恋愛音痴
静かな街並みは、太陽の熱に焼かれて、ぐにゃりと柔らかくなっているようだった。
道路を歩く孤独な人々は、あまりの暑さに頭を抱え、右往左往している。
しかし、青花模様が描かれた美しい窓越しには、俺とおしゃれで可愛い彼女――黎思妙がいた。店内の冷房が生み出す涼しい風を浴びながら、絶品としか言いようのない焼肉を味わっている。
互いに笑い合い、冗談を言い合う。時折、指先が触れ合うこともあった。そんな時、彼女はいつも甘く可愛らしい笑顔を浮かべる。
周囲の誰も知らないこの恋人関係を築いてからというもの、俺は彼女と共に、笑い声に満ちた時間を何度も過ごしてきた。
――もしかしたら、俺たちには本当に素晴らしい未来が待っているのかもしれない。
そう思っていた。
……けれど。
最後に残った、たっぷりとタレの染み込んだ焼肉だけは、絶対に誰にも譲れない。たとえ相手が彼女でも。
俺は先手必勝とばかりに、素早くその肉を奪い取った。
顔を上げると、彼女は震える手で箸を置いていた。
以前なら、取り損ねた時には甘えるように「お願い」とねだってきたはずなのに。
彼女は横顔を見せていた。
白く透き通るような肌と、金色の長い髪が陽光を浴びてまばゆく輝いている。けれど、その反対側には、どこか暗い影が落ちていた。
「ねえ……郭錫……」
彼女の声には力がなく、言葉も途切れ途切れだった。
深く考える必要もなかった。俺には彼女の意図が分かってしまった。
俺は焼肉を皿に置く。
そして、恥ずかしそうに俯く黎思妙――俺の彼女の代わりに、その言葉を口にした。
「……別れよう」
「え?」
正直に言えば、デート中に喧嘩もせず、怒り合うこともなかった恋人同士が別れるなんて、かなり珍しいことなのだろう。
黎思妙は明らかに慌てているように見えた。
けれど、長い時間を一緒に過ごしてきた俺には分かった。
彼女の心は、むしろ少し軽くなっていた。
「柳先輩……昨日、君に告白したんだろ?」
「え?! う、うん……」
彼女は驚いた後、申し訳なさそうに顔を伏せた。
何も言わない。
きっと、何を言えばいいのか分からないのだろう。
「えっと……彼に伝えておいて。告白する時は、もう少し人目につかない場所を選んだほうがいいって。誰かに見られたら、あまり良くないから」
そう言い終えると、俺は立ち上がった。
一歩踏み出した瞬間、眉間にしわが寄り、顔には自然と寂しげな表情が浮かんだ。
……たぶん、俺はそういう男なのだ。
黎思妙は引き止めなかった。
もう、俺たちはそんなことをする関係ではなくなっていた。
店を出た瞬間、熱気が一気に押し寄せてくる。
俺はすぐに遠くへ歩き去りたかった。
さっき自分が言ったような、ただの通行人になりたかった。
それなのに。
視線は自然と、窓際を通して店内へ向かっていた。
確かに、彼女は俺を裏切ったと言えるのかもしれない。
それでも黎思妙は、落ち込んだ表情のまま、そこに座り込んでいた。
麦穂のような金色のアホ毛は、力なく頭の上に垂れている。
その姿を見た瞬間、俺の心は不意に震えた。
胸の奥には、断ち切ることのできない憂いが生まれていた。
【くそっ!!! まだ一皿焼肉が残ってるのを忘れてなければ……どんなことがあっても帰れなかったのに! おい、黎思妙……ちゃんと全部食べるんだぞ】
最後の焼肉への未練と、届かなかった想いへの絶望を抱えたまま――太陽は憂鬱そうに沈み、そしてまた昇っていった。
翌日の強烈な日差しが部屋へ差し込む。
すると、全身に気だるさが押し寄せてきた。
昨日の出来事は、今でも鮮明に思い出せる。
本当なら、ずっと家に引きこもっていたかった。
しかし今日は学校の日だ。
世界で一番、超絶可愛い妹に挨拶を済ませた後、俺は名残惜しさを抱えながら家を後にした。
…………
「え?! 本当にあの二人、付き合ったの?」
「そうだよ! 今日一日で学校中に広まったんだから!」
クラスの何人かが、俺にとってはすでに知っていた恋愛話について盛り上がっていた。
学年でもトップクラスの美少女――黎思妙と、俺みたいな目立たない存在が釣り合わないことなんて、誰が見ても明らかだった。
だから、もし誰かに関係を聞かれたら面倒なことになる。
それも、俺たちの関係を隠していた理由の一つだった。
そして、二つ目の理由。
それが柳河川だ。
柳河川もまた、学校では滅多にいないほどの超絶イケメンだった。
さらに、校内バスケットボール部の主力選手。
人気者である彼に、黎思妙も決して悪い印象を持っていなかった。
