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2:捕縛、あるいは儀式の始まり

 手にしたカップの影が伸びていることで、ルネは夕暮れが近づいてきていると気づいた。

 姉ソフィーたちが廃墟に向かったのは昼前だったから、もう随分と時間が経っている。リョウタもいることだ、余り心配はしていないが、それにしても。もしかしたら、オークの残党と言っても、どれぐらいいるのか分からない。苦戦しているのかもしれない。自分が。自分も。カップの持ち手にかかる指に自然と力がこもる。分かっている。分かっているんだ。自分の魔法は広範囲魔法、廃墟のような室内での戦闘には向かない。二次被害が広がってしまう。自分に、力がないばかりに。

 魔法の制御は、基本的に放出するよりも絞り込む方が魔力を使う。より限定的に、より細く、より精密に使う事は、センスは元より経験がものをいう。ルネにはどちらもない事を、自身が一番よく知っている。小さく溜息を吐く。

「向いてないのかな、冒険者」

 かたりと誰もいない部屋にカップを置く音が小さく響く。

 机の上、目の前に広げられたものに視線を落とす。

 一枚の地図。

 イストワール、彼女たちの世界は八つの国に分かれている。この世界には八人の神様がいて、それぞれを信仰する民たちが各々に国を作った。千年前の話、寝しなに聞いた御伽噺の一節。そして、神様は『最初の八人』と今では呼ばれている異世界転生者<ノーヴィス>を召喚し、国の根幹、魔法体系や文化、農耕や畜産など生活基盤を作り上げたのだと、そう昔から聞いていて。

 そのうちの一人が、この世界中を歩き回って、『はじまりの地図』を作り上げたという。

 それ以降、世界中を同じく歩き、地図を更新し続ける冒険者たちがいる。彼女も、それを目指していた。目の前にある地図も、自分が今描きつつあるものである。だから、彼女自身は余り戦う事自体が得意ではないのだけれど。

 そう言えば。

「この辺に集落があるなんて、知らなかったな」

 集落を形成するには条件がある。一つ、住民が十人以上もしくは三世帯以上が住んでいる事。もう一つは、祈祷場がある事。後者の条件は、国への所属を明確にするためである。国には一つだけしか神がいない。だから、国が崇拝している神への信仰心を示す祈祷場を設けることで、その国への所属を示すのである。

 席を立ち、窓の外を眺める。

泊まっている二階の部屋から眺める家の数からすれば、おそらく三世帯以上いたように思える。訪れた時には成人男性を見かけなかったけれど。でも、集落としては機能しているのだろう。だから、必ずある筈。逆を言えば、祈祷場がないこと自体が不自然だとも言える。彼女がいる場所からはそれらしき建物は見えなかったけれど。

 広げた地図にはこの場所に集落があるという記載はない。

 ひょっとして新しく出来た場所なのかもしれない。

 それなら、申告しなければいけない。

 国の施政は地図に基づいて行われている。何処にどんな町や村があって、オークたちの危険性や農作物などの物流がどうなっているかを整理し、管理をしている。この一帯であれば、管轄はオーク狩りを依頼した領主ハルベルト卿だと思うのだけれど。

