魔王婚約者ができる
準備が整い、謁見の間へと向かう。
謁見の間は召喚された時と変わらなかった。
近衛騎士達が白銀の鎧に身を包み左右に並んでおり、正面にはルーガート王、その右隣にはノーチス宰相といつもの黒ローブに身を包んだユーリが、左隣にはスーガード第1王子とエミリアがいる。
王の前まで歩き、足を止めた。
普通ならここで跪き頭を垂れるのだが、それはしない。
この世界で生きていく覚悟はしたが、前の肩書きまで捨てる気はない。
俺はサタンの名を継ぐ魔王なのだ。
誰にも忠誠を誓うことはない。
その様子にルーガート王は苦笑し、スーガード第1王子は苦々しそうな表情を浮かべた。
エミリアは呆れているようだ。
反対のノーチス達を見るとノーチスは楽しそうな表情で見ているし、ユーリに至っては目が合うと手を振ってきた。
なんだこの謁見。
「ディスアスター・サタンよ。此度の地竜討伐の功績に対し、白金貨70枚と竜伐勲章を授与する」
「有り難く頂戴する」
エミリアが笑顔で白金貨70枚の入った綺麗な装飾の施された巾着を持ってきたので受け取る。
「それに加え、我が娘エミリア・ヤマトを妻に与える」
「貰い受けよう」
エミリアの顔が真っ赤に染まった。
「だがこのエミリアはいま王位継承権1位でな。このまま行けば女王となる予定だ。そこで貴殿には婿養子となって貰いたいのだが、どうだ?」
ふむ。
女王となるべく努力をしてきたエミリアだ。
その努力を無駄にはしたくない。
「その場合俺の"サタン"という名は残るのか?」
「残す事は可能だ。その場合ディスアスター・サタン・ヤマトという名前になるわけだな」
「なら、婿養子でいい。それと、こちらからも質問があるのだが」
「ふむ?何だ、申せ」
そう、俺はエミリアと婚約する前にこれだけは聞いておかなければならない。
「俺は魔族と人間のハーフだ。そんな男とこの国の王族は婚約を結んでも良いのか?」
「ふむ、愚問だな。異世界の魔王よ」
そう言ってルーガート王は凄惨に笑った。
「我らからすれば異世界の魔族だろうが人族だろうが、等しく異世界人よ。知っての通り我が国の初代国王は異世界人よ。我らに害なする者であれば話は別であるが、害意も無いとすれば、何を問題とする必要がある?」
「そうか、わかった。ならばよろしく頼む」
「そうかそうか。今日は新たな英雄の誕生、そして我が娘の婚姻が決まるとはなんと目出度い日か!宴の準備をせよ!」
ルーガート王の宣言を受け、騎士達から歓声が上がった。
後ろの扉が開き、そこから従者達がわっと現れ、テーブルなどを次々とセッティングしていく。
おいおい、まさかここで宴するのか。
騎士達もその場でスチャスチャと鎧を脱いでいく。本当にここでやるつもりだ。
「新たに英雄が生まれた時はね、そのまま謁見の間で宴をするって昔からの決まりなの」
エミリアが腕に抱き付いてきながら言った。
「なんだそのヘンテコな決まり」
「ふふ、何でも勇者ヤマト様が最初にこの謁見の間で"移動するの面倒臭い!このままここで宴だ!"って言って本当に宴を始めたのが発端で決まりになったそうよ」
またヤマトか。あいつは何をしてるんだ。
それにしてもエミリアは急に距離感が縮まったな。まぁ、構わんが。
「お、さっそくお熱いっすねお二人さん」
「ルークか」
こいつには色々と助言をもらった。
感謝しないとな。
「あ、ルーク。その、色々と助かったわ」
エミリアもらしい。
つくづく気の回る男である。
「いえいえ、全然お安い御用っすよ。側から見てたら両想いなの丸わかりだったっすからね」
「そんなにわかりやすかったか?」
「ええ、ディスター殿もわかりやすかったっすよ。無表情ではあっても視線は常にエミリア様を追ってたっすからね」
そうなのか。
いや、言われてみればそうかもしれない。
「へーぇ?そんなに私の事見てたの?」
ニヤニヤと笑いながら見上げてくるエミリア。
「あ、エミリア様もディスター殿ばっかり見ててって痛いっ!」
エミリアに尻を蹴られるルーク。
その後もほかの騎士達に茶化されていると、宴の準備が整ったようだ。
