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最強魔王が異世界で勇者になりました  作者: 湯切りライス
第1章ヤマト王国編
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魔王腕試しされる

「それで1つ気になっていたのだけれど。聞いても良い?」


 訓練場に向かう道中。エミリアは言った。


「あぁ、構わんが。なんだ?」


「貴方は魔王だったって事は、魔族だったんでしょ?」


「魔族と人族とのハーフだな」


「おや、それでは私と似たような境遇ですね」


 ハーフという言葉に反応したのはユーリ。魔族とエルフじゃ話が全く違うが、ハーフという一点においては確かに似たような境遇だろう。


「でも魔王ってことは魔族の王よね。不思議と貴方からは敵意ってものを感じないのだけれど。私たち人族に対して何も思わないの?」


「ああ。人族全体に対して思うところは無いな。それはヤマトと和解を目指したところからもわかるだろう?」


「それはそうね。やっぱり異世界だからなのかしら」


「・・お前は魔族に対して恨みを持っているのか?」


「えぇ。魔族は敵よ」


「そうか」


 魔族は敵。そう言い切るエミリアの顔には確固たる意志が見て取れた。

 1200年前にヤマトがこの世界に召喚されて、魔王を封印したらしいが。

 ヤマトはこの世界の魔族とも和解しようとしたのだろうか。

 いや、きっとあのお人好しの事だ。きっと探そうと努力したのだろう。その上で魔王を封印したのだから。恐らくこの世界の魔族は、俺が知る魔族とはきっと別のものなのだ。

 でなければ、きっとこの世界はもっと平和になっていただろうし、俺が召喚されてくる事もなかったはずだ。


「であるなら、俺の中には半分魔族の血が流れている。俺はお前の敵か?」


「・・貴方の中に半分流れている血は異世界の魔族の血でしょう?貴方の世界の魔族と人族は和解出来たのだから、きっと私の知る魔族とは別物なんだわ。私の知る魔族との和解なんて、できるはずがない」


 エミリアはぎり、と奥歯を噛み締めた。この美しい少女は魔族に対して一体どんな恨みを抱えているのだろうか。この世界の魔族は、人族に対して一体どんな事をしてきたのだろうか。俺はまだ何も知らない。


「だから、貴方は私の、私達の味方であると、願っているわ」


「・・ああ。俺もそうありたいと願っている」


 少なくとも今の俺に彼女達と敵対する理由はないのだから。


「さて、着きましたよ。ここが訓練場です」


 ユーリに案内された訓練場はかなりの広さを誇る空間であった。前の世界の魔王城の練兵場と比べても遜色のない広さである。

 数千人規模は優に収容できるであろう。

 だが、疑問なのはこの建物にこれだけ広大な空間が存在しただろうか。


「ここはヤマト様がお創りになった二種類の結界が張られているんですよ」


 疑問が顔に出ていたのか、ユーリが説明してきた。


「1つは空間拡張の結界。驚く事にここの元々の広さは普通の客室1部屋分しかないのですよ」


 なるほど。この広さの違和感はその結界の力か。


「そしてもう一つは即死回避の結界。この結界の中であれば、どんな怪我を負っても結界の外に出れば全回復するのですよ。全く、神の如き魔法ですよね」


 さすがはヤマト、器用なことをする。

 少なくとも俺にはこんな事は出来そうもない。


「なので、怪我に関しては気にせずとも大丈夫ですよ」


「ふむ。ちなみにこの結界は壊れた事はあるのか?」


「そうですね。"空間干渉"の魔法で破られた事はありますよ。ただ、結界を張る本体の魔道具さえ無事なら即座に修復しますがね」


「なるほど。なら大丈夫そうだな」


「・・ディスター様は"空間干渉"の魔法が使えるのですか?」


「さてな」


「ではこの後の戦いを楽しみに見させていただきましょう」


「そうしてくれ」


 そもそも高度な魔法戦において"空間干渉"系統の魔法が使用できないのは致命的だ。

 "空間干渉"系の魔法が使えなければ、どんなに魔力を籠めた魔法だろうが、簡単に破られてしまう。

 目の前のこの男も使えるのだろうし、俺も当然使えると思われているのだろう。

 何せ俺は前の世界でヤマトと互角に渡り合っていた魔王のだから。


 訓練場の中央の方まで歩いて行くと、謁見の間にいた揃いの白銀の鎧に身を包んだ騎士達が先程から数を増やして30名程綺麗に並んでおり、その前にはこれまた先程居た王と第1王子が居た。


