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俺の死に様と死神の彼女  作者: 卯月 みつび
第三章 二度目の死は突然に
13/19

「静かにしてれば、何もしない! とにかく、そこにじっとしてろ!」

 覆面の男のリーダーらしき人物が、うずくまっている俺達に向かってそう怒鳴る。空気がビリビリと震え、それが体に共鳴し俺の体まで震えてきた。いや、これは恐怖からくるものだろうか。隣をみると、芳先輩が俺の手を握って俯いている。気丈に振る舞ってはいるが、やはり怖いのだろう。俺だって怖い。何せ、これから死ぬかもしれないんだから。

 と、思考が落ち込みきるまえに頭を振って気を取り直す。思いも寄らないタイミングで訪れた死の機会。なんとしても乗り越えなければならない。だが、その決意とは裏腹に、俺の手と膝がひたすらにがくがくと震えている。

「啓す――」

 芳先輩はふと俺を見上げて話しかけてたが――、

「おい! 静かにって俺は言わなかったか?」

 という覆面リーダーの言葉によって芳先輩の言葉は打ち消された。それと同時に芳先輩のか細い体が、覆面リーダーの足蹴によって倒される。

「あぁっ!」

「芳先輩!」

 とっさに駆け寄ろうとするが、目の前に立っている覆面リーダーが俺に黒光りする銃を向けてきた。

「じっとしてろ、とも言ったよな?」

 俺は銃を向けられた重圧と覆面リーダーの言葉に気圧され、動くことが叶わない。

 ふざけんなよ。本物かよ! 今度こそ、俺、本当に死ぬのかよ!

 そんな叫びが頭の中に鳴り響くが、俺の体は音を立てず動かないことに勤しんでいる。目線だけでも芳先輩に向けると、芳先輩は目を潤ませて体を両手で包み込みながら震えている。それはそうだ。俺だってさっきから体の震えが止まらない。

「もう一度言う! 静かにしろ、動くな。これだけ守ってりゃ命くらいは助けてやるよ」

 覆面リーダーの言葉が、しきりに頭の中でリフレインされていた。


 ◆


 静かになった銀行の中で、銀行強盗達は、両替機やカウンター内の現金を鞄へと詰め込んでいく。その間も、リーダーらしき男は俺達や外の物音などを警戒していた。それゆえに、俺達は身動きもできずに、じっとしているしかない。芳先輩は、地面をじっと見つめながら唇をかみしめている。

 先輩……怖いよな。そうだよな。俺だって、こんなに。

 そういいながら手を見つめる。肉眼でさえわかるほどの震えだ。

 情けないな……。きっと、父さんなら――。と思った瞬間に、何かが落ちる音が銀行内に響く。携帯電話だ。その携帯電話は、芳先輩の鞄から零れ落ちていた。芳先輩の顔が恐怖に染まる。既に顔面は蒼白で歯がガチガチと音を鳴らしていた。

 まさかの事態に強盗の顔を見ると、じっと携帯電話を見つめている。そして、ゆっくり芳先輩のほうを見ると――、

「ふざけんじゃねぇぞ! このくそ女!」

 空気がびりびりとするほどの大きな怒声が響く。人質も俺も芳先輩も、反射的に体が強張る。そんな中、遠くでサイレンの音が聞こえてきた。なんてタイミングが悪い。

「お前かぁ! あぁ!」

「ち……、ちがっ、――あっ!」

 覆面リーダーは問答無用で芳先輩の顔を叩いた。そして、作業をしている仲間をみると、すぐさま指示を出す。

「やられた。さっさと逃げるぞ! 急ぎやがれ!」

 芳先輩じゃない。それは見ていたからわかる。芳先輩は鞄の外ポケットに入っていた携帯電話を落としてしまっただけなのだ。そう、芳先輩じゃない――佐立だ!

 俺はここにいない友人の名前を大声でさけんだ。むろん心の中でだが。佐立が通報したとは限らない。が、警報機すらなっていない状況で通報する人物、迅速な対応、佐立しか思いつかない。スノウはきっと通報などはしないだろう。サイレンの音は徐々に大きく鳴り響いてきており、銀行強盗達に焦りが生まれているのがわかる。

 覆面の男達は一斉に非常口へと向かっていた。おそらく、最初から逃走経路は決めていたのだろう。皆が乱れなく走っていく。覆面リーダーはというと、皆が非常口に近づくまで、俺達を銃で牽制していた。そして、頃合を見計らって俺達に背中を向けた瞬間、覆面リーダーは何かを思い出したようにこちらに近づいてきた。

 そしておもむろに芳先輩に銃口を向ける。

「ひっ――」

「お前のせいで計画は失敗だよ。だから死んどけ。一人撃っちまったんだ。いまさら二人目も変わらねぇ」

 芳先輩は最早、後ずさることすらできない。

 やばい! やばい! やばい!

