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俺の死に様と死神の彼女  作者: 卯月 みつび
第二章 死神との出会い
9/19

 俺はスノウの願いにすぐ応えることができなかった。

 そりゃそうだ。死ぬための手伝いって言われても、俺は死ぬ気なんて毛頭ない。そんな手伝いなんてされても迷惑だ。ただ、スノウの必死さが、その想いが伝わる透き通った瞳が、俺の心を射抜いていたのは確かだった。

 そんなせめぎあいの中、俺はスノウの言葉に何も言うことができない。

「いきなりこんなこと言われても困りますよね……」

 そういって手を胸の前で組み俯くスノウ。元々小さな身体をもっと縮みこませている。

「死にたくないなんて、そんなの当たり前ですもんね」

 頬を撫でる風がスノウの白い髪の毛を揺らしていく。色素の薄いスノウが、そのまま空気に溶けて消えていってしまいそうな、そんな焦燥にかられた。

 だが、俺は何もすることができずに時間だけが過ぎていく。互いに何も発せず、徐々に空はオレンジ色に染まっていった。

 

 そんな中、ぽつりと落とした言の葉は、波紋となって俺の耳へと届く。

「死神って仕事、昔は嫌いだったんです」

「え?」

 あまりに唐突なその言葉に、俺は思わず眉をひそめる。その様子を見て、スノウは無理やり笑顔を浮かべて話し出した。

「だって、人に死を伝えるって、なんてひどいんだって思ってましたから」

 そのままスノウは空を仰いだ。だが、言葉を紡ぐのは変わらず、淡々と喋りだす。

「私は、幼いころに両親を亡くしているんです。私が本当に小さいときだったので、顔も声も何も覚えていませんが……。だから、皆が羨ましかった。両親が揃ってる友達を見ると、やっぱりどこか羨ましくて。ですから、私にとって死は寂しいもので、悲しいもので、私から両親を奪ったっていう結果だけを残した、そんなものだったんです」

 スノウはそのまま視線を空に固定したまま、話しを続けた。

「ずっと育ててくれていたのは祖母でした。祖母が私を引き取ってくれて、ずっと一緒にいてくれたんです。両親のことで寂しい思いはしましたが、それでも毎日が幸せでした。楽しい時、悲しい時、いつでも祖母は私の背中を支えてくれていました。お風呂上がりは私の髪の毛を毎晩とかしてくれて……。『透き通って綺麗だねぇ』って言ってくれて。あの時間が一番大好きだったなぁ……。だから、私は自分の髪の毛、ちょっと自慢なんですよ? まわりからは変わってるって言われますけどね」

 スノウはだんだんと視線を落とし、俺に背を向ける。

「でもそんな幸せな時間も長くは続きませんでした。祖母は病気で突然亡くなってしまったんです。私はたくさん後悔しました。もっとやってあげたいことがたくさんありました。私にずっとかまってたせいで、好きなところに行けなかったおばあちゃんを、いろんな所につれていってあげたかった。大好きだって、自分の想いを伝えたかった……。どれも、もう二度と、叶うことはなくなってしまったんです」

 スノウは両手をぐっと握りしめていた。しん、と静まり返った屋上は、世界から切り離されてしまったかのようだった。

「ある日、私が遺品の整理をしていたときです。そこにはおばあちゃんの手紙がありました。後悔だらけで下を向き続けてきた私でしたが、私宛の手紙をそっとあけると、そこには二行だけ、たった二行だけですが、おばあちゃんから私へのメッセージが書いてあったんです。『一緒にいてくれて楽しかったよ。幸せでした。ありがとう』って……。天界人にも死神は死を告げにきます。ですから、おばあちゃんはきっと自分に死が近いことを知っていて、それで私に手紙を残してくれたんだと思います。私はその手紙に救われました。今でも一番の宝物です」