 謁見の間にて玉座に座っていた壮年の男がこの国の王、ルーガート・ヤマトである。

 魔族からの侵攻を受ける中、人族の国で唯一侵略を許していない聡明なる王、とはユーリの弁である。

 まぁ、宮廷魔法師長だというユーリからしてこの王の身内なのだからその評価もどこまで信じて良いのかは甚だ疑問ではあるが、少なくとも魔族の侵攻を許していないというのは事実なのであろう。この男からは王たる圧というものを確かに感じた。


 また、その隣に居るのは第1王子のスーガード・ヤマトである。謁見の間にて不躾な視線を浴びせてくれた男である。また、その視線は今をおいても変わらず続けられる。彼は軍部の総司令官なる大層な役職であるそうだし、優秀ではあるのだが、第1王子であるというのに次代王たる継承権は持っていない。理由は後述するが、気をつけるに越した事はない、とこれまたユーリからの弁であった。


 王達の目の前に到着すると、まず王たるルーガートが声をあげた。


「よくきた勇者ディスアスター・サタンよ!あの勇者ヤマトと拳を合わせた友だと聞いておるが、我ら人族に力を貸すつもりはあるか!」


「ああ。今のところ敵対する理由が無いからな」


「ふふ。王たる余に対し不遜なる態度よ」


「媚びて欲しいなら他を当たってくれ。俺は誰にも媚びへつらうつもりはない」


「いい、許そう。代わりにその態度に値する力を見せてもらおう!カーチス、前へ!」


「はっ!」


 そう言って激烈なる声と共に歩み寄ってきた一人の騎士。彼がカーチスなのだろう、白銀の鎧に白銀の髪がよく映える偉丈夫だ。


「このカーチスは近衛騎士団長を務めておる。魔法においても剣術においても実力は折り紙つきよ。なに、この結界内では死ぬ事もあるまい。お互い全力でやるように!」


「はっ!」


 カーチスが俺と向かい合う位置までくると、他の面々は魔法の余波が当たらない位置まで下がっていった。


「ディスアスター殿」


 身体強化魔法を身体に掛けながら面々が下がっていく様を見ていると、カーチスが声を掛けてきた。カーチスも身体強化魔法は掛け終えた様子だ。


「なんだ」


「ヤマト様に劣らぬというその実力、見せてもらおう」


「両者準備はいいか!」


 ルーガート王の声が聞こえる。ここらからの距離を考えると、恐らく拡声魔法を使っているのだろう。


「用意、はじめっ!!」


 合図と同時にカーチスが腰から剣を抜き、ドンと音を立てて肉迫してきた。斜め上から振り下ろしてきた剣を手刀で受けると、鉄と鉄がぶつかったような硬質な音が響き渡った。

 驚きに目を見開くカーチスの隙だらけの腹に蹴りを入れると、カーチスは衝撃を逃すように後ろに跳び去った。

 俺の手刀と真正面から打ち合ったのだ、あの剣はかなりガタが来ている事だろう。むしろ折れなかっただけあの剣の名剣ぶりが伺える。


「なるほど・・この剣止められた事は幾度とあれど、手刀に止められたのは初めての経験だ」


「それはどうも」


「しかも我が剣の方が打ち負けるとは。ディスアスター殿の身体強化魔法は恐ろしい練度だな」


 正確には身体強化魔法だけではないのだが。まぁわざわざ否定する事も無いだろう。


「これではもう剣術は使えぬであろう。だが、これでも近衛騎士団長の身だ。このまま呆気なく敗北しては陛下にも申し訳が立たんだろう」


 そう言ってカーチスは剣を上段に構えた。

 正直言ってさっきから隙だらけなのだが、魔力の高なりを見るに大魔法を撃つ気であろう。このまま倒しても面白みが無いし、今回の目的は俺の実力を測る事なので、正面から破ってやろう。

