勇者婚姻の儀をあげる
その後。
俺とリーラの結婚式が急遽行われる事になった。
魔族の侵攻により暗くなってしまった里に明るい話題をとシュリが取り計らったのだ。
俺はといえば、エルフの女衆からエルフ族の正装に着替えるよう指示され、着替えをしているところであった。
この里の特産品は主に薬品類と、シルクだ。
森の薬草やユグドラシルの葉を用いて作られる薬品は良品として有名であるし、エルフの里産のシルクといえば貴族御用達の品だ。
この里のエルフ達はヤマト王国との国交があるので、定期的に彼らの作るエルフの里産の品と食料や衣服、金属類や小物などの生活必需品を取引している。
そのため、彼らの普段の服装はヤマト王国の王都の人々とあまり変わらないのだが、それでも彼らが作るこの里特有のいわゆる"エルフらしい"衣装は存在する。
エルフ達の正装はシルク製の1枚の長い布を決められた形で身体に巻く形だ。
更にそこに木などで作られた装飾を身に付ける。
新郎新婦は普通の人よりも装飾を過度に。
主にこの正装は祭事ごとの時に用いられる。
収穫祭やこういった婚姻の際などには皆この衣装を着るのだ。
ちなみに俺は着方がわからないので、女衆に着替えを手伝ってもらっている。
鏡を見たが、俺の髪は白いままだ。
髪が生え変わるまでは白いままだろう。
まぁ、ララがお揃いだと喜んでいたので、これはこれでアリかと思うわけだが。
着替えが終わったので、次に移る。
エルフの婚姻の儀では新郎が狩りを行い、その成果を皆に振舞うのだ。
更にその狩りは1人で行わなければならないとされている。
その話を聞いた俺は着替えを済ませると、森に出た。
森からはすっかりアンデッドは姿を消しており、やはりララが倒した死霊侯爵ガミジンがアンデッドを召喚していただろう事がうかがえた。
森にはアンデッドが姿を消した代わりに動物や魔物が戻ってきていた。
この森の姿が恐らく通常の状態なのだろう。
俺は今までよりも楽に猪や熊を発見し、狩ることができた。
エルフ族の衣装を汚さないように気を付けながら獣の血抜きを行い、無限収納に死体をしまっていく。
1時間ほど狩りを行い、熊3体と猪8体を狩る事に成功した。
エルフの里にはおよそ500人ほどのエルフがいるが、これだけ狩ればとりあえず全員に行き渡るくらいの肉は確保できるだろう。
俺は意気揚々と里に戻った。
婚姻の儀は夕方から行われる。
もう日暮れまであまり時間がない。
俺は狩ってきた獣をエルフの男衆に預け、リーラの家に向かった。
エルフ族の正装に着替えたリーラは大変よく似合っていた。
いつも後ろで複雑な形に髪を編んでいるリーラであるが、今日はその長い髪を下ろしていた。
エルフの女衆は婚姻の儀が終わると髪を切る事が許される。
この長い髪は今日で最後だということで、婚姻の儀の日だけはエルフの女衆はその長い髪を下ろすのが通例なのだそうだ。
「リーラ。よく似合ってるな」
「サタンも。まるでエルフ族みたい」
微笑むリーラの手を取り、俺達はリーラの家を出た。
狩りを行なった後は、里の長老達に挨拶をしに行き、婚姻の儀を執り行うことを報告するのだ。
俺達が結婚する事は既に里の者全員の知るところであるが、こうやって新郎新婦2人で長老の家々を回るのが慣例なのだそうだ。
早く挨拶を終えないと日が暮れてしまう。
俺達は逐一話の長いエルフの長老達に一人一人挨拶をしながら、家々を回った。
そして挨拶回りが終わると、いよいよ婚姻の儀だ。
里の広場の中心には大きな焚き火が焚かれている。
そしてその周囲をエルフ族達が囲んでいた。
その中にはエミリア達の姿もある。
広場の一角では俺の狩ってきた獣が調理され、里の人々に振る舞われていた。
