魔王婚約者の母の話を聞く
飛空挺の旅は快適であった。
王城で貰った地図によれば、このまま順調に行けば今日の夕方にはルノア伯爵邸に到着出来そうであった。
「これがいっそ気軽な旅行とかだったら、もっとこの飛空挺の旅を楽しめそうなのだけれどね」
エミリアは飛空挺の柵から外の景色を眺めながら言った。
「今から気を張っていても損だぞ。今くらいは力を抜いているといい」
「そうは言うけどね。中々難しいわよ」
そう言ってエミリアは溜息を一つ零した。
エミリアの眉間には皺が寄っていた。
間違いなく気を張っている。
このまま気を張り詰めたまま戦場に向かうのは、かなりまずい。これでは肝心の戦場に着いた時に、緊張の糸が何かの拍子にプツリと切れてしまいかねない。そうなった戦士は大抵命を落とす。
「エミリア。聞いてくれ」
「なにかしら」
「俺は感情の機敏というものに疎い。だからこそ言う。今エミリアは何を思って、何をそんなに不安に思っているんだ。俺は今のエミリアは危ういと思えてしまう。このままでは戦場で命を落としかねない」
「なにを。なにを、か。私、不安に思ってるのかしら」
エミリアはぽつりと言葉を紡いだ。
「そうね。私不安なのかもしれない」
エミリアはひたすらに外の景色を眺めていた。
「ねえ、ディスター。私、お母様の話をちゃんとした事あったかしら?」
「・・いや、ないな」
5年前の大侵攻で命を落とした事と。
位階序列第4位だった事くらいだろうか。
「あのね。お母様は私の憧れであり、目標だったの」
エミリアは語り始めた。
母、カラミナ・ヤマトの事を。
カラミナ・ヤマトは水と風の複合属性である氷魔法の名手であった。
氷魔法の真骨頂は、物体の振動を静止させる事にある。彼女の氷魔法はその物体の振動を止めるどころか空間ごと時間を停止してしまうほどの大魔法を使うことができた。
どんな強敵でも倒しきる魔法力。
どんな強敵にも一切引かぬ精神力。
類い稀なるカリスマ。
同じように縛式を使いこなしていた夫のルーガート・ヤマトと共に"ヤマトの二大巨塔"と呼ばれ持て囃されていた。
エミリアは魔法をそんな偉大なる母から学んでいた。
エミリアには父ルーガートと同じ縛式の才能はあったが、母カラミナの氷魔法は使えなかった。
エミリアは縛式よりも氷魔法が良かったと言ったという。
エミリアは父ではなく母に憧れていたのだから。
母はそんなエミリアに言った。
「貴女の縛式は世界を救う魔法よ。貴女の才能ならきっとルーガートを超えられる。私に最強の縛式を見せてくれるかしら?」
そして、大侵攻は起こった。
何にも負ける事のないと思っていた母は死んだ。
エミリアは努力した。努力して、努力して、ついには父ルーガートを超えるほどの縛式使いになった。
それを一番見せたい母はもう居ない。
そして、再び魔族が攻めてくる。
エミリアにとって母とは強さの象徴だった。
そんな母を倒した魔族が再び攻めてくる。
まずエミリアの中に渦巻いた感情は魔族への憎悪だった。母を殺した魔族を根絶やしにしてやる。そう思った。
次にエミリアの中を支配した感情は恐怖だった。
あの強かった母をも殺した魔族。
自分は確かに強くなった。
だがあの当時の母は位階序列第4位だった。だが自分は第7位だ。あの時の母よりも低い序列の自分に果たして魔族は倒せるのか。そう思った。
「だから、不安なんでしょうね。自分が魔族に殺されるイメージをどうしても持ってしまうの」
「・・エミリア。話したとは思いますが、私は5年前の戦いで現地に居ました」
「そうね、聞いたわ」
ララはエミリアをまっすぐ見据えながら続けた。
