第9話 なんでこうなるの!
「なんだ、お前は」
俺を胸に抱え込んだまま、メデューサがマルシェリクを睨みつけた。
いや、待て。
その前に、まず俺を放してくれ。
話はそれからだ。
それからにしてください。
「あの、とりあえず放してくれませんかね……っ!?」
だが、俺の願いはとりあえず却下された。
メデューサの腕は、びくともしない。
なに、この拘束力。
蛇の髪より、そっちのほうがよっぽど怖いんだけど。
さすがはボスキャラだ。
「あら」
マルシェリクがこちらに気づき、ゆっくりと振り向いた。
そして、俺を胸に抱くメデューサと、その胸に抱かれている俺を、じーっと見比べる。
「お楽しみ中でしたのね」
その声には、驚きも怒りも呆れもない。
完全に平坦。
感情、どこに置いてきた?
いや、待て。
なんでそんな目で俺を見るんだ。
ここは普通、敵のボスであるメデューサを睨むところだろ。
「よくここまで来られたな」
エドワードが剣を抜き、マルシェリクへ切っ先を向けた。
お、お前は真面目にやるつもりなんだな、エドワード。
さすがだぜ。
その隣で、ヤマザキがぷるるん、と身体を揺らす。
……お前、それで身構えているつもりなのか。
いや、本人はたぶん真剣なんだろう。
真剣にぷるるんしているんだろう。
お前は真面目にやっても絵にならないよ。ヤマザキ。
「――≪サンダー・ボルト≫」
マルシェリクが杖を掲げ、淡々と呪文を唱える。
ピカァァァァァァァッ!!
ボス部屋の天井付近を、目を焼くような白い閃光が走った。
焦げ臭い匂いが鼻を突く。
そして――。
バチバチバチィッッッ!!
ボス部屋を揺るがす轟音とともに、極太の魔法の雷が落ちた。
一直線に。
過たず。
――メデューサに抱かれた、俺の頭頂部へ向かって。
ドゴォォォォォォンッ!!
凄まじい雷撃が、俺の哀れな骨身を容赦なく直撃した。
「なんでだあああああああああああっ!?」
俺の悲鳴が、ボス部屋中に虚しく響き渡った。
「小娘が」
もうもうと立ち込める煙の中、メデューサがマルシェリクを睨みつけ、目を細める。
いや、ものすごく怒っているところ悪いけどさ。
あんた、雷が直撃した瞬間、俺を突き飛ばしたよな。
さっきまで「アルバリクのぬくもりが~」とか言ってたくせに。
いいのか、それで。
俺は、黒焦げになってさらさらと崩れ落ちた自分の骨の粉が、鼻の穴を通り抜けていくのを感じながら、心の中で血の涙を流した。
「ごめんあそばせぇ」
マルシェリクは口元に手を添え、優雅に笑った。
「まさか、冒険者の墓場と呼ばれる場所が、こんなにつまらないところだとは思いませんでしたので。つい」
なんだか、にこやかに言ってるけど。
そんな身も蓋もない理由で、わざわざ俺に雷を落とすな。
「言ってくれるじゃねぇか」
エドワードが地を蹴った。
一瞬で間合いを詰め、マルシェリクめがけて剣を振り下ろす。
おお。
ここだけはガチンコだ。
だが、マルシェリクは身を翻し、その刃をひらりとかわした。
「≪ファイヤー・ボール≫」
掲げられた杖の先に、真紅の火球が生まれる。
そのままエドワードへ向かって撃ち出された――。
と、思ったのだが。
火球はエドワードの横を素通りし、一直線に俺へ向かって飛んできた。
「なんでぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
ボカァァァァンッ!!
爆炎が炸裂する。
俺の身体は木の葉のように吹き飛ばされ、床の上を派手に転がった。
「…………」
メデューサも、エドワードも、ヤマザキも、何も言わない。
ただ、床に無様に転がる俺を静かに見つめていた。
やめてくれ。
頼むから何か言ってくれ。
その冷たい沈黙が一番骨身にこたえるんだよ!
「……まさか、私の魔法がかわされるとは。やりますわね、骸骨騎士」
マルシェリクが額に一筋の汗を浮かべ、さも悔しそうに真顔で言い放った。
嘘つけ。
お前、絶対に狙ってやっただろ。
エドワード、一歩も動いてなかったぞ。
「小娘。貴様、何をしに来た。」
メデューサが腕を組み、苛立たしげに凄んだ。
「私を倒しに来たようには見えぬが」
「困るのよね」
マルシェリクは頬に手を添え、ため息をこぼした。
「冒険者の墓場が、こんな体たらくなところではね」
「お前が規格外なんだよ!」
いけね。
つい、いつもの調子で親し気にツッコミをいれてしまった。
ぎぃぃ。
俺はゆっくりとメデューサとエドワードに視線を向ける。
メデューサが目を見開き、エドワードの顎がかくりと下がる。
二人の視線が、いたい。
「……こんな小娘に、好き勝手言わせておくことはないですよ。メデューサ様」
俺はメデューサにそう言い残し、すごすごと後ろへ引き下がった。
「私はマルシェリク。伝説の勇者アルバリクの孫娘ですわ」
「なにっ」
メデューサの目が細くなる。
「アルバリクの……孫娘だと? ふん、なるほど。ならば、その生意気な態度も、底知れぬ魔力も分からんではない」
おいおい。
ここで身バレかよ。
どうするつもりなんだ。
『おい、なんか面白いことになりそうだな』
ヤマザキが念波を送ってきた。
『絶対、このあと盛り上がるぜ』
『お前は気楽でいいな。羨ましいよ、その性格』
こういうときは便利だな、念波。
「もうじき、ここを制圧しようとする勢力が現れますわ」
マルシェリクは杖を構えたまま、鋭い視線をメデューサへ向ける。
「ほう」
メデューサの妖艶な瞳が、怪しく、そして楽しげに光った。
「なぜ、我らにそれを教える? 勇者の血を引く人間が、魔物である我らに助言するなど、おかしな話ではないか」
そうだよな。
マルシェリクには、そんなことを教える義理なんてないはずだ。
マルシェリクは、再びため息をこぼした。
「お爺様が、あなた方と交わした約束ですからね」
なるほど。
そういうことか。
ここのろくでなしどもは、アルバリクの爺さんと何らかの取り決めを交わしていたんだ。
人間には手を出さない。
その代わり、人間もこいつらには手を出さない。
でも――。
「そうか。百年も経てば、約束を反故にしようとする人間も現れるわけか。我らの寝首をかこうというのだな。」
メデューサは口元に酷薄な笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。
「だが、それがどれだけ愚かなことくらい、お前にも分かっているのだろう」
「……っ」
マルシェリクの肩が、わずかに上下している。
一人でこの部屋まで来るのに、相当苦労したらしい。
メデューサは、その姿をじっと見つめた。
「何を焦っておる?」
焦っている?
いったい、何を焦っているんだ。
マルシェリク――いや、アルバリクの爺さんは。
うーん。
やっぱり、俺がこの骨に転生したことには、まだ何かありそうだ。




