勇者炎神と会う
それからまず俺がした事は、拠点の確保であった。
坑道のなるべく人通りの少ない箇所を選び、横穴を魔法で掘る。
そこに汎用全受信型の魔法陣を刻んだのだ。
そして最後に魔法で細工し、簡単にはわからないようにする。
これでいつでもアルメイダ公国に戻る事ができる。
俺達は坑道からアルメイダの街に出た。
アルメイダの街はやはりというか、夜に閉ざされていた。
時間的には昼間だというのに、夜空に月が出ていた。
吸血鬼達は基本的に城周辺にいるという。
それで不定期的に街に繰り出し、街の住人の血を吸っているのだそうだ。
俺達はなるべく人通りの少ない道を選びながらウルグ火山へと向かった。
目的は炎神ウルグの怒りを鎮める事だ。
吸血鬼の王であり、憤怒の王のイラが何をしたのかは知らないが、エルザは何としても怒りを鎮めると言っていた。
「エルザ、先に話しておく事がある」
「・・なに?」
「お前の父だが。炎神ウルグの怒りを買うような事はするはずのない人間なんだな?」
「・・もちろん。父上に限らず、ドワーフなら炎神ウルグ様の怒りを買うなんて事するはずがない」
「ならば可能性は2つある。1つはお前の父が憤怒の王イラに脅されて無理矢理やらされた可能性。そしてもう1つは魔族のインウィデアがお前の父に化けた可能性だ」
「・・そんな魔族がいるの?」
「ああ。ヤマト王国でもしてやられた。インウィデアが化けると姿どころか記憶や癖、魔力や魔法すら模倣されてしまう。つまり本物と見分けがつかないという事だ」
「・・それは厄介」
そう言ってエルザは無表情ながらに頷いた。
「どちらにしても、お前の父からしたら不本意な結果というわけだ」
「・・うん。必ず父上の誤解は晴らす」
そうして俺達はウルグ火山の麓に着いた。
麓だというのに既に空気が沸騰しているかのように暑い。
「普段からこんなにここは暑いのか?」
「・・そんな事ない。ここまで炎神ウルグ様が怒っているのは見たことがない」
なるほど。
だがこれでは山頂に辿り着く前にエルザがバテてしまうだろう。
俺は風魔法と水魔法を併用して俺とエルザの周囲に冷たい空気を作り出し、それを纏わせた。
「・・ありがとう。楽になった」
そう言ってニコリと笑うエルザ。
「・・ああ、気にするな」
危ない。この笑顔に見惚れるところであった。
今更だがエルザは美少女だ。
普段が無表情なだけにたまに笑顔を見せられると落差が凄い。
俺は雑念を振り払うように頰を両手で叩くと、エルザに向き直った。
「よし、行くか」
「・・うん」
ウルグ火山に足を踏み入れると、凄まじい怒りを山頂付近から感じた。
なるほど、ここから先は神域というわけだ。
ドワーフでない俺にもはっきりと炎神ウルグの気配を感じ取る事ができた。
山頂に向けて足を進める度に周囲の温度は上昇していっていた。
あちこちから高温の水蒸気やガスが噴き出しており、まるで地獄のような様相であった。
これならばそんなに時間も掛からず確かに噴火してしまいそうであった。
「エルザ。大丈夫か」
「・・大丈夫」
エルザはそう言うが、顔が汗でびっしょりになっていた。足取りもかなり重そうだ。
暑さから来るものではない。暑さは俺が魔法で抑えている。
これは足を進める度に増していく炎神ウルグの濃密な怒気の影響であろう。
炎神ウルグの怒気は俺にではなくエルザに向けられているようだった。
彼女では神の濃密な怒気に耐えるのは厳しかろう。
「引き返すか?」
「・・私が絶対に、炎神ウルグ様の怒りを、鎮める」
「そうか」
ならば俺は彼女を全力でサポートするだけだ。
俺はエルザに水分を取らせながら、山頂までの道を急いだ。
山頂付近は酷い有様であった。
かつてあったであろう建物は粉々に崩れ、あちこちが焼け焦げていた。
ここで何があったのか。
「・・そんな。奉納打ちの炉が壊れてる」
エルザは酷く狼狽えていた。
なるほど、ここに奉納打ちをするための炉があったのだろう。
これでは奉納打ちは出来そうにない。
『ザダ・ガザンの一族の者だな』
突然声が響いたかと思うと、火柱が立ち上がり、その中から1人の男が現れた。
身体が炎のように揺らめき、髪の毛があるはずの部分には白い炎が揺らめいていた。
『今更何の用だ』