「私はカラミナ様の戦いを見ていました。敵の魔族の幹部は、毒を使う男の魔族と魔物や人を操る女の魔族の2人でした。敵の毒は強く、国王様の結界では止められなかったと聞いています。カラミナ様はその身に毒を受けながらもお一人でその毒が戦場に行き渡らないように止めていました。そしてついにカラミナ様は魔物を操る魔族を氷漬けにし、魔物達の一糸乱れぬ統制は消え、魔物はお互いに争い始めました。毒を使う魔族は氷漬けになっていた女の魔族を連れて逃げました。そして、カラミナ様は最後の力を振り絞って全ての魔物を氷漬けにし、息を引き取りました」
「・・そう。お母様はやはり強かったのね」
そう言ってエミリアは目を伏せた。
「エミリア。今回の魔物の大軍勢も自然にはあり得ない事です。あの女の魔族がいる可能性は高いと思います。あの女の魔族をこれで倒せたら、カラミナ様のやり残した事が出来るのではないですか?」
ララはなおも強い口調で続けた。
「でも、あんなに強かったお母様でも無理だったのよ」
「エミリア。貴女は勘違いしています」
「・・勘違い?」
エミリアの瞳に戸惑いの色が生まれた。
「確かにカラミナ様はお1人で戦われましたが。貴女は1人で戦う必要は無いのです」
「・・でも」
「エミリア。私達の隣にいる人は誰ですか?」
そう言ってララはニコリと微笑むと、俺に視線を向けた。
エミリアは俺を見て目を見開いた。
「カラミナ様は確かにお強かったのでしょう。ですが、私達の隣にいるこの人は、最強の魔王ですよ?位階序列第1位の、最強の勇者ですよ?そもそもこの人が負ける相手なんて想像できますか?」
エミリアの目に熱が戻ってきた。
「エミリアがそんな調子だと、カラミナ様の仇はディスター様があっという間に倒してしまうかもしれませんね」
「ああ、そうだな。お前がそんな調子なら、俺が倒してしまうだろう」
エミリアは目をゆっくりと閉じると、両手で思い切り自身の頰を叩いた。
「いったーい!!」
「そんなに強く叩くからだ、馬鹿」
強く叩きすぎたのか、頰が赤くなってしまっている。俺はその頰を優しくさすってやった。
エミリアは俺の手に自分の手を重ねると、次には歯を剥いて笑った。
「あーやめやめ。何をナーバスになってるんだか。私達には最強の魔王が付いているんだものね」
「ああ。俺は誰にも負けないと約束しよう」
「なら何も心配ないじゃない。あーあ、悩んで損した」
そう言って笑うエミリア。もう大丈夫だな。
「さすがだな、ララ」
「これでも伊達に聖女やってませんから」
そう言ってララはくすくすと笑った。
「助かったわ。ありがとうララ」
「いえいえ。エミリアの珍しい姿が見れて少し得した気分です」
「あら、酷いこと言うのね聖女様」
「聖女も毒は吐くんですよ」
そう言ってはぁー、と息を吐くララ。
それを見てエミリアもくすくすと笑った。
「せっかくの空の旅だし楽しもうかしらね」
「そうですよ!あ、あれはなんでしょう?」
ララは遠くを指差す。
それは鳥の様な物の群れであった。
更に視力を強化して見ると、頭は鳥であり、身体は獅子の姿をしていた。
「グリフォンの群れだな」
「・・向かってきてるわね。せっかく空の旅を楽しもうとした時に間が悪いわね」
空中でグリフォンと戦うのは面倒だ。
身体強化を全開で使い、殺気をグリフォンの群れに飛ばした。
すると、編隊を組んでいたグリフォンの群れは一瞬で瓦解し、方向を反転して逃げ始めた。中には気絶して落ちていくグリフォンもいた。
「殺気でグリフォンの群れを撃退なんて。ほんと馬鹿げてるわね」
「そうでもない。ああいう魔物の方がこう言った事には敏感なものだ」
「そういう事を言ってるんじゃないわ、よ!」
そう言ってチョップをしてくるエミリア。
「これで空の旅を楽しめるな」
「・・そうね」
エミリアが俺の腕に抱き付いてきた。
「むむ!」
ララも反対側の腕に抱き付いてくる。
太陽はもう地平線に沈みかかっていた。
もうすぐ、ルノア伯爵領だ。




