王女の戦い
エミリアの前には吸血鬼の女が居た。
嫌がらせかと思うほどに大きな胸を強調するかのような漆黒のドレスを着ている。
髪は紫色で腰まで緩やかに巻かれていた。
「あら、私の相手は貴女ですのね」
吸血鬼の女はそう言ってスカートの裾を摘み、優雅に一礼した。
「私は三将が1人ユミール。貴女のお名前をお聞かせ願えるかしら?」
「これから貴女は死ぬのに名前を教える意味があるの?」
そう言ってエミリアはふん、と鼻を鳴らした。
「ええ、そうですのよ。私は殺す相手の名前は覚えておくことにしていますの」
「・・あ、そう。まぁ、いいわ。私の名前はエミリア・ヤマト。冥土の土産に覚えておきなさい」
エミリアが名前を言うと、吸血鬼の女ユミールは満足そうに頷いた。
「貴女があの勇者の正妻の王女ですのね」
ユミールはエミリアを下から上へとゆっくり視線を移していき、胸元で視線が止まると、にやりと笑った。
「そんな貧相なモノで殿方を満足させられるのかしら」
「お生憎様。うちの旦那はそんな事を気にするほど器の小さい男じゃないの」
だがこいつは殺そう。エミリアは心の中で決めた。
その後は2人とも無言で睨み合っていた。
静寂を破ったのはユミールであった。
「"ダーク・バレッド"」
ユミールは魔力を高め、闇の中級魔法を放った。
闇の弾丸がエミリアに向かってくる。
「縛式壱の型"堅守"」
対してエミリアは自身の周りに強固な結界を形成、闇の弾丸を全て弾いた。
「"影の通り道"」
ドプン、とユミールの姿が影の中へと沈んでいき、次の瞬間エミリアの背後から現れた。
その手には影で作られた刀が握られていた。
ユミールがエミリアに向かってその凶刃を振るう。
「縛式っ!」
しかしエミリアは慌てず縛式を自身の背面に展開し、ユミールの凶刃から身を守った。
ユミールはその攻撃が失敗すると、再び影の中に潜り込んだ。
(なるほど。闇魔法の使い手が相手だと自分の影にも気をつけないといけないのね)
エミリアは即座に足元にも結界を展開した。
今のは地上にしか結界を張っていなかったから、足元から来られたのだろう。
ずぶずぶとユミールが先程いた位置から現れた。
「忌々しい結界ですのね」
ユミールは結界に籠るエミリアを憎々しげに睨みながら言った。
「だけど、見ていなさい。今からその結界を破りますわ」
そう言うとユミールは魔力を急激に高めた。
「"浸食する闇"」
ユミールが魔法を唱えると、天井から黒で塗りつぶしたかのような闇がドロリ、と降ってきた。
(まずい!)
エミリアは即座に"堅守"は破られると判断した。
「縛式伍の型"連鎖"」
エミリアは自身の上空に"連鎖"を展開した。
"連鎖"の幾重にも重なった結界は、降ってきた闇に触れると1枚ずつ破られていく。
だが"連鎖"は破られると外側に新しく結界が展開される結界だ。
そう簡単に破られはしない。
その間に状況を打開するのだ。
「縛式肆の型"滅"」
エミリアは大魔力を放出、降ってくる闇を全て結界で囲うと、一気に消し去った。
流石のエミリアも一気に大魔力を放出した事で息が切れ、汗が額に滲む。
エミリアの"滅"は自分の魔力量よりも大きな魔力を持つものは消す事ができない。
そして、結界ごと消す時には、消すものの魔力量と同等の魔力を消費する。
「あら、息が切れてるけど大丈夫かしら?」
「余計なお世話、よっ!」
エミリアは縛式弐の型"閃"をユミールに向けて放った。
超極薄に展開された結界はユミールの身体を腰から上半身と下半身を分けるように両断した。
「酷いことしますわね」
だが、逆再生のように上半身が下半身とくっ付き、再生してしまった。
更に両断したはずのドレスすらも再生しているようであった。
「吸血鬼の真祖の血族であるこの私にその程度の攻撃は通用しませんことよ」
そう言ってユミールはくすくすと笑った。
(確かに生半可な攻撃は意味が無さそうね)
縛式以外の魔法も勿論使えるが、この女には通用しなさそうである。
この女を殺すには一気に消し飛ばすしかない。
だが、この女に"滅"は出来ない。
なぜならエミリアよりもユミールの方が魔力量が多いからである。
(やってやろうじゃない)
エミリアは1つの策を思い付いた。
だが今まで1度もやったことがない手段である。
ぶっつけ本番で成功させるしかない。
「縛式!」
結界をユミールに向かっていくつも放つ。
「捕まりませんわ」
ユミールは不規則に高速移動してエミリアの結界を避ける。
「"ダーク・バレッド"」
ユミールから闇の弾丸が放たれる。
「"堅守"」
それをエミリアは結界を展開し身を守った。
「"浸食する闇"」
再び闇が天井から降ってきた。
エミリアの注意が上に向いた瞬間、ユミールは影の中に潜り込んだ。
そしてあえて足元に展開しなかった結界の隙間を通ってユミールがエミリアの影から現れ、凶刃が振るわれた。
(かかった!)
エミリアはあえて結界で防御せずに"堅守"を解除し、前方に大きく跳んで凶刃を避けた。
それと同時に降ってくる闇と影から出てきたユミールを結界で囲った。
「"滅"」
まずは闇を今にも結界を浸食しそうな闇を消し去る。
身体にかなり負担が掛かるが、構わない。
そのまま地面を転がり、ユミールに顔を向ける。
「私を消せるものなら消してみることですわ!」
ユミールはそう言って魔力を高めた。
結界を突破するつもりだろう。
「ええ、消すわよ。あんた以外をね」
エミリアは"滅"を発動した。
"滅"は魔力を代償に結界ごとその空間内のものを消し去る魔法だ。
ここでエミリアは初めて"滅"を更に制御した。
結界を残したまま、結界内の対象を指定してそれのみを消し去る。
エミリアが今回指定したものは"空気"であった。
結界内は外界と隔たれている。
空気が消し去られ、唐突に真空状態となった結界内。
当然中にいるユミールは呼吸が出来ず、苦しみ始めた。
ユミールが血走った目で結界を叩き何か叫んでいるが、結界内の音は外に伝わらないので何を言ってるかわからない。
そして、ユミールはついに力なく地面に倒れ伏した。
念のため更に暫く時間をおき、動かない事を確認すると結界を解除した。
真空だった結界内に一気に空気が流れ込む。
「ファイアボール」
ユミールの息絶えた肉体に火球が放たれた。
燃え盛るユミールを見ながら、エミリアは安堵の溜息を吐いた。