俺とリーラは焚き火のすぐ近くにいる。
そして俺達の間にはシュリが神妙な表情で立っていた。
「これより、リーラ・ユグドラシルとディスアスター・サタン・ヤマトの婚姻の儀を執り行います」
シュリはそう宣言すると、まずリーラを見た。
「リーラ・ユグドラシル。夫ディスアスター・サタン・ヤマトを生涯愛する事を聖樹ユグドラシルに誓いますか?」
「はい。誓います」
次にシュリは俺を見た。
「ディスアスター・サタン・ヤマト。妻リーラ・ユグドラシルを生涯愛する事を聖樹ユグドラシルに誓いますか?」
「ああ、誓う」
「それでは誓いを交わして下さい」
リーラは俺の右手を取ると、その甲にキスを落とした。
婚姻の約束をする時は男が女の手の甲にキスをし、女が男の額にキスをすれば婚約成立だ。
そして婚姻の儀ではその逆を行う。
こうしてお互いに誓いを交わすのだ。
俺はリーラの長い前髪を掻き分け、その額にキスをした。
「2人は夫婦となる事を聖樹ユグドラシルに認められました。これから悠久の時を共に歩む2人に祝福を」
エルフ達から一斉に歓声が上がった。
これで俺とリーラは夫婦となった。
リーラの顔を見ると、リーラも俺を見ており、目が合った。
そしてリーラはニコリと微笑んだ。
婚姻の儀が終わった後は宴だ。
エルフの宴は独特だ。
笛とリュートで音楽を奏で、男女で炎の周りで踊るのだ。
踊りといっても、手を繋ぎ左右にリズムを取りながら揺れ動くだけである。
そこに作法はない。
主役はもちろん俺とリーラであるが、この宴の場では男衆が気になる女衆を踊りに誘い、踊るのだ。
未婚のエルフ達にとっては婚姻を決める大事な宴である。
2人で手を繋ぎ踊る俺とリーラの周囲には何組もの男女が踊り始めていた。
この中の何組かは、婚姻の儀をするのだろうか。
そしてその何組かが婚姻の儀を開き、宴が行われ、そしてまた新たな夫婦が誕生するのだ。
リーラと一頻り踊った後はエミリア達とも1人ずつ踊った。
彼女達もエルフ族の正装に身を包んでいた。
中々見ない格好であるので、大変新鮮に映った。
「こういうのも良いわね」
エミリアと2人で踊っている時。
エミリアが目を細めながら言った。
ちなみにリーラはエルフの子供達に囲まれて楽しそうに笑っている。
「堅苦しい社交界と違って、作法もない。ただ楽しく軽快な音楽に耳を傾けて、愛する人と踊る。私、実はダンスはあまり好きじゃないんだけど、こういうのだったら好きだわ」
「そうだな。俺もこれなら好きだ」
王都の貴族の社交界で上辺だけのお世辞を捲し立てる貴族の令嬢と踊るのはとても疲れるからな。
エミリアも同じ気持ちなのだろう。
俺よりも遥かに多くの社交界を経験しているエミリアからしてみれば、ダンスが嫌いになるのも仕方ない。
全員と踊り終わって。
ふとリーラを探すと、彼女は子供達から解放され、1人で酒を飲んでいた。
俺はエルフの女衆から酒を貰うと、リーラの隣に腰を下ろした。
「私、まさかこの里を出る事になるとは思わなかった」
リーラはパチパチと燃える炎を見ながら語った。
「このままずっとこの里で過ごして、この里の男衆と結婚して。そして聖樹を守りながら、森に還るんだと思ってたわ」
それはそうだろう。
よほどの理由がなければエルフがこの里から外に出る事はないのだから。
「魔族と戦うのは怖いけど。この里に引きこもっているよりよほど刺激的な人生よね」
まぁ間違いなく刺激的ではあるだろうな。
「だから、この光景を目に焼き付けて、この光景を守れるように頑張るわ」
リーラの視線の先ではエルフの男女が楽しそうに踊っていた。
俺もこの平和な里を、そして隣に座る少女を守れるように戦うのだ。
こうして俺とリーラは夫婦となった。




