アルフレッドとの対話
活動報告あります
「俺をオラール家の派閥に入れてください」
俺は、ソファーに背を預け、斜めに反っているアルフレッドにそう告げた。
アルフレッドは返事するでもなく、顎を前に突き出し、高慢に俺を見上げて来る。藍色の瞳は鋭く、貫くような光を放っていた。
数秒すると、アルフレッドは眉間に皺を寄せ、舌打ちをした。そして、ソファーからゆったり立ち上がると、俺に背を向ける。そのまま、窓際まで行って、空を見上げた。
俺は、どうしていいか分からず、アルフレッドの背中越しに窓の外を見る。外は、僅かに残った茜色を紺色の空が押しつぶそうとしていた。登りゆく、薄い黄色の月と、十字に白光を放つ一番星が対比して輝いている。
空に魅せられていると、不意にアルフレッドの静かな声が聞こえた。
「貴族としての義務とは何かわかるか?」
突然のアルフレッドの問いに戸惑う。
なぜ、いきなりアルフレッドはそんな事を聞いてきたんだ? というか、なんとなく聞きづらいが、俺が傘下にしてほしいという頼みに答えてくれないの?
アルフレッドの表情から読み取ろうとしても、俺からは後頭部の髪しか見えない。
俺がアルフレッドの意図を探ろうとしていると、急かされる。
「早く言え」
いや、先に質問したのは俺の方だから、先に答えてほしいんだけれど。
けれど、ここでそんな事を言えるわけがない、と仕方なく、適当に答える。
「領民を守る事でしょうか?」
「当然だ。どこかの領主は危険に合わせようとしていたがな」
皮肉が即答される。
危険に合わせてしまった原因はお前だろ。そう、皮肉で返したかったが、堪えた。
アルフレッドは、黙った俺に、ふん、と鼻を鳴らし「それだけでは足りない」と続ける。
「貴族というのは、神から選ばれた種族と考えられているが、実はそうではない」
アルフレッドの言葉に、今までのもやもやとした感情が、驚愕に塗り替えられる。
この世界の貴族は、基本的に今アルフレッドが言ったような思想に囚われている。だから、領民から税を搾り取ることも普通だと思っているし、不敬罪も存在する。貴族から見たら、領民は家畜に等しいという思想があるといっても過言ではないだろう。
大貴族のアルフレッドなら、尚更そんな思考だと思っていたので、心底意外だった。
アルフレッドは戸惑う俺を無視して言葉を紡ぐ。
「貴族も民も同じ人間に過ぎない。ただ、貴族というのは民を守るという役職を与えられているだけだ」
アルフレッドの声は、いつもと少し違った。緩やかで、どこか重さを感じる。
「だからこそ貴族は民を守る存在として、誇りを持たなければならない。お前には貴族としての誇りがわかるか?」
またもや、問いかけられる。
貴族としての誇りなんて、持った事もないし。持とうと思った事すらない。
当然、答えられるわけもなく、黙り込んでいると、ため息が返ってきた。
「はあ。だから、俺は貴様が嫌いだ。いいか、教えてやるからよく聞いておけよ」
アルフレッドはそう言って振り返り、俺の顔を鋭い眼差しで射抜く。
「民は、従いたくて同じ人間に従うわけじゃない。貴族に力があるから従うのだ。だから、貴族は民に弱いところを見せてはいけない。自分はこんな弱い人間に従っているのか、と落胆させない為にな」
アルフレッドの言葉はまたもや意外なものだ。
確かにそうではある。強い人間に従うならばまだしも、弱い人間に従いたいとは思わないだろう。だが、そんな考えに至るのは少し貴族としておかしい。
どこがおかしいかというと、落胆させない為に弱みを見せない、という点だ。
普通なら、領民に舐められて反旗を翻される事を恐れて弱みを見せない、と思うだろう。もしくは、貴族なら、従って当然と考えるはずだ。
大貴族の長男としての教育を受けてきたら、そんな考えには至らない。
これは、アルフレッドの本心なのか、それとも俺に何かを試してきているのか?
思考をいくら巡らせても答えは出ない。だが、アルフレッドの真剣な瞳を見る限り、本心で言っているように思える。
「だから、貴族は、俺たちの上の人間はこれほどにも凄い。そう思わせる為に、富貴な姿や英雄的な姿を見せなければいけない。貴族の誇りとは、民衆の理想であり続ける事……だというのにだ!」
アルフレッドの口調が突然荒くなり、目に怒りの炎が灯る。
「許せないのは、自らの欲に駆られ、民を傷つけるカス! 民たちの信頼を失墜させるが如く、汚い行動をとる屑がいる事だ!」
そう吐き捨て、アルフレッドは、ソファーを思いっきり蹴りつけた。
「確かに、富貴を見せつける為に贅沢は必要だ! 民を守る為には地位、権力が必要だ! 理想であり続ける為にこれらの事は必須だ!」
だが、とアルフレッドは俯いて叫んだ。
「欲望の為に、民を巻き込んでしまっては本末転倒だろうが!」
アルフレッドの声が、薄暗い部屋に染み込み、静寂に包まれた。
部屋内に置いてある、趣味が悪いと思っていた煌びやかな家具。今は、必死に薄い光を放つ、泥臭いモノに見える。
触れれば壊れそうな脆さまで感じる。
アルフレッドに目を向けると、ただ怒りに顔を歪めて、目を閉じている。しばらくすると、落ち着いて口を開く。
「絶対にそんな奴らを許さない。誰であってもだ」
そして、俺に鋭い光を放つ、力強い瞳を合わせてくる。
「お前が傘下に加わるならば、志を共にしてもらう。オラール家ではなく、俺に従え」
「はい」
自然に肯定していた。
ユスク、キユウがアルフレッドを慕う理由がわかった気がする。
アルフレッドが、大貴族的な教育を受けて来たことは間違いないだろう。しかし、ただ教えられるがままに、周囲に染まらず、自分の意志、考えを持っている。未だ18の青年が、常識だからよしとせず、流れに抗っているのだ。それも、貴族としての高潔な誇りを持って。
人はこんな人間を英雄と呼ぶのかもしれない、と思い至ったら笑いがこみ上げて来た。
アルフレッドに持っていた印象が、数分で変えられるなんて、とんでもないカリスマだ。それに、魅せられるなんて、俺らしくないなぁ。
「何をニヤニヤしている?」
「いえ、傘下に入れたことが嬉しくて」
俺がそう言うと、アルフレッドが不機嫌そうな声を出す。
「ふんっ。そういうところが嫌いなのだ。だが、その武器があるから……」
アルフレッドの言葉は、尻すぼみになり、聞こえなくなった。
「何ですか?」
「なんでもない。それよりもだ。俺は貴様をまだ認めていない。俺の出す課題をクリアすれば、認めてやる」
ええええ。絶対認めてくれる流れだったじゃん。それに、課題ってまた面倒な事を……。
仕方ないので、内容を尋ねる。
「課題とは?」
「二週間後、卒業式の早朝4時、三人が10日ほど生き残れるだけの食料と水を用意して、この部屋にこい」
「えっ!? それだけですか?」
一体、どんな無茶ぶりがくるかと思われたが、簡単なことに目を丸くした。
「ああ、それだけだ。三人が持ち運べるようにしとけ」
アルフレッドは頷いて、そう言った。