 残党狩りの報告と一緒に、この村の話もしなければ。

 ルネは、祈祷場の位置を確認するため、椅子から立ち上がった。もうじき帰ってくるかもしれないけど、そこまで確認に時間は要さないだろう。そう思ってのことだった。

 宿の扉を開けると、丁度そこには女将が立っていた。

「おや、どうなされました?」

「あ、あの、祈祷場を確認しようと思ってまして」

 突然、目の前に現れたせいで、しどろもどろになってしまう。この慌てる癖、いつも姉にからかわれている。治したいのだけれど、性分なので、どうしようもない。

「ああ、そうでしたか」

「あ、あの、その、女将さん、は?」

「いえね、そろそろお夕飯の時間だから、どうなさるかと思って。まだ皆さん、お帰りになってないでしょ?」

 確かに、もうそんな時間だった。

「あ、でも、皆、帰ってきてからで、大丈夫です」

「そうですか? じゃあ、またお呼びしますね」

 気さくに笑って、女将は階段の下へと降りていく。

「あ、あの!」

 その背中に声をかけた。怪訝そうにこちらを振り返った横顔。

「あの、祈祷場って、その、何処にあるんでしょうか?」

「祈祷場、ああ、はいはい。それならね、ここを出て、左の道を真っ直ぐ行けば見えてきますよ」

 宿の部屋、その窓からは反対側に当たる。

 どうりで、見えなかったわけだ。

「あ、ありがとうございます!」

「いいえ、いいんですよ」

 女将に会釈しながら、ルネは階段を降りて行った。


 宿を出て、左。

 開けた道の先には、確かに祈祷場と思わしき直方体の建物が見えていた。祈祷場は華美にしてはならない。それがルール。『最初の八人』のうち一人が『神への信仰は荘厳であってはならない、だが真摯でなければならない。虚飾は虚栄を招き、質素は真の信仰を生み出す』そう言ったのが始まりだという。

 そう言えば、もう夕食時だというのに、通りには誰もいなかった。活気があるとは、とても言えない。いかに小さな村とはいえ、この時間になれば帰路を急ぐ人たちがいるはずなのに。そう思いながら、一人道を歩く。何の音もしない。子供の喧騒も、夕餉の支度をする声も。匂いもない。まるで自分一人が取り残されているかのような錯覚。寂しさを胸にしまい込みながら、ルネはただ歩く。

 祈祷場の入り口が見えたところで、一つの人影が目に入った。

 頭まですっぽりと覆われた灰色のコート、小柄な姿。麻布で編まれたような細長い袋を一つ引きずっている。狩の帰りだろうか。だとしても、何故、祈祷場に。一日の収穫を感謝するにしても。普段、そう言った祈祷は朝、狩りや仕事に行く前にするのが通例である。この村特有の文化なのだろうか。

(確かに、狩りが終わってから感謝した方が、理には適っている、のかな?)

 漠然とそんな事を思っていると、人影が祈祷場へと入っていくのが見えて。

 ルネもその後を追うように、小走りに近づいて行った。


 祈祷場。

 質素でなければならない、その思想通りに細長い造りのその建物はできていた。座り、祈りを捧げる用の長椅子が左右に十脚ずつ、真ん中に広い通路が設けられて、入り口とは反対側の壁には神を象った彫像が置かれているだけ。何処にでもある造りのそれ。けれど。

「あれ……は?」

 祀られている彫像。

 この一帯は、牡牛神スピリトゥス・メンダキオルムを信仰しているはずである。故に、そこにいなければならないのは、牛を携えた女神の似姿でなければならない筈。それなのに。

 祀られた彫像。

 それは、下半身が人、上半身が馬の、弓を携えた男の神の似姿。

 知っている。いや、知らない。

 その神が何であるかは知っている。けれど、そんな神を信仰している民など、この世界にいるはずがないのにと。彫像は彫像である。だが、雄々しいその馬の顔、それが持つ意味に、彼女はその祭壇を何よりも禍々しく感じていた。

 その神の名を、人は口にしてはいけない。

 彼らは悪魔である。

 彼らは世界を呪うものである。

 彼らは。

 ずると袋を引きずる耳障りな音が、その場に鳴り響く。

 半人半馬の神、その彫像の元に一人の司祭が跪いている。後姿からは性別が見て取れない。何故なら、その体躯は、成人のそれとしては異様に大きく、男だとしても大き過ぎたから。そして、ローブから覗く指先は酷く醜く膨れている。

