〇九六
彼女は拒絶した。事態を掴めずになんの反応もしないのではなく、ちゃんと、拒絶をした。「イヤ」と言った。
「……なんで」
これから説明しなくては。そう頭が焦っても、私はつい訊いてしまう。
「ぼくは、『裏』を知ってしまった」
彼女がそう言う。
もう、手解きを受けた後だったのだ。「表」と「裏」について、説明を受けてしまった後だったのだ。
だったら、でも、なぜ。
「ぼくは今日から、組織の人間なんだよ」
「だめだ。絶対に後悔する」
「それでもいいんだよ」
――人生なんだもん。
そう恥ずかしそうに、体育座りのままで彼女はそう呟く。
「違う……違うんだ」
私は彼女に、教えないといけない。だめだということを。「表」にいるべきだということを。
「後悔してからでは遅いんだ。逃げないといけないんだ。ここから逃げないと」
「イヤ」
彼女が座ったまま膝を伸ばした。私の足に、彼女の足が当たる。
それをつまらなそうに見つめて、彼女は言う。茶髪が薄くなっている。
「逃げるといっても、どうやって逃げるの? どこへ逃げるの? ぼくはもう、『裏』にいるんだよ」
「……」
自分の無能さに、首を絞めたくなる。首を絞めてもどうにもならないが。どこへ逃げるのか。「裏」からどうやって抜けるのか。方法が思いつかない。
「でも、『裏』から出られなくても、組織に入らないことはできる」
「ほんとに……そう思ってるの?」
思わない。
片面コピーの裏面なんて、たいていは白紙だ。なにも書かれていない。「裏」にある機関は、この組織だけなのだ。反組織団体も、結局、組織に準ずるものでしかない。
でも、それじゃあまるで……籠の鳥じゃないか。