺かれ、逃がしてしまった。
糞! 絶対に許せるものかっ!
怒りが抑え切れそうもなく、それから公爵となんことか交わしたのち、俺はすぐに捜索へ出た。





