父上
書籍の発売日4月の10日に合わせて、二週間毎日投稿を始めます!
俺は、大衆向けの居酒屋にいた。居酒屋は、奥に小さな酒樽が並んだカウンター、木製の丸テーブルが配置されている。今は、昼間で客が他におらず、エプロン姿の従業員が、狭い店内の掃き掃除をしていた。端っこの席に腰掛けているが、中央で掃いているせいで立ち上る埃が、煩わしい。
「う〜ん、どれにしようか……」
目の前で、メニューを真剣に眺める男は俺の父である。目元にはシワが刻まれ、茶髪の根元は白くなっている。整えられたヒゲすら、所々白髪が混ざっており、我が父の年齢もそこそこだと再確認した。
優柔不断な自分を見ているようで、じれったくなり、声をかける。
「まぁ、どれでもいいよ。今日は、サザビー商会に寄って来た時に、父上と良いもの食えって渡されたお金はあるし」
「いやぁ、俺も金はあるから、どれでも食べられるんだけど、何にしようかと……」
今日、俺はアルフレッドから課せられた課題を解決しにサザビー商会に寄って来た。そして、以前、父に手紙を出して、ここで落ち合うことになっていた。
「でさ……今日の本題だけど」
「少し待て。飯を食いながら話そう」
「なんでもいいよ……」
うだうだと悩み続ける父に溜息を吐いた。
結局、父がメニューを選ぶのに、それから5分かかった。しかも選んだのは、一番安いエールと焼いた肉のセットである。
「お金あるんだから、もう少し良いのを頼んでも良いんじゃない?」
「そう言うクリスだって、同じメニューを頼んだじゃないか」
そう言われては黙るしかない。結局俺も父と同じメニューを頼んだのであった。
勿論、選んだ基準は一番安いから。結局、父子そろって貧乏性が治っていないことに悲しくなる。
悲嘆して、互いに黙っていると、小皿に乗せられた僅かな豚肉と、小さな木のジョッキが運ばれて来る。店員は、トン、と机の上に置くと、何も言わずに去って行ってしまった。
父は、立ち上がらずに、振り向いて店員の行く先を見つめる。余りの接客の悪さに驚いたからだろう。
こんな態度を取られるなんて、俺たち父子は、舐められるオーラでも出しているんだろうか。
父も同じ事を思ったのか微妙な顔を俺に向ける。しかし、気を取り直したように、無理な作り笑いを浮かべた。
「じ、じゃあ、ほら、クリスと飲む酒も初めてなんだし、景気良く行こうや!」
「そ、そうだね」
俺も父に合わせ明るく振る舞った。そして、父の声に合わせて、ジョッキを合わせる。
確かに親子の初めて一緒に飲む酒だ。特別で、しみったれた雰囲気は似合わない。
そんな思いからか、俺は勢いよく、ジョッキに口をつけた。
喉にエールが流れ込む。しかし、どこかエグ味の残った苦味と、妙な粘りがあって不快感に苛まれる。アルコールもほぼ感じられず、ただ苦味と甘味の混ざった不思議な後味だけが残った。
……まずい。
父がどう思っているのか気になり、顔を向ける。すると、父も俺の感想が気になったのか俺に顔を向けており、目が合った。父の眉は垂れ下がり、口はへの字に変わっている。
「「……」」
この状況が不味いのか、酒が不味いのか。いや、確実に両方のせいで、互いに無言にならざるを得なかった。
しかし、いつまでも悲嘆に暮れていても仕方がないので、口を開く。
「ほ、本題なんだけど」
「あ、ああそうだったな」
父子の初酒飲みとは、こんなに淡白で良いのか、と思ったが、話題に出す事が憚れて、本題を告げる。
「手紙でも話した通りに、俺はオラール家につく事にしたよ」
「ああ。手紙で知っている」
「それでさ、流石にどの派閥につくか決まったら、他の貴族は、本格的に当主を据え変えようとしてくると思うんだよ」
「それで呼び出したってわけか」
父が主旨を理解してくれたようで助かる。
今までは、俺がどこにつくか決めていなかったからか、父たちの接触は大きくなかった。だが、流石に決めてしまえば、当主の意向を変えることは難しい、と他の貴族も思うだろう。そのため、父に兄たちを連れて実家に帰ってくるよう頼みに来たのであった。
「じゃあ、事情がわかってるってことは、帰って来てくれるんだね?」
「ああ。息子達も今の雇い主のもとで功績を立てたし、迷惑をかけるわけには行かないだろうしな」
それは、良い報告だ。
正直、兄達は義理堅いから、帰って来てくれないかと思ったけれど、そういう事情があれば大丈夫だろう。普通に、兄達が靡かないと雇用者を脅すっていうのも考えられるからな。
「それで、いつ帰ってくるの?」
俺がそうたずねると、父は首を捻った。
「そうだな……。一年くらいじゃないか」
「遅い! 流石に遅い! 意味ないじゃん!」
父の余りもな悠長さに、身を乗り出して叫んだ。
そんな俺を父は「まあ、話を聞け」となだめてくる。
仕方ないので、椅子に座りなおして頬杖をつく。
「実はな。前王家、フルールド家の宝具が見つかったんだ」
「えっ、見つかったの!?」
素直に驚く。まさか、見つかるとは思ってなかった。もしかすると、なにか歴史的発見の手続き的なものがあるから長引くのかもしれない。
俺の驚く様子に、父は嬉し気に口を開く。
「ああ! だからな! 王都の友人二人に見せた後、ハート子爵にも見せてやろうと思ってな!」
「ただの自慢じゃねえかよ!」
くだらねえ! そんなんだったら、早く帰って来てほしい!
そう思い、俺は父に「そんな事やめて帰省しろ」と説得したが、父は頑なに断って来た。そして、ついには子供をあやすように告げてくる。
「まあまあ、クリス。そう目くじらを立てるな。ハート子爵は昔からの友人だから、危なくなる前にそこで匿ってもらうから。な?」
「……」
「そ、そうだ! ほらユリスは元気か?」
無言で睨み続けていたが、顔に焦りを浮かべ、露骨に話を変えて来た父に呆れる。
もう、何言っても聞かねえだろうな。
俺は、尖らせた唇を開く。
「元気してるよ」
「そうか。それは良かった」
そう言って、父は嬉しそうに目尻を下げた。しかし、直ぐに真剣な表情に変わる。
「クリス。お前には言っておかなければいけない事がある」
急に真面目な声色に変わった父に少し驚く。
そういえば、昔から父は余り俺に対して真剣に接することはなかったような気がする。物事を教えるのは、いつもユリスで、俺を叱るのもユリス。ウチで仕事するのはユリス、俺を殴るのもユリスで、家事をするのも……てあれ? 父さんって何してたっけ?
俺は自分の父が父である事に甚だ疑問を感じた。だが、今の父を見ると、貫禄、威厳、といった父親らしい風格が感じられる。
父は数秒間を置いて、重々しく口を開いた。
「父から、お前に伝える言葉はただ一つ。ユリスに尽くせ!」
「ユリスはメイドだろうが!!」
狭い酒場に俺の声が響き渡った。
活動報告あります。





