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俺の死に様と死神の彼女  作者: 卯月 みつび
第三章 二度目の死は突然に
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10/19

 気づくと俺は四回目の銃弾をこの腹に受けて目を覚ました。

 昨日、首元を切りつけられ気を失っていたらしい俺を、スノウが家まで運んできてくれたようだ。家の前で目を覚ますと、スノウは「気にしないでくださいね」と笑顔で帰っていった。いや、むしろもう少し気を使って欲しかったのはこっちだ。そんなつっこみすらいれる余裕はなかったのだが。

 それにしてもこの夢も、もう四回目。いい加減慣れもあるのか、その吐き気を無理やり飲み込みながら俺は洗面所へと向かう。

「啓介、大丈夫?」

 口元を押さえながら洗面所に行くと、先客の母さんがそう言って俺に声をかける。洗面台で軽くえずくと、できるだけ何事もなかったように笑顔を浮べた。

「大丈夫だよ、最近少し体調が悪いだけ」

「それにしたって心配よ。あんまり無理しないでね?」

「わかってる」

 適当にやりすごしたけど、あんまりこういうのが続くと心配かけちゃうな。なんとかしないと。

 俺はそんな事を考えながら、つい昨日スノウの鎌で切られた首元に手を添えてしまう。別になんの傷跡もないが、あれは生きた心地がしなかった。二度とやらないでほしい。心の中で文句を言いつつ、俺はリビングへと向かった。すると、既についていたテレビからの音が耳に飛び込んでくる。

『四日前から相次いで発生している原因不明の死亡事故ですが、本日未明にも発生した模様です。警視庁では――』

「怖いわよね」

「え?」

 突然後ろから話しかけられたかと思えば、俺と同じく洗面所からこっちに来た母さんだ。

「なんだかよくわからない事故が増えているらしいわよ? あんたも気をつけなさいね」

「う、うん」

 俺は曖昧に返事をすると、母さんは今度こそどこかへ行ってしまった。俺は、そのニュースを何の気なしに眺める。別にその事件について何か思った事があるとか気づいた事があるとかじゃない。ただ……四日前って俺が屋上から落ちた日だよな、なんていうことを、ぼんやりと考えていた。

 

 ◆


「と、まあ、とりあえずそんなわけなんだけど……、理解してもらえた?」

 その言葉に眉間にしわをよせる佐立。実は、同じクラスだったスノウと話しているところを見られ、その関係を聞かれていたのだが、正直ごまかすのも面倒だったので最初から全てを話してみた。屋上から落ちる夢の話、その夢と現実との違い。そして銃で撃たれる夢、スノウのこと。おれ自身話しながら「わけのわかんない話だな」と思ってはいたのだが、佐立は思ったよりも大人しく聞いてくれていた。

 そして、俺と佐立の傍らにはなぜだかスノウがいる。まあ、同じクラスだったので違和感はないのだが。

『記憶戻りました? 私、四月からずっと同じクラスにいたんですよ? 啓介さんが忘れていただけで』

 という言葉をどや顔で言われたら、否定するのも億劫だ。佐立は、突拍子もない話にさぞ呆れ果てるだろうと思いきや、

「まあ、話はわかった」

 そんな言葉に俺は面を食らってしまった。

「まじか……、信じてくれるんだ」

 ぽつりとこぼした言葉に佐立は片側の口角を歪めて応える。

「何いってんだ。別に信じてるわけじゃねぇよ。まあ、お前らが言う感じからして嘘言ってるようには思えねぇが。それとこれとは話は別だ」

「って、どういうこと?」

「だってよ。お前が同じ夢を見続けてることや、昨日の鎌の出来事やら、普通じゃ考えられねぇことが起こったんだろ? なら、その原因も普通じゃ考えられねぇことかもしれねぇじゃねぇか。ただ、それが本当かどうかは実際起こらなきゃわからねぇ。そういうことだ」

「佐立って、もしかして頭いい?」

「お前、ぶん殴られたいか?」 

 そういって普段は見ない微笑を浮かべる佐立はスノウ以上に死神だった。


 ◆


 黒板には自習という二文字が並んでいた。

 うちの高校は土曜日でも授業がある。それは校風だからか、勉強させていますというアピールなのかわからないが、慎ましやかに午前中だけ授業があった。まあ、授業と呼ぶのもおこがましい程度の補講用の枠と、ホームルームくらいしかやることはない。