 コートの人影は、司祭の前に立ち止まると、袋を置いた。

 振り返り、深い感謝を示すように頭を下げる。その顔は。

「オーク……?!」

 思わず、声が漏れていた。

 だが、二人は別段驚いたようでもなく、ゆっくりとルネへと向き替える。

 足元に置かれた袋。

 その中に見えたのは。

「……っ!」

 声にならない悲鳴が口をついていた。

 あったのは。

 首をもがれた死体。首だけになった死体。そして、もはや原型を留めていない死体。

 首の一つは、見覚えがあった。

 そうじゃない。皆、見覚えがないわけじゃない。あの服は。あの体格は。あれは。

 かつて自身の仲間だったもの。

 そして、コートの中にあるのは、エルフの少女の姿。

 ただ、リボンで一つに束ねた髪の色は、血のように赤かった。


「エヌ様」

 エルフの少女にオークの司祭は呼びかける。

「分かってるよ、殺さない。ただ」

 袋に繋がっていた紐から手を放し、フードを脱ぐ。

「どれくらいなら痛めつけても?」

「出来れば、無傷が好ましいのですが……ただ、手足の一本くらいは、致し方ないかと」

「分かったよ」

 エヌ、そう呼ばれた少女はゆっくりとルネへと近づく。向こうは、未だ震えているように見える。おそらくは、気が動転しているのだろう。

 刹那。

 彼女は両手を前に突き出し。ぼうとルネの身体が青白い光を帯びていく。どうやら、戦うつもりになったのらしい。異世界転生者<ノーヴィス>でない限り、この世界に住むものが使える魔法の属性は限られている。それは神の加護、権能による祝福によって異なる。自らの主神が司る属性だけを、使うことができる。そして、彼女が何を使うのかは、既にエヌは知っていた。彼女の主神は牡牛神スピリトゥス・メンダキオルム、司るは土、操るは冷気。故に。

「アイスジャベリン!」

 ルネの叫びと共に、虚空に青白い氷の槍が顕現し、風を纏いながらエヌたちへと投げ放たれた。

 だが。

「掠奪権能【合成】、僕はウィンドシールドを基に、フレイムアンカーを合成する」

 獅子を象った権能紋章が瞳に浮かぶ。

 ウィンドシールドは自らの周りに風の盾を、フレイムアンカーは呼び出した炎を固定するもの。故に。

「合成魔法フレイムシールド」

 彼女らの前に炎の盾が現れ、槍を全て溶かし砕いていた。

 魔法を見てから詠唱しても間に合わない。魔法とは、世界への干渉である。神の力を持って、自らの想念により、世界を歪める力。故に、明確なイメージを持たなければ十全な機能を果たさない。彼女は知っていた。既に、ルネが何をしようとしていたかを。読心ではなく、勘でもなく、知識として。

 それを、少女は知らない。

 発動した魔法、即座に対応されたことに、驚愕を隠せないでいた。

 だが、尚も彼女は次の攻撃へと移ろうとしている。マナの光が身体を再び包み。

「掠奪権能【生成】、僕はルガーP08を生成する」

 矩形の権能紋章と共に、左手に一丁の拳銃が握られ。

 ルネが魔法のイメージを完了させる、その前に、タンッと短く銃声が鳴いていた。

 放たれた銃弾は彼女の薬指を抉りながら、左肩へと食い込んで。

 短い悲鳴が聞こえ、思わず床へと倒れこんでいた。

「今のうちだよ」

 エヌが声をかけると、司祭はローブから取り出した笛を吹いた。甲高い歌声が建物中に響き。そして。がたりと入り口の扉が開かれた。

 向こうにいたのは、無数のオークたち。

 何事か、理解を出来ないでいる少女の身体を押さえつけると、紐で縛りあげて、何処かへと連れ去っていく。

「これで、儀式の準備は整いました。ありがとうございます、エヌ様」

 手にしていた拳銃を地面へと放ると青白い光を帯びながら、虚空へと消えていく。

「あのさ」

 エヌは、少し困った顔で振り向いて。

「様ってつけるの、やめてよ。僕は、君たちと対等なんだから」

 そう、苦く笑った。


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