「・・炎神ウルグ様。ザダ・ガザンの娘、エルザ・ガザンと申します。我が父ザダは何をしてしまったのでしょうか」
『何を、だと?貴様、何をしたと申したか』
ゴウッ、と炎神ウルグの頭の炎が強く燃え盛った。
「・・はい。もし私の父が失礼な事をしてしまったのならば、それを謝罪させていただきたいのです」
エルザは炎神ウルグの重圧を一身に受けながら、強い口調で答えた。
『エルザ・ガザンよ。貴様の父はこう言ったのだ。我らドワーフはこれより魔族と生きていくとな!そう言って奴はこの炉を壊していったわ!』
炎神ウルグから白い炎の柱が立ち上がった。
『この私が魔族を好かぬ事はよく知っていよう!長年の誓約を破りおって!この恥知らずめが!』
炎神ウルグの表情が怒りに染まる。
「・・お言葉ですが炎神ウルグ様。我らドワーフはまだ誓約を破っておりません」
だがエルザは一切引かなかった。
『ほう。誓約を破っていないと申すか』
「・・はい。我が父ザダ・ガザンがもし本当にその言葉を言ったならば、娘の私が代わりに謝罪させていただきます。ですが、誓約は4の月2の週火の日に奉納打ちをする事であったはず。まだその日にはなっておりません。奉納打ちは、予定通りにこの私が行います」
『炉がこの通りの状況で奉納打ちをすると言うのか』
「・・はい」
『この私が、それをさせると思うか!』
「・・はい」
『・・もう良い』
そう言って炎神ウルグは右手を上に掲げた。
『この千余年。貴様達ドワーフを山の麓に住まわせて来たが、それも終わりよ。この山を噴火させ、国を滅ぼしてくれる!』
炎神ウルグの右手に轟音を立てて燃え盛る白い炎の球が形成されていく。
「・・我らはまだ誓約を破ってはおりません!怒りをお納めください!」
エルザは語気を強めて言い放った。
『黙れ!エルザ・ガザン!貴様から先に葬ってくれる!』
炎神ウルグは掲げていた右手を振り下ろし、白き炎の球がエルザに向かって放たれた。
エルザはそれでもなお、炎神ウルグから目を離す事はなかった。
白き炎はエルザに直撃し、爆音を立てて大爆発を引き起こした。
「悪いが、それはさせない」
白い炎を黒き極光が引き裂き、爆風の中から黒き極光を右手に纏う俺とその背中に庇われているエルザの姿が現れた。
『・・貴様、我が炎を』
炎神ウルグは轟々と頭の炎を燃やしながら、俺を睨み付けた。
「神ともあろう者が狭小なものだな」
『・・なに?』
「お前の嫌いな魔族の策略に嵌り、国を滅ぼす。さぞ痛快だろうよ」
『貴様!この私を愚弄するか!』
炎神ウルグは今度は両手で白き炎の球を2つ創り上げると、俺達に向かって放った。
俺はその2つの白き炎の球を右手に纏った極光をカーテンのように前方に放ち、喰らい尽くした。
「それはさせないと、言っている」
『・・良いだろう。お前達がそのつもりならば、この私も存分に力を奮ってくれる』
炎神ウルグがそう言うと、ウルグの姿が火柱と共に掻き消えた。
そしてあちこちから白い炎の火柱が立ち上がり、最後に一際太い火柱が立ち上がると、そこから巨大な白き焔の山椒魚が現れた。
「エルザ。ここにいろ。守ってやる」
「・・大丈夫なの?」
エルザは無表情であったが、その瞳に心配そうな色を浮かべていた。
「大丈夫だ、お前には決して攻撃を届かせはしない」
「・・そうじゃなくて、貴方は大丈夫なの?」
ああ、俺を心配していたのか。
「俺なら心配いらない。あんな蜥蜴擬きには負けないからな」
「・・じゃあ、信じて待ってる」
そう笑うエルザを俺は"暴食王の鎧"で半球状に覆った。
そして巨大な山椒魚の姿になった炎神ウルグに向き直った。
『蜥蜴擬きとは言ってくれるな』
「事実だからな」
『ならば見事この私を打倒してみよ!』
炎神ウルグはその言葉と共に巨大な白き焔の球をいくつも吐き出した。
この炎神ウルグはドワーフ達にも、俺達にも必要だ。
ならば、殺すわけにはいかない。
「"暴食王の鎧"」
俺は身体強化魔法を全力で掛け"暴食王の鎧"を纏うと、向かってくる焔の球を全て上空に弾き飛ばした。
そしてそのまま炎神ウルグに肉迫した。
『ならばこれよ!』
俺の足元から白き焔の柱が立ち昇る。
焔は俺の"暴食王の鎧"の表面を焼くが、それは決して俺の肉体まで届く事はない。