 そう言って俺のほうに振り向いたスノウは笑っていた。笑ってはいたけど、その灰色の瞳からは、ぽろりと一筋の涙がこぼれ落ちた。

「死神が告げた死の予告は、間接的に私を助けてくれました。おばあちゃんは死が怖かったかもしれませんが、その恐怖のなかで、私に想いを残してくれました。死は怖いものです。でも、死をおばあちゃんに告げることで、すくなくとも私は救われました。勝手な思いこみですが、おばあちゃんも自分の言葉を残す機会を持つことができたことはよかったのだと思います。死神の仕事は悲しみを届けることのほうが多いかもしれません。ですが、誰かを救うこともきっとあると思うんです。私は死を告げる相手に少しでも死を後悔しないでもらいたい、後悔しないですむように何かできれば、と思って死神になりたいと思いました。ですから、啓介さんにもそんなお手伝いができたらと思ったんです。啓介さんが、死を受け入れられるような、そんなお手伝いを……」

 そういって語るスノウの目からは、絶え間なく涙がこぼれ落ちている。

「あ、そんな……。こんな泣くつもりだなんてなかったのに。すいません、すぐおさまるんで――」

 そう言いながら、スノウは再び俺に背を向けて肩を振るわせた。顔をみないでも容易に想像なんてつく。俺は、そんな光景をただ見ているなんてしたくなかった。

「いいよ」

「ふえっ!?」

 俺の声に妙な声をあげて咄嗟に振り向くスノウ。その顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

「ぇ、な、なんでっ、っく。いいよだなんてっ、ひくっ。言ってくれ、っく、るんですか?」

 泣きじゃくりながら必死で言葉を紡ぐ様はまるで子どものようだ。俺は、そんなスノウを見ながら、笑いを堪えるので必死だった。

「別にいいよ。後悔しないために手伝ってくれるんだろ? それなら俺に不利益になるようなことはないから。その代わり、俺だって簡単に死を選ぶだなんて真似しない。死ぬまで、死に抗い続けることを誓うよ。それでもいいなら、だけど」

「あ、ありがとうございまずー」

 おいおい、まだ泣くのかよ。

 俺はそんなことを思いながら、スノウにあることを告げようと思った。

「そんなことより、いい加減、鼻水くらい拭いたら?」

「な――っ!?」

「垂れ下がって、口に入っちゃうけど?」

 俺の言葉を聞き慌てたように鼻水を拭うスノウ。その必死さに、俺は笑いを堪え切れなかった。

 今までより、少しだけ馬鹿っぽいスノウは、涙と鼻水と戯れながらも、それはそれで、とても可愛かった。


 ◆


「すいません。落ち着きました」

 しばらくすると、ようやくスノウがあっちの世界から戻ってきた。さも、何もなかったかのように清ましている様子は少々腹が立つが。

「まあ、いいよ。なんだかキラキラ輝いた氷柱みたいなのも見れたしね。まあ、氷柱みたいに固くなくてネバネバしてそうだったけど」

「啓介さん!」

 スノウが白い肌を赤く染めて、大声をあげる。ぷくっと頬を膨らませているが、幼さを強調するだけで全然恐くない。威嚇するなら佐立くらいはオーラを出してもらわないと。

「ごめん、ごめん。つい、ね」

 そう言って俺は肩をすくめると、スノウはあきらめた様にため息をつく。

「もういいです。では、話をすすめましょうか」

「話?」

「はい。啓介さんが、私の協力を受け入れてくれることが決まったんで、簡単に契約の儀式を――」

「なんだが、急に重々しい響きだけど……」

 死神と契約。なんて禍々しい響きだ。俺は、さっきの発言を少しだけ後悔した。

「まあ、単純に今、私達が話していた内容を記録しておくだけです。そんなに大層なものじゃありません。あと、ついでに啓介さんにかけていた記憶遮断術も外しておきますね」

「記憶遮断?」

 何だ? 聞きなれない響きだけどよくわからない。

「はい。この話をする前に言った不思議なことの答え合わせです。私達、死神はこれみよがしに死を告げる相手と接触を持たないものなんですよ。関わってもトラブルを生むことが多いらしくて。ですから、天界長より少しだけある権限を借りてるんです。自分に対する記憶操作の権限を」