 そんな中、俺の中の警笛は鳴り響いて止まない。芳先輩が殺される。そんなこと、あってはならない。そんな危機感に体が支配されていくが、一向に俺の身体は動かない。

 なんでだよ! 動けよ、俺の身体!

 必死で叫んでも、俺の身体は微動だにしない。俺の身体に圧し掛かる恐怖は、どこまでも協力な拘束具となっていた。

 情けない! 情けないだろ、俺! こんなんじゃ、何も変われない、今までと変わらない! 変わらないじゃないかよっ!

 涙が出そうになる。噛み締めている歯は軋みを上げる。それでも俺の身体は動かない。そんな中、俺はなぜだか昔のことを思い出していた。ずっと昔の、大きな父さんの背中を思い出していた。


――――


「なんでお父さんはたくさんの人を助けたりするの?」

「お、なんだいきなり」

 駐車場で車を洗っていたお父さんに、僕は単純な興味からそう問いかけた。

「だってね。この前のお出かけも、知らないおじさんをどっかに送り届けて終わっちゃったし。その前は、友達にお金を貸したからお金がないって言ってキャンプに行けなくなっちゃったし……」

 僕がそういいながら俯いていると、お父さんは僕の頭をがしがしと撫でながら笑顔を浮かべた。

「ごめんな。父さん、困ってる人見てると、放っておけないんだよ。お前達には悪いと思ってるんだけどな」

 そういって笑うお父さん。笑っているけど、なんだか困ったようにしているのは気のせいだろうか。

「でもな、啓介。お父さんは確かにお前達に迷惑をかけてるし、悪いと思ってる。約束も破ったこともある。お前達にとって、あんまりいいお父さんじゃないのかもしれないが……」

 そこまで言うと、お父さんは急に真剣な顔を浮かべる。そして、僕の肩をつかむとゆっくりと言葉を紡いだ。

「俺は、俺に嘘をつきたくないんだ。俺の心の動いたままに、俺は行動しないと後悔すると思うんだよ。だから、だからな。どうしても、困った人は放っておけないんだ。こんな父さん、啓介は嫌か?」

 僕はそのお父さんの言葉を聞いて、心底かっこいいと思った。困った人を自分の信じるままに助ける。

 それってヒーローじゃん。

 純粋にそう思った。遊びにいけなくなったりするのは寂しいけど、それで助かる人がいるならいいのかな、と思った。

「うん。かっこいい!」

「そうか! わかってくれるか!」

 そういって、僕を抱き上げ高く掲げる。

「お前も、自分の心のままに生きていけ。そうしたほうが、きっと後悔しないで生きて行ける」

「うん!」


――――


 そうやって、無邪気に俺は笑っていた。そして、父さんのようになりたいと心から思っていた。

 けど、現実は違う。我が身かわいさに、いじめられても抵抗すらできなかった臆病者だ。父さんのようになりたいと願ったことすら忘れていた、ただの臆病者なのだ、自分は。

 ここにいるのが父さんだったなら。

 そんなことを思う自分がいる。もし俺が父さんだったら、目の前の芳先輩もうずくまっている人達もどうにかして救ってしまうのかもしれない。そうだよ。父さんさえいれば!


 けど、ここには父さんはいない! いないんだ!


 そう心で叫んだ瞬間、俺はおもわず飛び出していた。別になにがしたいとか、具体的に考えていたわけじゃない。ただ、父さんがここにいないなら、今だけでも俺が父さんみたいにならなきゃ誰も救えない。ただ、そう思っただけだった。

「待てええぇぇぇぇ!」

 俺は、芳先輩に銃口を向けている覆面リーダーに向かって走り出した。そして、その勢いのまま覆面リーダーに突っ込み、突き飛ばす。

「芳先輩!」

 叩かれた芳先輩に、手を差し伸べようとしたが、何かを感じ俺はふと視線向けた。そこには激情を浮かべる男が俺を睨みつけていた。

「だめぇーっ!」

 耳介の奥に飛び込んでくる芳先輩の声。その声に反応して、俺は再び芳先輩へと視線を向ける。

 なんで泣いてるんですか? 先輩。

 見ると、芳先輩は目に涙を浮かべていた。そして、俺のすぐ横で乾いた破裂音が響いた。刹那、俺の横っ腹に衝撃が走る。

 ああ、そうか。だから泣いてたのか。

 瞬時に現状を理解した俺は、そのまま床へと倒れ込んだ。


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