 今日は簡単な全校集会を残し、最早、恒例となっているホームルームと称した自習の時間がやってきていたのだ。

 皆、思い思いに過ごしており、俺もその例に漏れない。佐立とスノウと話をしていた。そんな最中、佐立が唐突に切り出した話題に、俺は思わず息を飲む。

「ところでよ、お前らの話が本当なら、やばいんじゃねぇのか?」

 意識的に目を逸らしていたことへの指摘。俺は、重い腰を上げざるをえない。

「まあ……、そうだよね。今の夢を見始めてもう今日で五日目だから――」

「残された時間はあと二日前後です」

 淡々とスノウが告げる。その言葉に反応してか、背筋に汗が垂れるのを感じる。

「何か手は考えてんのか?」

 その言葉に対して、俺は口を噤むしかなかった。そして、その無言の答えは佐立に伝わったようだ。

「はぁ。そうかよ。なら何か手はねぇのか? 死神さんよ」

 すぐさま質問の相手を切り替えるあたり、佐立は頭の回転は早いのだろう。俺は期待する気持ちを無理やり抑えながらスノウに視線を移す。が、スノウの表情を見ると、その期待すらもおこがましいようだ。

 スノウは苦々しい表情で佐立を見上げていた。

「そう簡単にあるわけないじゃないですか! ないから私達の仕事が成り立ってるんです。それは、一回目は、たまたま? 偶然? 奇跡的に死を免れることができましたけど……あんなの普通はありえないんですよ? 運命を裏切る行動だなんて、私には想像もつきません」

「まあ、そうだよな。でも、このまま二日後に啓介が死んじまうのは二人の本意じゃねぇ。違うか?」

 再びの無言の肯定に、佐立はにやりと口角を上げた。そして、俺の肩を強く叩きながら口を開く。

「なら、どうやったら死を免れることができんのか。考えないとしょうがねぇ、だろ?」

 俺は佐立のまっすぐな言葉に、苦笑いを浮かべることしかできなかった。


「とりあえず、どうやったら死から逃れられるか、だが……。一度目は啓介が絶対やらねぇことをやったから死を免れたらしいじゃねぇか。それをもう一度やるのは無理なのか?」

 佐立がまず机上に上げたのは最も形が見えず、最も不可解な部分。まあ、一度目の死を逃れた理由がそれなのだから、当然なのかもしれないが。

「正直難しいと思います。私だってよくわからないんですから」

「啓介が絶対やらないことをやればいいんだろ? そんなに難しいことかよ」

「難しいですよ……。人が何かをできるっていう可能性って文字通り数え切れないほどあるんですよ? それを掻い潜る道だなんてそうそう見つかるはずがないんです」

「でもよ、啓介みたいに事なかれ主義で、なよっちくて、お人よしなだけが取り得みたいな奴ができることなんてそんなにないだろ?」

「いやいや、それだけじゃないですよ? 天界からもらったデータによると、マイナス思考で劣等感の塊、頭もそんなによくなくて、運動も外見も人並み。加えて、実は巨乳――」

「――ってうるさいよ! 何、人の悪口で盛り上がってんのさ! それになんだよ、その天界からもらったデータって!」

「しかも、切れやすい、と。これもデータに追加しておきますね」

「そっか、啓介ってそうなのか」

 満面の笑みのスノウとニヤニヤしている佐立。二人に対する憎悪をつのらせながら、俺は敢えて静かに言葉を紡ぐ。

「で? その欠点だらけの男がやりそうもないことはわかったの?」

 二人はしばらく考え込んだが、やがて思いついたのか二人揃って口を開いた。

「勇気ある行動?」

「二人の気持ちはよくわかった」

 俺はそれ以上何も言わずに席を立った。


「悪かったよ。冗談だって冗談」

「そうですよ。つい悪ノリしてしまったというかなんと言うか」

 苦笑いを浮かべている二人だったが、明らかに冗談や悪ノリの類ではなかった。本心だからこそ性質が悪いということもあるのだ、本当に。

「まあいいけど」

 俺はぶすっとしながらそう答える。だが、俺も本心から怒っているわけじゃない。とりあえず、話しを進めるために俺は言葉を続けた。

「まあ、俺がその勇気ある行動をして、スーパーヒーローになるのは無理として……、スノウの夢の通りに死が訪れるなら、その状況に陥らないように行動するっていうのは有効なのかな? えっと、例えば、夢で死ぬ場所から物理的に離れるとか、さ」