 カーチスの剣が青く光り輝いていき最高潮に達した時、掛け声と共に振り下ろした。


「ミストルティン!!」


 魔力の奔流が槍のような形に指向性を持って一直線に向かってきた。恐らく貫くという概念に特化した魔法であろう。このまま何もしなければ俺は成すすべもなく貫かれてしまう事だろう。

 何もしなければ、だが。


 俺はその魔力の槍に対し、黒い光に包まれた右手を掲げ穂先を掴んだ。

 そして次の瞬間、黒い光の奔流が強まると同時に魔力の槍の穂先を砕いた。魔力の槍は穂先からヒビ割れていき、やがて豪快なガラスの破裂音と共に崩れていった。


「まだやるか?」


 自らの必殺の魔法が正面から、しかも素手で破られたのを見て、唖然とした様子のカーチスであったが、次の瞬間大きく笑い始めた。


「はっはっは!龍の鱗すら貫くミストルティンを素手で破壊するとは!俺の負けだ!完敗だ!」


 そう言ってひとしきり笑った後、剣を腰の鞘に納めると、表情を戻しルーガート王の下へと歩み寄った。


「陛下!この剣ディスアスター殿に全く届かず!ご期待に添えず申し訳ありません!何なりと処置を!」


 ルーガート王の前で膝をつき頭を垂れるカーチス。


「よい。そなたはよくやった。これを糧に一層精進せよ」


「はっ!ありがたき幸せ!」


 立ち上がり足を揃えて敬礼し、他の騎士達に合流したカーチス。

 こんな腕試し如きで首を落とされるような暗君でなくてひとまず安心であろうか。


「さて、これでひとまず我が自慢の近衛騎士団長を軽く屠れる実力である事はわかったわけであるが、この後はどうしたものか。ユーリよ」


「はいはい。お呼びでしょうか」


「お主、ディスアスター殿とやってみるか?」


「ご命令とあらばやるのも吝かではありませんが、陛下、やめておいた方がよろしいでしょう」


「ほう、なぜだ?」


「私と彼でやりあってしまうと、この辺が火の海になり、結界の魔道具まで破壊してしまう恐れがありますね」


「それほどか」


「ええ。何より勝ちの目が少なそうなので」


「なるほどな」


 何やら話し合っている様子。何でも良いからやるなら早くしてくれ。


「お父様」


「おお、どうしたエミリア」


「私がやってみてもいいでしょうか?私としても彼の実力はこの目で味わっておきたいのです」


「確かにそうであるな。よし、では最後は我が娘位階序列第7位エミリア・ヤマトにやってもらおう!」


 エミリアはドレスの端を優雅につまみ一礼すると、ふわりと一足に跳び上がり、俺の横に音もなく着地した。その所作だけでも彼女が相応の使い手である事がうかがえる。


「位階序列とはなんだ?」


「ふふ。後で教えてあげるわよ。位階序列第1位ディスアスター・サタン様?」


 言葉と同時にエミリアの身体から魔力の奔流が立ち上る。その魔力は先程のカーチスの比ではない。

 これは楽しめそうだ。自然と口角が上がる。


「それでは用意、はじめ!!」


「縛式壱の型"堅守"」


 ルーガート王の合図に合わせてエミリアの周囲を囲むように正方形の結果が現れる。

 なるほど、エミリアは結界魔法師か。前の世界でも結界魔法師は存在した。強固な守りと柔軟な戦術が取り柄の結界魔法師であるが、さてエミリアの実力は如何に。

 とりあえず結界の強度を確かめるため、身体強化魔法のみを乗せて結界をぶん殴る。


「くっ!」


 轟音を立てて結界が軋むが、エミリアを守る結界は未だ健在だ。ふむ、中々の強度だな。これほどの結界を組める人族は前の世界でも殆ど居ない。

 そして、俺は物理的な結界に関しては確実に身体強化のみで破壊する自信がある。

 それで破壊できていないということはつまり。


「空間干渉か」


「その通りよ!縛式!」


 言葉を聞く前にすぐさま後ろに跳び下がる。

 この手の結界魔法師との戦闘においては動きを止める事は禁物だ。動きを止めてしまえばすぐさま四肢を固定され、敗北してしまうだろう。

 現に俺が動くそばから結界が現れ俺の行動を阻害しようとしている。空間干渉であるなら如何に身体強化魔法に優れていようが物理現象の範疇に留まっている限り脱出は不可能だ。