ドリンクを給仕から手渡される。
ルーガート王は手に持ったドリンクを掲げると、声をあげた。
「今宵は無礼講だ!大いに飲み!大いに食い!大いに歌うが良い!乾杯!」
乾杯!とあちこちから声が上がり、そして喧騒が広がっていった。
普段見ない文官達や武官達も挨拶に来て祝辞を述べていくが、名前が覚えられる気がしない。
「私が必要な時に教えるから大丈夫よ」
頼りになる婚約者である。
「そういえば流し聞きしてたが竜伐勲章ってなんだ?」
「竜伐勲章はその名の通り竜を討伐した者に送られる勲章よ。1代限りだけど、騎士爵が貰えるの。ディスターはヤマト王家に婿入りするから騎士爵は必要ないかもしれないけど、年金は貰えるわよ」
「年金?」
「ええ、騎士爵は年に白金貨2枚だったかしら」
そんな制度があるのか。
「まぁ、ディスターからしたらはした金かもしれないけれど。国民からの税で年金は払われているのだから、大切に使わないとね」
「大丈夫だ。金の大事さは身に染みてるからな」
今日も金がないせいで危うく街から締め出されるところだったわけで。
「まぁ貰える金の分はしっかり働くさ」
「そうね・・あ、そうだ。ちょっと」
ちょいちょいとエミリアに招かれ、耳を寄せる。
「あの宰相が言ってた明日の予定の件だけど。心当たりがあるの」
「さすがだな」
「ええ、任せて。これでも17年間王族やってきてるんだから」
そう言ってエミリアは鼻を鳴らした。
「今日宰相ノーチス・ルシエラ伯爵の次女が王都に来てるの」
「ふむ、それで?」
「その次女がね、聖女って呼ばれていて。何でも心を読める魔眼を持っているらしいの」
心を読める魔眼。
一つ心当たりの人物が居た。
「教会は魔族の血が入っている貴方を警戒しているらしくって。その聖女の力を使って害意が無いことを試したいって話よ」
なるほど、いかに神からのお告げで召喚されたとはいえ魔族の血が入っているのには不安を覚える。
だから心を読んで害意が無いことを確認して安心しよう、と。
「だから、気をつけてね」
「気をつけるとは?」
読まれて困る心は持っていないが。
そう思う俺に対し、エミリアは溜息を吐いた。
「縁談の話にならないようによ」
宴は続いた。
ルークが上半身裸で踊り始め、別の所ではカーチスと騎士達が腕相撲をしている。
この雰囲気は嫌いじゃない。
前の世界での戦に勝った時の宴と雰囲気が似ているのだ。
だがそろそろお暇する事にしよう。
謁見の間を後にし、そのままの足で湯浴みをしに向かう。
湯船には先客がいた。
湯気で顔がよく見えないが、この魔力はルーガート王であろう。エミリアほどでは無いにしろ、この男も中々大きな魔力の持ち主だ。
浴室はかなり広いので先客が居ても問題なく入れる。
掛け湯をしてから、ルーガート王とは反対の位置に腰を下ろした。
「ディスアスターか」
「ああ」
それ以降は無言が続いた。
やがてその沈黙はルーガート王がぽつりと語り出した事で破られた。
「あの子は、エミリアはとても才能のある子でな。王家に代々伝わる"縛式"も使えたし、他の基本属性魔法もすぐにマスターした。剣の腕はそれほどでもなかったが、毎日欠かさず訓練していたよ。周りからは神童なぞと呼ばれていた」
そう言ってルーガート王はパシャりと湯を顔に打ち付けた。
「周囲は期待し続けた。そして、エミリアは期待に応え続けた。応え続けられる才能もあり、努力も欠かさなかった。誰にも負ける事もなく期待され、頼られ続けてエミリアはここまできた」
その気持ちはわかる。
期待され、その期待に応え続ける重圧の辛さは、俺にもよくわかる。
「そこに現れたのがお前だ。ひょっこりと現れて、易々とエミリアの殻を破ってみせた。あの子があんなに誰かに寄り掛かかるのを見たのは初めてだったよ。何せ親にも頼らん子だからな」
そう言って苦笑しながらルーガート王はこちらを見た。
「エミリアを頼む。支えてやってくれ」
「ああ。任された」
ひとまずは目障りな魔族をどうにかしなければな。
「ああ、あとそうだ」
ルーガート王はにやりと笑った。
「これからは私の事は"父様"と呼ぶように」