 スノウは顎に手を添えて考え込む。その仕草は妙に様になっていた。

「そうですね……。あくまで、私達が見たイメージに運命は収束するようになってはいるのですが……時間稼ぎくらいはできるのでしょうか。実例がないからわかりませんが」

「なら、その時間稼ぎだけでもしていかないとね」

 その言葉に、二人は静かにうなづいた。


 ◆


「たぶん……、俺が死ぬのは銀行なんだと思う。カウンターの感じとか、たくさんのソファーとか。窓口みたいなところもあったし」

「銀行か。じゃあ、銃で打たれるっていうのは、銀行強盗の仕業か? なんだか笑っちまう話だな」

 俺の言葉に、佐立は声をあげて笑っている。その感情には激しく同意だ。俺が住んでいる町で銀行強盗が起こったなんて聞いたことがないし、そもそもそいつらが銃を持っていて俺が打たれるなんて、とんだ妄想もいいとこだ。

 しかし、俺はそれを一笑に付すことなどできない。

「ありえない話だとは思うけど、ね」

「でも、未来に起こる現実です」

 スノウの澄ました顔を見ながら、佐立の笑顔は徐々に苦笑いへと移行していった。

「なら、とりあえずの対策は銀行に近づかないってことと、打たれるだろうおなかへの防御策の検討ってことくらいかな。あとは、銀行強盗への対処方法? それ以外は思いつかないや」

「どこの銀行っていうのはわかんねぇのか?」

「んー、ちょっとわかんない。あんまり銀行って行かないからさ」

「まあ、探し回ってる間に殺されちまっても洒落にならねぇからな」

 俺はその言葉に背筋がぞっとした。それこそ冗談じゃない。俺は、死神とかこんな御伽噺みたいなことで死にたくなんかない。少しでも手がかりを、死を免れるような一手を見つけなければならない。それも残り少ない時間の中で。

 いつのまにか無言になっていた俺達だったが、必死に思考を探る最中、俺はあることを思い出した。

「あ――」

「ん? どうした?」

「そういえば、俺、夢の中で知らない女の人と一緒だった」

「知らない女?」 

 俺の言葉に、佐立は訝しげな表情を浮かべていた。スノウは、というと視線をそらして引きつった笑いを浮かべている。敢えて黙っていたんだろうか。

「なんでそこに一緒にいるのかもわかんないんだけど、何か手がかりになるのかな」

「どうだろな。ただ、関わり合いにならねぇほうがいいだろうな。そいつが、その場所に啓介を連れて行くのかもしれねぇからな」

「そうだね」

 俺達は、それ以上の進展がないまま、自習の時間を終えることとなった。


 ◆


 ホームルームが終わり、あとは校庭での全校集会をして学校は終わりだ。だが、そろそろ昼時ということもあり、腹が減る。そのためか、俺達はどこか活気もなく歩いていた。

「佐立は集会終わったらバイト?」

「いんや。今日は休みだ。おふくろが仕事だからな。ガキ共の面倒」

「そっか。大変だな」

「そうでもねぇよ」

 そんな会話をしている俺達の後をスノウは黙ってついてくる。そういえばこいつどこに住んでるんだ? 聞いたことなかったな。

「スノウってそういえばどこに――」

 そんな質問を遮るかのように、校庭の真ん中を一匹の黒猫が通った。俺はなぜだかその猫に目を奪われた。

「あいつ……」

 たぶん俺の家の前に住み着いた黒猫だ。どこか確信を抱きながら俺はその黒猫の後を誘われるがままに追いかけていった。なぜだか、追いかけなきゃいけないような、そんな気がしたのだ。

「ちょっと、ごめん。先いってて!」

「おい? 啓介」

「啓介さん?」 

 二人の声はなぜだか耳には入らなかった。そんな二人を置き去りにして、俺は黒猫の後を走った。



 しばらく行くと、俺は校庭裏の茂みのあたりで猫を見失ってしまった。くそ、どこいったんだよあいつは。腹空かしてんじゃないのか? と、そんな心配をしながら黒猫を探す。

「って、何やってんだよ、俺は」

 探しても見つからない猫に苛立ちながら、俺は額の汗を拭った。この時期に走るもんじゃない。

 そう思いながら茂みから出ると、そこには一人の女子生徒が立っていた。黒猫を胸に抱きながら。

「あ」

「あ」

 見つめあう俺と女子生徒。と言っても、俺が見ているのは黒猫だったのだが。

 男より、女の胸の中のほうがいいのか。それが男の性だよな。と、そんなことを思いつつ、俺は黒猫を見つめる。ほっと息をついてその場を後にしようとしたが――、

「ねぇ、君」

 そんな言葉と女子生徒の険しい表情が俺を引き止めた。何事かと思い女子生徒の顔を見ると、猫を抱きながら胸のあたりをこれでもかと押さえていた。

 そんな女子生徒の仕草と顔を見比べているうちに、俺はあることに気づいた。

「あ――、いやっ、違うんです! そういうつもりじゃ――」

 よくよく見ると、女子生徒の胸元はかなり豊かなことが伺える。制服のブレザーに横しわが入るくらいだから相当だろう。それでいて太った感じがしないとは、相当のスタイルだと予測できた。

「また見てる」

 墓穴を掘った。確認してたらそりゃ見るだろ。でも、最初から見てたわけじゃない! 猫を見てたんだ!