 俺はごくりと息を飲んだ。

 それってつまり、スノウに対する記憶なら消したり出したりできるってことか? それってなんか恐いんだけど。

「今回は私の記憶操作が甘かったせいで啓介さんは私のことを思い出してしまったんですけどね。ちなみに、まだ啓介さんに掛かっている記憶操作は有効な箇所もありますので、それを今から解除しようと思います」

 そう言うと、スノウは手を前に掲げ空中で何かを掴むような動作をする。こいつ何してるんだ? といった目で見ていると、いきなり何かを掴んだ部分から光が迸った。

「な――っ!?」

 スノウはその光から何かを取り出していく。スノウが手を持ち上げると共に、その手に握られた何かが姿を現していった。

 ほんの数秒のことだっただろう。しかし、その衝撃からか俺には何十分にも思えた時間だった。

 スノウは、何もない空間から、自分の身の丈ほどもある大きな鎌を取り出していたのだ。

「なっ、なん、なな――」

 俺の驚きは言葉にならない。だって考えてみてほしい。何もない空中から、黒光りする棒の先にとんでもない刃渡りの刃をつけた鎌が出てくるんだ。驚かない奴などいないだろう。

 その鎌の刃の部分には妙な文様のような物が彫っており、刃の先は鋭さからかひどく輝いている。

 その鎌を持ったスノウに、俺は初めて死神なんだな、という感想を抱いた。それほどまでに、その鎌が持つ存在感とスノウとが合っていたのだ。

「これが死神の鎌です。全ての死神に配給されている仕事道具のようなものです。あ、安心してください。私がこれをどんなに振り回したって啓介さんの肉体は切れませんから」

 そういって微笑むスノウ。いや、そんなことしようとすら考えないで欲しい。

「さっきまでのは……?」

「あの鎌ですか。あれはとりあえず? のものですよ。これ出してると目立ってしょうがないですからね」

 それじゃなくても目立っていると思うが、という突っ込みは、今のスノウには出来ない。

「じゃあ、はじめますよ。準備はいいですね」

「準備ってちょっと待って――」

 スノウは、俺の言葉を無視して鎌をくるくると回し始めた。そして、小さな声で何かを呟くと、スノウとその周りが紫色の光で包まれた。

「死神法、第八条二項に則り、私、スノウは高橋啓介さんと契約を結ぶこととなりました。申請書を送りますので、受理をお願いします」

 醸し出す雰囲気にびびっていたが、なんだか、妙にお役所的な感じが漂ってくる。雰囲気と全く合っていない。

「合わせて、高橋啓介さんに掛けていた記憶操作術の解除も申請します」

 そのスノウの言葉に呼応したかのように、スノウの周囲を包んでいた紫の光は空高く舞い登る。先が見えなくなるくらいまで光が伸びたが、しばらくするとその光は徐々に収束し消え去った。スノウは、少し疲れたのか、大きく息を吐く。

「ふぅ。とりあえずどちらも受理されましたよ。よかったです」

 スノウはそう言うと、おもむろに鎌を両手で持ち高々と掲げた。

「では、契約と記憶操作術の解除。同時にやってしまいますか」

「あれ? 終わったんじゃないの?」

「あれは許可申請です。実際にやるのはこれからですよ? あ、別に痛くないんでびっくりしないでくださいね」

 俺はスノウのその言葉を聞いて嫌な予感がした。

「おい、ちょっと待て! 何する気? ねぇ、聞いてる!?」

「すぐ終わりますから、安心してください! ではいっきますよー!」

 スノウはそう言うと、巨大な鎌を振り上げて、

「説明くらいしろおおぉぉ!」

 ものすごい速さで、俺の首元に振り下ろした。

 

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