2 お買い物
目が覚める。
私は起きてすぐに枕元の目覚ましを確認した。
「・・・あー、やべぇなこりゃあ」
完全に寝過ごしていた。
どうしようか、やっと見つかった仕事先なんだがなぁ。
「なんで初日に寝過ごすかなー、私は」
だからお前は駄目なんだよと、いつも通り自嘲気味に考えていて・・・気が付いた。
隣に誰かいる。
あっれ、おかしなー、私1人暮らしなんだけどなぁ。
恐る恐る顔を上げ誰がいるのかを確認する、勝手に人の部屋に入り込むような危ない人がいるならば、目覚まし時計を投げつけるだけである。
そうだ、ついでに遅刻の言い訳にもなってもらおう、我ながらいい考えだ。
・・・顔を上げてみたが、眼鏡を掛けていなかったために顔はよくわからなかった。
それでも、ぼやけてはいるが全体像は見ることができた、スーツ姿の・・・男?
「やっとお目覚めですか、どうぞ」
そう言ってその男は何かを差し出してきた。
・・・まぁ、声を聞いて大体誰かは解ったわけだが。
こういう展開だともっと驚いたりするもの・・・のはずなのだが、こうも相手が普通に接してくると驚くに驚けないな。
とりあえず受け取る、どうやら濡れたタオルらしい。
「ああ、ありがとう」
礼は言っておこう、意外なことにタオルは暖かかった、気が利くじゃないか。
顔を拭き終えて眼鏡を掛けると、予想した通りスーツ姿の男が目の前にいた。
「で、どうしてあんたがここにいるんだ?」
夢から覚めても出会うということは・・・あれだろうか定番の『夢だけど夢じゃなかった』という奴か、それともまだ夢を見ているか。
まぁ前者だとすると私は目が覚めた時点で家ではなく異世界にいるべきなので後者なのだろうが。
「どうしてと言われましても、貴方を迎えに来たんですよ」
・・・困ったな、こう言われると前者である可能性も出てきてしまう、しかしそうだとしてもなぜ迎えに来る必要があるんだ?
普通こういう異世界もののファンタジーでは目が覚めたら異世界という展開が一般的ではないだろうか。
「・・・まぁいいか。それよりも迎えに来たってそれじゃあ二度手間になるだろう、なんで夢から直接異世界に送らなかったんだ?」
「・・・貴方まさか、着の身着のままで異世界に行くつもりだったんですか?」
「・・・」
・・・そういえばそうだな、知らない世界へ着の身着のまま、まるで自殺願望者である。
うん、ちゃんと準備しなきゃ駄目だよな。
「そんなはずないだろう、冗談だよ冗談。じゃあ準備でもするかな。・・・ちなみに今からでも願いの変更はできるのか?」
一応願いをキャンセルできるかを聞いておく、あれは夢の中だからこそ願ったのだ、現実ではそこまで異世界に行きたいわけではないからな。
もし変えられるなら・・・そうだな、大金持ちにでもなるとしようか。
「夢が覚めた時点で願いは確定されていますから原則的に変更は不可能です。そんな事よりも早く準備をしてください、時間は有限なんですから」
無慈悲なことにそんなことを言われた。予想はしていたがどうやら諦めるしかないらしい。
さようなら便利で安全な現代社会、私はファンタジーな世界へ行ってくるよ。
「じゃあ、とりあえず買い物に行くかな」
家の中に有るものだけでは足りそうにないし、とりあえずスーパーに行って日用品なんかを買い集めないと・・・
「買い物ですか!」
なぜお前が反応する。
「私もついて行っていいですか?」
「・・・まぁ、別にいいが」
買い物なんて別についてくるようなものでもないと思うんだが。
財布をもって家を出る、目的地は近所のスーパーだ、あそこなら大抵のものは手に入るしな。
まぁ、比較的家に近いのも理由の1つではあるが。
「いやぁ、この世界にくるのも久しぶりなものでして」
「・・・」
コイツ夢の中で会った時はこんなキャラだったか?
