1 プロローグ
目が覚める。
眠い。
目が覚め、初めに私はそんな事を感じた。
体が酷く怠く、そのせいでとても眠い。心なしか頭も痛い気がする。もしかすると風邪でもひいたのかもしれない。
(昨日一体何したんだっけ)
『明日から社会人だー、嫌だー、現実逃避だー』とそんな風なことを考えながら現実逃避気味にやけ食いや馬鹿騒ぎをしていたを思い出した。ああ、この怠さはそのせいか。
視界の端に何かが映る。
それは私を必死に起こそうとしていた。
『ピッ・・・ピッピ!!』
それに対して必死に手を伸ばすが届かない。
『寝てしまったら全てが終わってしまうぞ!!』
必死に私を起こそうとする姿は、私にそんなことを言っているようにさえ感じさせた。まぁ関係ないか、私は今とても眠いのだ。
ピピピピピピピピ!!
・・・うるさくて眠れない、仕方ないので少しだけ起き上がる。
「うるさい。私は眠いんだ、少し黙っていろ。」
私はそう言って私を起こそうと奮起する目覚まし時計を止め再び布団に潜った。
何か大切なことを忘れている気がするが、多分大丈夫だろう。
『何かを忘れている』、そんな違和感を覚えつつも私は眠りに落ちた。
夢をみた。
まるでドラマに出るてくる事務所のような場所だ。そこに私はいた。
よく見るとスーツ姿の男が俗にいう営業スマイルを浮かべながら椅子に座っている。
「・・・やっと来ましたね。どうぞ、お掛けください、茶菓子なんかも有りますよ」
「・・・」
折角の夢なんだから可愛い女の子でも出てくれればいいのに、なぜスーツ姿の男なんかが出てくるのか。
そんなことを思いながら言われた通り椅子に座る。
確かに茶菓子が有った。
お茶は無かったが。
「すいませんねぇ、私なんかが相手で、女性の方は人気でしてね、もっと重要な役割をやってもらってるわけなんですよ。まぁそんなわけもありまして、専らこういう雑事なんかは私のような者が務めることになってるんです」
よくわからないが少なくとも私には関係ない話だというのは解る。
「おっと、私とした事がつい無駄話を。では本題に入らせて頂きますね、『あなたは記念すべき7万人目に選ばれました。そこで神より願いを1つ叶える権利が与えられました』・・・という感じです」
「もの凄い適当な説明だな」
説明にやる気の欠片も感じられない。
「すいませんねぇ、毎回同じような事を言っているものでして。私もそろそろ飽きてきてしまったんですよ。」
そう言って男は茶菓子を食べた、営業スマイルこそ浮かべているが本当にやる気がないらしい。
「それなら職でも変えてみたらどうだ」
「言うのは簡単ですけど実際やるのは難しいんですよ、それ。で、どんな願いを叶えますか?」
「いや、叶える前に1ついいか?」
1つだけ気になった事が合ったので聞いてみた。
「はい、いいですよ。なんでしょう」
「何の7万人目なんだ?」
少なくともお参りだとかそういう神様なんかに感謝されるようなことはここ数年程はやった覚えがない。
まぁ、記念ということは何か目出度いことなのだろう。
「出社初日に寝過ごした方の7万人目です。『7というのは記念すべき数字だから』とのことで、こうして私が神より願いを叶えるために使わされることになってしまったんですよ」
目出度くもなんともなかった。
そういえば寝る前に目覚まし時計を止めていた気がする。それでこんな夢を見ているということは・・・。
ふむ、確かに私は寝過ごしたようだ。
「私らしいな」
「・・・普通もっと焦ったりしませんか?」
男が呆れたように聞いてきた。
「得意なんだよ、現実逃避が」
「そうですか。では、願いをどうぞ」
ふむ、願いか・・・。
夢だと解っていても考えてしまうものだな。
おいてある茶菓子を食べる。
「味がしないな」
夢だからか?
「その茶菓子に味をつけるのが願いですか?」
恐ろしい事をさらっと言う。本当に神様の使いなんだろうか。
「勝手に人の願いを決めないでくれないか」
「いやぁ、貴方の願いなんてどうでもいいんですけどねぇ。できれば早く決めて貰えると嬉しいんですよ。私本当は今日は休日のはずだったんで」
「神様の使いが休日出勤とは世も末だな。悪いが考えをまとめるから少しだけ待ってくれないか?それぐらいはいいだろう?」
そう言って私は自分の考えをまとめ始めた。
(私が本当にやりたいこと、やりたかったことは何だ?)
結婚したい?違うな、人生をやり直したい?これも違う気がする。私が本当に欲しいものは何だ?
いざ問われると簡単に答えはでてこないものである。・・・考え方を変えてみるか。
(じゃあ今まで出来なかった事、後悔した事は何だ?)
出来ないことはかなり多いな。まぁ叶えるような事でもないが。・・・後悔した事も幾つかあるな。
そんな事を考えていると1つだけ叶えてみたい事が浮かんだ。軽く馬鹿げた願いではあるが。
でもまぁ、折角の夢なんだちょっとぐらい馬鹿げたことを言っても大丈夫だろう。
「決まりましたか?」
「ああ」
「では願いを聞きましょうか」
「能力付きで異世界に行きたい」
「・・・能力付きで異世界ですか」
果たしてと言うべきか、男は豆鉄砲でも喰らったような顔をしていた。
「昔からネット小説の主人公みたいになってみたかったんだよ」
剣と魔法のファンタジーの世界。男のロマンである。
「・・・まぁいいでしょう」
呆れているようだったが男はそう言ってすぐにいつもの営業スマイルに戻った。
「それで、一体どのような能力をお望みですか?」
「戦略シュミレーションゲームというものがあるだろう。あんな風な能力がいい。大量にユニットを出して従わせてみたいものだ」
「・・・大量のユニットを従わせてみたいですか」 そう言うと男はなにやら考え始めた。
ふむ、こうなると話し相手も居ないし意外と暇になるな。先程は悪いことをしたかもしれないな。
そんなことを考えながら茶菓子を食べる。相変わらず味はしないが。
茶菓子を2つ程食べ終えた辺りで男は顔を上げた。
「じゃあ『召喚師』の最上位のクラス、というのはどうです」
召喚師かファンタジーだな。
「その召喚師というのはよくわからないが出せるユニットの数は多くても10程度じゃないか?」
それでは少ない気もする。私にはもっと多くの駒が必要なのだ
「それなら、大丈夫ですよ。クラスレベルさえ上げれば、貴方の必要とする分には十分に召喚できるようになるでしょう」
へぇ、レベルによって出せる量が増加するとは、まるでゲームだな。
まぁ、それならば確かに大丈夫かもしれない。慣れるまでは必要以上に出すこともないだろうしな。
「確かに悪くないな。ではそれにしよう」
他に良い案も思い付かないしな。
「かしこまりました、それでは。どうぞ異世界での新しい生活をお楽しみください」
言い終わると、男は軽く手を叩く。同時に周りの景色が歪んでいく。
どうやら、夢が終わるらしい。
ああ、そういえば夢だったな。
まぁ少なくとも現実でこんなことが起こるわけがないしな。
そういえば初日に寝過ごしたのか私は・・・どうしようか。考えるのも嫌になってくる。
まぁ久しぶりに楽しませてくれる夢ではあったな。
そんなことを考えながら私は目を閉じた。