勇者ヤマトの妻に会う
リーラに案内されたのは、聖樹ユグドラシルに一番近く、一番太い樹の幹に建てられた家だった。
「最長老は偉大なお方なの。失礼の無いようにね」
「・・貴女は私達に失礼だけど」
エルザは辛辣であった。
原因は明らかにリーラの態度であるので、誰もエルザを咎める事はなかった。
それに対しリーラはフン、と鼻を鳴らしてどこ吹く風といった様子であった。
「シュリ様。ヤマト王国からの客人をお連れしました」
シュリ・ユグドラシルは見た目はまだ30代ほどに見えた。
だが、その瞳には感情の色があまり見えなかった。
エルフは年齢を重ねれば重ねるほど無感動になっていくと聞く。
彼女は既に1200年の時を生きているのだ、ここまで感情の色を失っていても不思議はない。
「貴女がエミリア王女ね。初めまして。私がこの里の最長老のシュリ・ユグドラシルよ」
「お初にお目にかかります。エミリア・ヤマトです。お会いできて光栄です」
エミリアは喜びを隠しきれない様子であった。
彼女はヤマトの伝説が好きだからな。
まさに伝説の住人であるシュリと会えて感激しているのだろう。
「あとは聖女ララにアルメイダ公国の公女エルザね」
シュリに目線はエミリアから続き、ララ、エルザの順に移っていき、最後に俺のところで止まった。
感情を感じられなかったその瞳が色を帯びていく。
「という事は、貴女が魔王ディスアスター・サタンね」
魔王、という言葉にリーラが身構えた。
「やっぱりお前は悪人だったのか!魔族はこの里から出て行け!さもなくば」
「こら、リーラ」
そんなリーラの頭を突然空中に現れた太い木の枝が叩いた。
なるほど、これが位階序列第6位、シュリ・ユグドラシルの固有魔法である"木属性魔法"か。
彼女はこの力でこのユグド大森林を創り出したのだ。
「この人はこの世界を救えるただ1人の人間なのよ?失礼な物言いはやめなさい!」
シュリはそう言ってリーラを怒鳴りつけた。
感情の起伏に乏しいと思っていたその瞳には明らかな怒りの色が浮かんでいた。
「うう、ごめんなさい、シュリ様」
リーラは頭を押さえて涙目で謝罪の言葉を口にした。
「謝るのは私にじゃないでしょう?」
「・・勇者。先程までの失礼な態度は謝るわ。ごめんなさい」
リーラは流石にシュリの言葉には堪えたのか、俯き加減にそう謝罪の言葉を口にすると、ぷい、と反対を向いてしまった。
「もう、ごめんなさいね。魔王さん。リーラは人族も魔族も嫌いでね。この里に引きこもってばかりいて外の世界の事を知らないから、人族と魔族が怖いのよ、この子は」
「怖くなんかない!」
「こら、意地張らないの」
そう言って再び木の枝がリーラの頭に落とされた。
「そういった事情ならば仕方ないさ」
知らないというのはとても怖いからな。
その気持ちはよく理解できる。
それにこの里のエルフ達は過去に人族に奴隷にされていた過去があるのだ。
嫌っているというのもわかる。
「それより、俺を魔王と呼んだな、お前は」
「ええ。貴方の話はよく聞いているわよ」
誰から、と聞くのは野暮であろう。
彼女は他でもないあのヤマトの妻だったのだから。
「あのヤマトがベタ褒めしていたからね。"僕が唯一勝てないと思ったのは彼だけだ"って。当時は中々信じられなかったものよ。ヤマトって本当に誰にも負けなかったから」
「そうか」
そう言ってシュリは穏やかな笑みを浮かべた。
「でも直接会って納得してしまったわ。私も腕にはそこそこ覚えがあるのだけれど。貴方に勝つ想像が全く出来ないわ。こんなの初めて」
「そうでしょう!ディスターは凄いのよ!」
何故かエミリアが自慢顔であった。
リーラに俺を貶されてフラストレーションが溜まっていたらしい。
言った後に顔を赤くしていた。
ララとエルザはそんなエミリアを見てにやにやとしていた。
「ふふふ。愛されているのね」
「ああ。有難い事にな」
「そう。貴方もこの世界でパートナーを見つける事が出来たのね」
そう言ってシュリは安堵の溜息を吐いた。
「ヤマトは貴方がこの世界に召喚されても、この世界で生きる意味を見つけられなければ、自力で元の世界に帰ってしまうだろうと唯一心配していたわ。そうならなくて、良かった」
やはり、ヤマトは俺の事をよくわかっている。
俺はエミリアと出会わなければ確実にさっさと元の世界に帰っていたはずだ。
それにしてもいくつか気になる事がある。
シュリのこの言い草。
ヤマトはやはり俺がこの世界に来る事を知っていたのか。