「猫! そう、その黒猫、俺の家の前に住み着いてて! それで見てたんだ!」

 俺の言葉に呼応して、さらに顔をしかめる女子生徒。だったのだが、しばらくすると、ふっと表情を緩め俺に微笑みかけていた。

「なんてね。わかってるよ」

 わかってる? なんだか変な表現に俺は首を傾げた。

 そんな俺の仕草がおかしかったのか、女子生徒はくすくすと笑いながら笑顔を浮かべる。そうこうしているうちに黒猫は女子生徒の胸の中をくぐりぬけ、どこかに行ってしまった。女子生徒はどこか不満そうだったが、それほど気にもせず、俺のほうに近づいてくる。どこか優雅に、大胆に。

「集会終わったら時間ある? 午後、暇かな? よかったら少し話せない?」

「へ?」

「迷惑なら言ってね? じゃあ、待ってるから」

 そういって俺の返事も待たずに走り去っていってしまった。

 なんだったんだ? 

 その言葉が俺の頭の中を支配する。そもそも、なんで女子が俺なんかに話かけてくるのだろうか。しかも、よくよく思い返すと女子生徒はかなり美人だったように思える。

 まるで濡らした後のように輝いている黒髪のロングヘア、背は高めでほっそりとしたその立ち姿はモデルも真っ青だろう、胸もでかい。ほんの僅かな時間だったが、目を合わすと吸い込まれそうだと思うほどの大きな瞳は今も記憶に焼き付いて離れない。そんな女子生徒が話したいだなんて、明日は雨か? いや嵐だ。


 俺は一種の混乱状態に陥りながら校庭へと戻る。うちのクラスの連中が並んでいる場所に行くと、佐立とスノウが声をかけてきた。

「どうしたんだよ、大丈夫か?」

「いきなり走り出すからびっくりしました」

「ああ……、大丈夫だよ」

 俺はそう言いながらさっきの出会いを振り返っていた。考えれば考えるほど現実感がない。呆けている俺を二人は不審さを露わにしながら見つめていた。しかしそれも長くは続かない。間もなく集会が始まる時間になっていた。

「――――近頃、我が校にふさわしくない行動をするものが増えてきていると、近所の方々から苦情がきておりまして――――」

 遠くに校長の話し声が聞こえる。俺はその話を右から左に流しながら聞いていた。しばらくすると退屈な校長の話は終わりを迎えたのだが、突如として生徒たちがざわめきだす。何事かと思い前を見ると、そこには一人の女子生徒が立っていた。そして滑らかに礼をして話し始めた。

「生徒会長の麻生芳あそうかおりです。期末試験が近づいていますが――――」

 そうやって話し始めた生徒会長を見る生徒たちの目は既にピンク色だ。皆、口々に生徒会長の容姿や性格について話し合っている。ほとんどが憧れや尊敬の意を含んだものであるのが、生徒会長の人望を物語っていた。

「あ、あの人……」

「お、どうした。啓介は会長みたいのが好きなのか?」

 俺が会長を見つめていると佐立がすかさずからかってきた。しかし、俺が気になっているのは違うことだ。そう、全く違うことだった。

「やっぱり、天界のデータは正しいですね。あの人はとてもふくよかな胸をお持ちのようです」

 どこかイラついた様子でスノウが言い放った。が、そんなのを気にしている暇はない。俺は必死で記憶を掘り返していた。

「あの人だ」

「あ?」

「さっき茂みであった人……。後で話をしようって言われてさ」

 その言葉にスノウは訝しげな表情を浮かべた。

「どうして、生徒会長さんが啓介さんと話をするんですか?」

「それはわからない……。なんだかそういう話になっちゃったんだけど、いや、それよりも、そんなことが言いたいんじゃないんだ。あの人は――」

 俺の様子はどこか変だっただろうか。いや、おそらく変なのだろう。佐立もスノウも顔をしかめて俺を見ている。俺自身、思考がまとまらないのだから許して欲しい。だが、一つだけ確かな事があった。それは――、

「俺の夢に出てきた人、あの人だ」

 そう、俺が銃弾を受けたその横で泣いていた女子生徒。必死の形相で俺を見つめていた女子生徒は確かにあの人だ。

 

 俺の夢に出てきた人は、二つ年上の、全校生徒から絶大の信頼を集める生徒会長その人だったのだ。


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