隣で年甲斐もなくはしゃぐ男を横目に私はそんな事を思っていた。
それから10分も歩くとスーパーに着いた。
「・・・ただのスーパーじゃないですか」
「日用品を買うには一番の場所だからな」
そのあからさまに残念そうな顔をするのを止めろ。 ちなみに、店の中に入ると男は直ぐに元の調子に戻った、なんなんだコイツ。
とりあえず非常食が置いてあるコーナーへ行く、ざっと見ても棚には大小様々非常食が並んでいる、滅多に買わないから気づかなかったが非常食にも色々あるらしい。
「へぇー、久しぶりに来ましたが随分と変わりましたね」
私が非常食を手当たり次第に見ていると、隣で男はそんな事を言った。
「前に来たときと何が変わったんだ?」
ショッピングセンターならまだしも、スーパーなんていつの時代もそう変わらんだろうに。
そんな事を考えながら買い物カゴの中に乾パンなどの非常食を入れていく。
あ、これ美味しそう。
「変わったのは外見だけかと思っていたんですが、値段なんかも全体的に変わってますね。あとは袋です、紙袋じゃなくなったんですね」
「ああ、紙袋じゃなくなったな」
昔は紙袋だったのか、食料はこれぐらいでいいか。次は日用品だな、歯ブラシとか買わないと。
それからも、必要そうな物は片っ端から買い物カゴの中へ入れていった、そんな事をしていたせいでレジにつく頃には商品の山が出来上がっていたが。
レジに着くと店員が怪しげな目でこちらを見てきた。
無視だ無視、手早く会計を済ませる。
だが購入後、私は重要な事に気が付くことになる。
「どうやって持って返るんだよこれ」
徒歩で来るべきではなかったか、昔から夢中になると後先考えなくなるのは私の悪い癖である。
「さぁて、どうするか」
「二人で手分けして持って帰ればいいんですよ」
私が大量の荷物をどうするか悩んでいると、男はそんなことを気にする必要も無いとばかりに、手早く袋に物を入れていった。
「ああ、持ってくれるのかありが・・・」
素直に礼を言おうかと思い男を見ようとして私は固まった。
隣では小さな袋の中に男が次々と買った物を入れている。
そこまではいい、問題なのは袋が一向にいっぱいにならないことだ。
と言うよりも膨らんですらいないよなこれ、入れた物はどこに行っているんだ?
訳のわからない事態に混乱している間に、男は自分の分を全て袋に入れてしまった。
手品かよ。
「・・・なぁ、私の分も持ってくれないか?」
「すいませんねぇ、もう入り切らないみたいなんですよ」
男は最後に畳んだ袋をポケットにしまいながらそんな事を言った。
嘘だ、絶対嘘だ。
「・・・で、さっき袋に入れていた非常食一式はちゃんと取り出せるんだろうな?」
「はい、しっかり取り出せますよ。なんなら今から取り出してみせましょうか?」
そういいながらスーツのポケットからさっき入れた袋を取り出してみせる。
「いや、いいよ。それよりもさっさと帰るぞ」
さっきのマジックショーのせいでギャラリーもできちまったしな、これ以上目立つと不味い事になりそうだ、そう言って私は自分の分の袋を持ち上げた・・・重い。
「そういえばあんた、名前はなんて言うんだ?」
帰り道、いい加減呼びづらくなってきたので名前を聞くことにした。
「なんですか藪から棒に」
「名前がないと呼びにくいんだよ、言わないなら『営業スマイル』とか適当に呼ぶことになるがそれでもいいのか?」
「それはいい呼び名ですね。あ、冗談ではありませんよ、本当のことです。まぁでも・・・名前ですか、困りましたねぇ、私名前が無いんですよ」
「だが呼び名がないというのは面倒臭いな。仕方ない私が名前をつけてやろう」
それを聞くと男は呆れるように言った。
「そんな、人をペットみたいに」
「なぁに、気にする必要はないさ。別に本当に名前をつけるわけでもないしな、要はニックネームみたいなものだ。・・・というわけでお前の名前は今日から佐藤な」
「佐藤?」
「ああ、確か日本で一番多い名字だ」 「随分と適当ですね」
「無難だと言ってもらいたいね」
「・・・まぁでも悪くはないですね。それでは、私も貴方の名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「・・・なんで知らないんだよ」
私の願いを叶えに来たんじゃ無かったのか?
「あの人は細かい所は気にしませんからねぇ、顔写真なんかを渡されて行ってこいなんて言われました。無茶苦茶ですよ」
「ああ、そう」
なんの事かはわからないので佐藤の愚痴は適当に流しておく。
「・・・倉田竜平だ、覚えておくといい」
それでも、とりあえず名前だけは伝えておいた。