 なので、俺は敢えて動きを止める事にした。


「・・どういうつもり?」


「お前、結界を破られた事はあるか?」


「ないわ!縛式は最強の結界魔法よ!魔王の魂すら封印したんだから!」


 なるほど。魔王の魂を封印するのにヤマトだけではなくこの結界魔法も一役買っていたわけか。


「だったら覚悟しろ」


「なにを?」


「今からお前の結界を破る」


 言葉と共に俺の拳に黒い光の奔流が走る。


「黒灼小砲」


 その黒い極光を拳に纏いながら、思い切り正面に突き出した。

 黒い極光はそのまま砲弾となり、エミリアを囲む結界に接触すると、一瞬の拮抗ののち結界は音を立てて弾け飛んだ。


 ◇


 ヤマト王国第3王女エミリアは勝気な少女であった。

 ヤマト王国での王位継承権は王族に受け継がれる固有魔法"縛式"を使えることが条件であるのに、優秀な第1王子も、ちゃらんぽらんな第2王子も縛式を使えなかった。

 そんな中でついに縛式を使える王の嫡子が現れた。それがエミリアだ。周囲は当然エミリアに期待したし、エミリアも期待されるのは当然だと思った。このヤマト王国において縛式を使える事が王位継承の第1条件であるのは、いつか魔王が復活した時のために、また、封印できる人間を後世に残す為だ。固有魔法はその血脈のみに受け継がれる。だからこれは当然の事と言えた。

 当然王位を継ぐのに縛式が使えるだけでは不十分だ。縛式を使いこなせるようになって初めて一人前。エミリアは努力した。そしてエミリアには類い稀なる魔法の才があった。エミリアの努力は報われ、いつしか国内では宮殿魔法師長であり、位階序列第3位であるユーリ以外には敵無しと言われるようにもなった。

 気付けば位階序列第7位まで登りつめていた。

 位階序列とは人族の中で空間干渉力の強い順にランク付けられる勇者ヤマト様が作った石碑の事だ。当然順位が高い方が空間干渉力が強いと言われている。位階序列創設以来1位はずっと空位のままであったが、それでもこの石碑に名を刻まれた者は後世にまで伝えられるほどの魔法の頂点と言えるだろう。

 魔王を倒す為には魔力の他にこの空間干渉力というのが大切らしい。確かに空間に干渉するレベルの結界を張れるようになってからは一度として結界を破られた事はなかった。現に全てを焼き尽くすと言われる火龍のブレスを受けてもエミリアの結界はビクともしなかった。序列が自分より上のユーリの白炎であればもしかしたら破れるかもしれないが、ユーリと戦う機会はなかった。

 魔族との戦いは近年熾烈を極めていたし、ヤマト王国以外の国々が軒並み支配されていく事も知っていた。もし魔王が復活したら、自分がまた封印してやろうと息巻いていた。

 エミリアの偉大なる母は魔族との戦いの中で命を落とした。だからこそ、自分こそは母の仇を討ち、魔族を根絶やしにするのだと信じてやまなかった。

 そんな折、協会に神託が下った。

 何でも魔王を倒すための勇者が異世界から召喚されるという。

 エミリアはついにこの時が来たと思った。

 その勇者と共に、魔王を打倒するのだと、その為に自分は刃を研いてきたのだと思った。

 だから父であるルーガート王に勇者と共に自分が魔族打倒の旅に出ると告げた。

 エミリアはすでに国内でも知らぬ者がいない程の実力者であったし、王もエミリアの実力はよく知っていたので、その願いは受理された。

 勇者は端的に言って変わった奴だった。

 異世界に召喚されたというのに慌てた様子もなく、こちらの説明を粛々と聞いていた。

 そして、その勇者は堂々としていた。まるでお前達が何をしたとしても自分は揺らぐ事は無いと言っているかのようだった。それは狭い世界の中で小さな自信を紡ぎあげたエミリアにとって眩しいものであった。

 その勇者が自分が魔王だったと言った時は憎き母の仇かと思い頭が沸騰したが、ユーリに止められ踏み止まった。よくよく考えてみればあの卑劣な魔族が人族の中にいて大人しくしているはずがない。そう思い立ち、冷静になって、またその勇者を観察する事にした。