そのままウルグの顔の下に潜り込むと、顎を蹴り上げた。
ドゴッ!という轟音を立ててウルグの身体が宙を舞う。
『実体なきこの私を蹴り上げるか!』
ウルグが焔を迸らせながら叫ぶ。
実体があろうが無かろうが、そこに"いる"なら、俺の"暴食王の鎧"ならば触れる事は可能だ。
幽霊だろうが精霊だろうが神だろうが、そこに例外はない。
『空間ごと焼き尽くしてくれる!』
地面に轟音を立てて着地した炎神ウルグの魔力が今までにないほど急激に高まる。
そして特大の白き焔が放たれた。
白き焔はグラグラと周囲の空間を焼き尽くしながら、俺に向かってきた。
空間すら焼き尽くす神の焔だ。
これは俺もそのまま受ける訳にはいかない。
「"暴食王の大砲"」
右手を向かってくる焔に向かって掲げると、黒き極光が俺の右手の前に集まり、圧縮されていく。
"暴食の王"の力をより精密に制御出来るようになった事で、黒き極光の力を更に圧縮し、空間制圧能力を増した一撃。
大きさは今までの"黒灼小砲"ほどしかない。
だがそれは"黒灼小砲"とは中身は全く違う。
それは、全てを喰い破る化物だ。
放たれた"暴食王の大砲"は空間すら焼き尽くす神の白き焔をいとも簡単に喰い破った。
白き焔の中心をぶち抜いた"暴食王の大砲"は更に炎神ウルグの身体の半分をも喰い荒らすと、彼方へ消えていった。
身体の半分を喰われた炎神ウルグはその巨体を地に伏した。
炎神ウルグは山椒魚の身体の全てを焔のように散らすと、やがて人型の姿に戻った。
その頭の炎は最初の印象よりもずいぶん穏やかになっているように見えた。
『神すらも打ち倒すか』
炎神ウルグの瞳には理性の色が見て取れた。
先程までにはなかったものだ。
『どうやら私は怒りに支配されていたようだな』
「ああ」
あるいはそれも憤怒の王イラの能力なのかもしれない。この炎神ウルグは怒りに染まっているように見えた。
『エルザ・ガザンよ。もう危害は加えぬ。出てくるがよい』
俺はエルザを守っていた半球状の"暴食王の鎧"を解除し、自分の鎧も解除した。
エルザがゆっくりと俺と炎神ウルグのもとへと歩いてきた。
『貴様、名を何という』
炎神ウルグが俺を見ながら言った。
「ディスアスター・サタン・ヤマトだ」
『・・ふん、貴様もヤマトか』
「・・彼は勇者の名を持つ者です。炎神ウルグ様」
『勇者、勇者か。ヤマトの名を持つ勇者が再び私を負かすか』
ヤマトの名を懐かしむように炎神ウルグは言った。
彼はあのヤマトと戦った事があるのだろうか。
『勇者ディスアスターよ。貴様は魔族の策略と言ったな』
「そうだ」
『聞かせてみよ』
俺は語った。
インウィディアの存在を。
奴がザダ・ガザンの姿を取って炎神ウルグを騙した可能性があることを。
ザダ達が国を離れている間に火山を噴火させ、国を滅ぼそうとしている可能性を。
『なるほどな。私はまた魔族に騙された訳か』
全てを聞くと、炎神ウルグは深い溜息を吐いた。
『魔族がドワーフの国を支配しているのは知っている。それを貴様達は救えるのか?』
「ああ。救ってみせる」
『そうだろうよ。貴様程の力があればあの魔族どもも討ち滅ぼせよう。何せ神相手に手加減するような男だからな、貴様は』
そう言って炎神ウルグは歯を剥いて笑うと、次にエルザを見た。
『誓約は守るのだな』
「・・なんとしても。この私が誓約を守ってみせる」
『誓約を果たした暁には、失われた"神の炎"も再度力を取り戻す事だろう』
炎神ウルグは誓約を守れば吸血鬼達に破壊された"神の炎"も取り戻してくれるらしい。
それは願っても無いことだ。
『私は誓約の日まで静観している。見事国を取り戻してみせよ』
炎神ウルグはそう言うとふわりと散るように姿を消した。
「・・勇者。ありがとう」
エルザは無表情で礼を言ってきた。
「お前が頑張ったから炎神ウルグは怒りを納めてくれたんだろう」
エルザがあそこで引かなかったのは、とても大きかったと思う。
ただ俺が炎神ウルグを倒すだけでは、この結果にはならなかった。
「・・うん。でも、炎神ウルグ様が許してくれたのは勇者のお陰だから」
「なら、その礼はこの国を救った時に取っておくんだな」
「・・わかった。とびきりの御礼を考えておく」
そう言ってエルザはにやりと笑うのだった。