「シュリ。聞きたい事がある」
「ええ、そうでしょうね」
シュリはそう言って妖艶な笑みを浮かべた。
「俺がこの世界を救える唯一の人間だと言ったな。それはどういう意味だ?」
「それは、彼女を倒せるのが貴方だけだからよ」
「それはヤマトでも勝てないのか?」
「ヤマトは戦えば負けないだろうとは言っていたわ。でも、倒す事はできないとも言っていた」
「彼女とは誰だ?」
「言えないわ」
そう言ってシュリは肩を竦めた。
言えないわ。
つまりシュリはそれが誰の事だか知っているという事だ。
だが、それでも言えないという。
ならば言えない理由があるのだろう。
「そんな貴方に、ヤマトから伝言があるわ」
シュリは一度言葉を切り、そして続けた。
「"傲慢の王スペルビアを倒せ。そうすれば全てがわかるようになっている"」
なるほど。
スペルビアは元々俺に喧嘩を売ってきたのだ、誰に頼まれずとも、殺すつもりである。
だがそれで同時に今抱いている疑問が解決するというのならより一層邁進できよう。
「ああ、やっと伝言を伝えられたわ。心の荷が降ろせた気分」
シュリはそう言って溜息を吐いた。
何せ1200年越しの伝言だ。
頼まれた方もさぞ重荷だっただろう。
その後、シュリと俺はヤマトの話で盛り上がった。
ヤマトは何が好きだったとか、どんな事をしていたとか、そんな他愛もない話だ。
「さて、昔話はこれくらいにして、そろそろこれからの話をしましょうか」
一頻り話を終えると、シュリは話を切り出した。
「貴方達がこの里を訪れたのは、創造神アルカディア様のお告げが理由だと聞いてるわ。そのお告げの内容を教えてくれるかしら」
俺はお告げの内容と、そして恐らく魔族がこの里を襲ってくるだろう事を話した。
「なるほどね。ヤマトの迷いの結界に守られるこの里をどうにか出来るとは思えないけれど、アルカディア様のお告げだものね」
シュリはそう言って顎に手を当て考え始めた。
頭の中では様々な可能性を考えているのだろう。
「わかったわ。最近おかしな事もあるし、何かあるまで貴方達はこの里にいてちょうだい。里の案内役には、そうね、リーラを付けるわ」
シュリはそう言ってリーラをにやりと笑いながら見た。
リーラはピクリと身体を震わせた。
「シュリ様。私は・・」
「いい機会よ。貴方もいい加減その人族嫌いを克服しなさい」
ピシャリとシュリに言われたリーラはしゅん、と項垂れてしまった。
「わかりました・・」
「貴方の事だから、どうせ精霊の寄り付かない魔王さんの事を悪人だとでも思ってるのでしょう」
「はい・・」
「魔王さんが悪人だったらとっくにこの里は滅んでいるわよ。精霊が彼に寄り付かないのはね、この魔王さんには精霊をも殺す力があるからよ」
「精霊を、殺す力?」
精霊は普通殺せない。
精霊は生物ではなく、概念である。
その場で殺したように見えても、精霊はやがてまた別の場所から再び顕現するのだ。
俺は、少々特殊な力を持っているだけだ。
精霊を殺す気などない。
「精霊達はその力を怖がって、魔王さんに近付かないだけ。ね、そうでしょう?」
シュリはそう言って彼女の周囲にフワフワと浮かぶ精霊達に話しかけた。
俺には何を言っているかわからないが、彼女達には精霊の言葉がわかるらしい。
リーラは納得したように頷いた。
「魔王さんは怖くないわよ。ほら、遊びに行ってみて?」
シュリがそう言うと、一つの赤い光をした精霊がふわふわと、まるで恐る恐るといった様子で俺に近づいてきた。
俺が手を差し伸べると、精霊はびくりと身体を震わせて、やがてゆっくり俺の手に触れた。
精霊からは、暖かく、穏やかな魔力を感じた。
そして、次の瞬間。
他の精霊達が俺へと殺到した。
俺はあっという間に精霊達にもみくちゃにされてしまった。
「あはは!ディスター様が精霊だらけです!」
ララはそんな俺の様子を見て笑っていた。
「え、なに?なにが起きてるの?」
「・・むぅ、見えない」
精霊が見えない組は何が起きたのかと周囲をキョロキョロと見回していた。
「どう?リーラ。悪人だったらこんなに精霊達が寄ってくるかしら?」
「・・私が間違っていたみたいです」
リーラはそう言うと、申し訳なさそうに精霊にもみくちゃにされている俺を見た。
「勇者様。改めて今までの失礼な態度を謝罪させてください。そして、ようこそ、エルフの里へ」
そう言ってリーラは穏やかな笑みを浮かべた。
それは、リーラが俺たちに向けて初めて向けた笑顔であった。