 勇者の腕試しをする事になり、近衛騎士団長のカーチスがまず戦う事になった。

 カーチスは強い。エミリアの結界は破れないものの、カーチスの固有魔法"ミストルティン"は火龍の強固なる鱗すら貫いてみせる。

 あの勇者がカーチス相手にどんな戦いを見せるのか、楽しみだった。

 戦いは圧倒的であった。

 一合でカーチスの鍛え抜かれた剣に傷を与え、その後放たれた"ミストルティン"は素手で破られた。

 その光景を見て心が跳ねた。

 この勇者ならば、本当に魔族を打倒し、魔王を滅ぼす事が出来るのではないか。

 そう思ったら、自分の力を試したくなった。

 この勇者に対して自分の力はどこまで通用するのか。あの勇者ヤマトと互角以上に戦ったこの男の力はどれほどのものなのか。

 気付けば父に自分が戦うと立候補していた。


 戦いが始まると自分はいつも通り、まずは自分の守備を固めた。この結界が破られぬ限り自分が敗北する事はない。

 勇者はまず結界に対し拳を奮って来た。

 今までにない程結界が軋んだが、それでもエミリアの結界は壊れる事は無かった。

 なんだ、結局勇者と言ってもこの程度か。

 エミリアの胸中に浮かんだ感情は落胆であった。

 自分の結界すら破れない勇者ではきっと魔王は倒せない。ならば一人でも旅に出て魔族を根絶やしにしてやろう。

 そう思いながら勇者の動きを止めるべく結界を放っていると、唐突に勇者が動きを止めた。

 訝しげに思っていると勇者はエミリアに言った。


「今からお前の結界を破る」


 何を言っているのかと思う間も無く、勇者の拳が黒い極光に包まれ、やがて視界いっぱいにその黒い極光が広がった。

 エミリアの堅固なる絶対的結界は一瞬の均衡ののちに呆気なく音を立てて壊れた。

 エミリアは死を覚悟した。

 訓練場の結界内では死ぬ事は無いと頭ではわかっていても、その黒い極光は死そのものであった。

 エミリアは目を瞑り、そして次の瞬間には勇者の腕の中にいた。

 エミリアの強固な自尊心は、その強固なる結界と共に粉々に崩れ去った。


 ◇


 正直ギリギリであった。

 ヤマトが作ったというこの結界の性能を信用していないわけではなかったが、俺の力の性質を考えると万が一があり得る。

 それに誤算が二つあった。

 一つは、身体強化を施した俺の全力の拳を受けても壊れない強固な結界だ。黒灼小砲を受けてももう少し善戦するかと思ったが、予想外に拮抗しなかったのだ。恐らく最初の鉄拳でかなり損耗が進んでいたのだろう。

 それにもう一つの誤算はエミリアが全く回避行動を取らなかった事だ。結界が破れた瞬間目を瞑ったエミリアを見て俺は冷や汗をかきながら一瞬でエミリアを腕に抱きとめ、離脱をはかったのだ。

 今の俺の状態は、ヤマトが言うところのお姫様抱っこというやつだ。女性にこのお姫様抱っこをするのは相応の恥ずかしさを与えるとの教えであったが、この場合は緊急であったので仕方あるまい。

 腕の中にいるエミリアは何が起こったのかわかっていない様子で、目をパチクリさせている。その様子が妙に可愛いのは、この王女の見た目が相応に整っているせいであろう。

 この妙に早まった鼓動もそのせいに違いない。うん、気のせいという事にしておこう。それが精神衛生上正解であろう。


「大丈夫か?」


 妙にばくばくいっている鼓動を無視しながらエミリアに尋ねるが、返答はない。

 エミリアは頰を紅潮させながらぼーっと俺を見ていた。


「おーい、生きてるか?」


「・・ええ、大丈夫」


「そうか。それは良かった」


「あの、降ろしてもらっても?」


「ああ、もちろんだ」


 エミリアの言葉に従い、彼女をゆっくりと降ろす。正直さっきの彼女の表情は目に毒だ。

 さっさと忘れるに限る。


「勝負はまだ続けるか?」


「・・いえ、降参するわ」


 そう言ってエミリアは両手を上げて降参のポーズを取るのだった。

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