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パーフェクト・ナンバー  作者: なつ
第四章 祭りの夜
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 2

「ちょ、ちょっと、お兄様!」

 という声と同時に、神田隆志の部屋の戸が激しくノックされる。甲斐雪人も隆志も同時に驚き顔を上げる。

「どうした?」

「すぐにドアを開けなさい!」

 二人は一度顔を見合わせてから、隆志が立ち上がり戸のところへ歩く。

「何だよ、一体。なんか悪さでも考えたか?」

「開けなさいと言ってるんです!」

 隆志は自分で開ければいいのに、と言いながらノブを回して戸を引いた。廊下に立っているのは神田珠だ。すでに寝具に着替え、ハーフパンツに大きなTシャツを着ている。のだが、その前面に抱きかかえるようにピンクのパジャマを着た篠塚桃花を支えている。

「もも?」

 その様子は尋常ではない。篠塚の表情は真っ青で、見ている側から大きな涙をぼたぼたと落としている。

「何だよ、何やったんだよ?」

「わ、わたしじゃないわよ、多分。ベッドに入ってすぐに泣き出してしまうんですもの。それから何を言っても答えてくれないの」

 甲斐も急いで立ち上がり、篠塚の顔を覗き込む。涙が流れ、その視点は定まっていない。それでも、その視線が甲斐を見つけると、篠塚は両手を甲斐へと伸ばす。

「どうしたんだよ、もも?」

 甲斐は珠から篠塚を受け取ると、両手で抱き上げる。甲斐は頭の中で、夕食の前に電話で芹沢雅に言われたことを思い出す。あの時は、篠塚が泣き虫ということが理解できなかったし、一度も泣いているところなど見たことがなかった。芹沢はこうなることが分かっていたのだろうか。

 次第に篠塚の呼吸が落ち着いてきて、涙も止まる。

「桃ちゃん、大丈夫?」

 珠が心配そうに、甲斐の肩にかかった篠塚の顔を覗き込む。甲斐は篠塚を抱えたまま、隆志の部屋のベッドまで移動して腰かけた。

「落ち着いたみたい」

 篠塚の頭を軽く叩きながら、甲斐は隆志と珠の顔を交互に見た。心配そうな表情と、わずかに疑いのまなざしが見て取れる。

「いや、まあ、深く詮索する気はないんだが……」

 眼鏡のフレームに一度触れてから隆志が言葉を続ける。

「こちらの解釈は二つある。一つは、兄妹でそういう関係なのだな、とそっと見守ることと、もう一つは、実は兄妹ではなく、かつ、そういう関係なのだな、と解釈すること」

「そういう関係て」

「少なくともわたし、お兄様に抱きつくなんて、考えられないわ」

「ついでに言うと、桃ちゃんはお前のこと、甲斐と呼んでいたしな。普通名字で呼ぶわけがないだろう」

「嘘ついてたことは謝るけど、妹のようなものだし」

「本当に?」

 きししという表情で珠が甲斐を見下ろす。甲斐の肩が小さく動くと、篠塚が顔をあげた。

「失礼な、わたしは妹ではない。断っておくが、わたしは甲斐よりも年上だ。お姉さまと慕われるべきだ」

「桃ちゃん、もう大丈夫なの?」

「大丈夫だ。なんでもない」

 けれど篠塚は離れようとしない。抱きかかえられた格好のまま、顔を上げているだけで、隆志にも珠にも表情を見られないようにしているようだ。恥ずかしいのかもしれない。

「もも、大丈夫なら降りてくれよ」

「……やだ」

「は?」

「いやだ。離れたくない」

「あー、なんだ。なんか、俺たちじゃまみたいだな。俺の部屋なんだけど」

「悪い、すぐに」

「まあいいから、いいから」

「そうね、また無理に離して泣かれても困るし」

 隆志は立ち上がると、思いついたように甲斐を振り返った。

「よし、こうしよう。俺はこの部屋から出ていく。その代わり、二人でこの部屋を使っていいけど、例の暗号をだな、ぱぱーっと解いてくれ」

「ああ、それはいい提案ね、お兄様」

「さっぱりなんだけど、何かヒントでもないの?」

「ヒントはある」

 誰よりも先に篠塚が答える。

「ヒントはすでに示されている。それに気がついているかどうかが、問題なのだよ」

「桃ちゃん、どういうこと?」

「二人は気がついているものだと思うのだが。特に隆志であれば」

「全く思い当たらないけど」

「お前は神田勇治郎の書いた多くの数学書を読んだことはあるか?」

「……いや、まあ、ないことは、ない程度に」

「残念な回答だな。珠は?」

「わたしも全然」

「それでは暗号は解けぬよ」

「ももは読んだことあるの?」

 すっかり調子が戻ってきたようだが、まだ篠塚は甲斐から離れようとしない。甲斐は篠塚の頭を撫でながら、そもそも神田勇治郎が誰なのか分かっていない。

「甲斐よ、お前も読んでおくとよい。それなりに刺激のある内容だ。今日電車で話しただろう。あのようなことの考察もよくされている。まあ、それは後日の課題として、だ。彼の書物をよく読んでいれば、自然とヒントも沸いてくるというものなのだが、誰も読んでいないのであれば、仕方がないな」

「お姉様は、読んでいたはずです。そちら方面の大学に、通われていましたから」

「なるほど。そうなると、妙であれば、やはりすでに金庫を開けていたのかも知れぬな」

「まさか」

「それも後日には分かることだ」

「もも、それがヒントとして分かるためには、答えも分かっていないと難しいんじゃない?」

「支離滅裂だ」

「つまり、ももはもう暗号を解いたの?」

「くだらない数字遊びだ。それに、意地悪だな。それも書物を読み解けば、性格の悪さも自然と分かるものだが」

「数字は?」

「わたしが解いて、金庫の中身をわたしが貰ってよいなら答えるが?」

「……ヒントは?」

「一桁の数字で唯一完全なものは?」

「完全?」

「そう。あるいは、神田勇治郎が好きな数字でもいい。これは先ほど彼から直接された質問でもある」

「え、ちょっと、え?」

 驚いた声を隆志があげる。が、すぐに何かを悟ったように、珠を見てから大きく頷く。

「それがヒント?」

「そうだ。だがヒントなどなくとも、そのがおかしいことにはすぐ気がつくはずだ」

「分かった。とりあえず、一晩考えてみる」

 それから腕を組み、隆志は部屋を出て行こうとする。

「こら、珠も来い」

「ちょっとお兄様、まさかわたしの部屋に来ようなんて思ってないでしょうね」

「思っとらんわ」

「それならいいですわ」

 ラフな格好の珠はふわっと振り返ると、一礼してから部屋を出て行った。

「それで、もも」

「もう少し……」

「いや、それは構わないけど、神田勇治郎って、誰?」

「……そこから説明が必要なのか?」


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