そんな二人の影響力は凄まじく、今朝早くから学校中に大きな衝撃を与えていた。
黎思妙の俺への想いが嘘だったわけじゃない。
でも、柳河川と比べてしまえば、俺なんて所詮二番目の……予備の存在でしかなかった。
そう考えているうちに、胸の奥が少しずつ締め付けられていく。
まるで底の見えない穴に落ちていくような、空虚な感覚。
……やっぱり、昨日の焼肉はちゃんと食べ切ったのか聞きに行くべきなのだろうか。
でも、不思議な話だ。
付き合っていた頃は、関係を隠すために学校ではほとんど接点を持たなかった。
なのに、別れた後のほうが、互いに視線を交わすことが増えていた。
彼女の瞳は、鮮やかな赤色をしている。
まるでルビーのような輝き。
けれど今日、その宝石の中には少しだけ濁りが混じっていた。
哀しみと、申し訳なさが。
席に着いた瞬間、俺は机の中に入れられていたいくつかのお菓子に気づいた。
誰からのものかなんて、考えるまでもなかった。
彼女からの贈り物だ。
……でも、俺は一つも口にしなかった。
昼休みのチャイムが鳴り、人の流れが一気に動き出す。
噂好きな連中は柳河川と黎思妙の周囲に集まり、甘ったるすぎて少し胸焼けしそうな恋愛話に耳を傾けていた。
そんな中、俺は一人で屋上へ向かった。
錆びついた鉄の扉を押し開ける。
「ギィ……」
金属が擦れる音が響く。
そこには、黒い長髪の少女が静かに座っていた。
彼女は俺に気づくと、軽く手を振る。
その姿は、まさに絵に描いたようなお嬢様だった。
陳墨妍。
高校三年生の先輩。
以前、生徒会の仕事を通じて知り合った人物であり、俺と黎思妙の関係を知っている数少ない人間の一人でもある。
今日の彼女は、なぜかいつも以上に機嫌が良さそうだった。
先輩の弁当箱の中身は、ほとんどが野菜だった。
本人曰く、「体型を維持するため」らしい。
高校に入学したばかりの頃から知っている異性の友人。
そんな彼女が数ヶ月前、突然「黎思妙みたいなスタイルになりたい」と言い出したことがあった。
そして俺には、その理由も分かっていた。
俺は彼女から二メートルほど離れた場所に座った。
しかし――
先輩のほうから、わざわざ距離を詰めてきた。
久しぶりに感じる、甘いオレンジの香水の香りが鼻腔へ入り込む。
「君……小黎と別れたの?」
先輩の暗紫色の瞳が、真っ直ぐ俺を見つめる。
その視線に、少しだけ気まずさを感じた。
「そうだよ。別れを切り出したのは俺だから」
俺は何でもないような顔で、何気なく綺麗な弁当箱を開いた。
中には、妹が愛情を込めて一生懸命作ってくれた弁当が詰まっていた。
仕切りの中にはさらに、『お兄ちゃんへ』と書かれた手紙まで入っている。
その瞬間。
俺の魂は救われた気がした。
黎思妙との恋人弁当と比べるなら、これはもう宮廷料理――いや、国賓級の食事だった。
陳墨妍先輩は、それ以上俺の恋愛について深く聞いてこなかった。
たぶん、俺の恋愛事情に興味がないのだろう。
以前から彼女は、黎思妙に関する話を聞きたがらなかった。
そして、自分から話題を変えた。
「わあ! なんか君のお弁当、すごく美味しそう!」
感嘆の声を漏らしながら、彼女は近づいてくる。
温かな吐息が、一瞬だけ俺の頬を撫でた。
「おい! 近づくな! 唾がご飯につく!」
俺は怒鳴る。
……しかし、その瞬間。
足元に妙な感触が伝わってきた。
視線を下げる。
先輩は普段の学校制服の下に、色気のある黒いストッキングを履いていた。
擦れる音と感触が伝わり、思わず唾を飲み込む。
……たぶん、これは呼吸の熱のせいだ。
そうに違いない。
なのに、頬には突然赤みが広がっていた。
「ふふっ。気づいた?」
彼女は軽く言ったつもりなのだろう。
けれど、頭は正直に横へ逸らされ、どこか恥ずかしそうだった。
記憶の中では、彼女はこんな色っぽい格好をしたことなんて一度もない。
今日、もし突然気まぐれを起こしたわけじゃないのなら――
「田先生が選んでくれたの?」
俺は甘い味付けの唐揚げを味わいながら尋ねた。
すると先輩は突然、
「あ……」
と声を漏らした。
そして、決意を固めたようにこちらへ振り向く。
その瞳には、複雑な感情が宿っていた。
少し嬉しそうで。
でも、それ以上に――どこか悲しげだった。
「ち……違……違う……」
言葉が途切れ途切れになる。
……まさか、本当に変なスイッチでも入ったのか?
その時。
再び扉が開いた。
そこに現れたのは、二十五、六歳ほどに見える人物だった。




