第86話 ホテルでの作戦立案
ハーネイトたちは周囲を確認すると奥の方にあるエレベーターに乗り込む。このエレベーターは魔力、もとい魔導機関で動いており、ハーネイトとその教え子たちの魔法工学研究者が考えた装置でもある。
「お待ちしておりましたハーネイト様」
「待たせた。さて、大丈夫だな。フロアの方へ案内を頼む」
「了解しました、ハーネイト様」
これも過去に栄えた文明の遺産を彼らが再現したものであり、このミスティルトでは多くの建物で採用されている設備であった。
しかし設備の老朽化などが当初激しかったため、ハーネイト及びBKの関係者が技術の粋を集め再度使用できるように多くの施設をリフォームしたという。
「この街の建物、色々進んでいるな。これが噂に聞いていた古代都市の設備か」
「そうですね、今まで見た中では一番発展しています。面白いですねえ、私の故郷とは似ているようで、そうでないこの発展度合い、興味惹かれます」
リシェルとエレクトリールがエレベーター内でそう話していると目的の15階につく。そこに先回りしていたミランダが部屋を案内する。
そこには赤い絨毯が長い廊下に敷き詰められており、手入れも十分に行き渡っていた。それから全員用意されていた和風の大部屋に入っていく。
「これは、いいものだ」
「これが日之国の文化、こんなところでも出会えるとは、フフフ」
「ルシエルは本当に昔から好きよね」
「ええ、お姉さま。私は侍の家に生まれたかったわ、なんてね」
「まあ、魔法剣士ってのも今はあるからそれもありかもねえルシエル」
ミカエルとルシエルは日之国のことを思い出す。ルシエルは日本、そしてその影響を強く受けている日之国の文化が特に好きで、その話になると寡黙な彼女も饒舌になるほどであった。
それは以前偵察任務に就いていた際、ふらっと立ち寄った日之国の景色、文化に心を惹かれたからであるという。
「本当に不思議ね。刀やあの衣装、美しい」
「終わったら、みんなを連れて日之国でしばらく遊ぶのもいいな。温泉巡りしたい」
「ハーネイトも相当よね。断ることを知らない解決屋の鏡も、少しづつ変わってきているのかしらね」
「その呼び名はやめてほしい。さあね、素を出しやすくなっているのかもしれない。昔の自分と比べると、ああ」
ミカエルの言葉にそう言いながら自身で茶を湯飲みに入れてゆっくりと飲んでいた。そして彼女たちは部屋の隅から隅までよく見ていた。
「これなら落ち着けそうだわ」
「えーと、靴は脱がないといけなかったな? 城にいたときと同じか」
「まあ俺様は浮いているから関係ないな」
リシェルたちが靴を脱いで畳の上に上がる。一方伯爵ことヴァンは常に空中浮遊していた。この方が楽だと言う。
「確かに、あのお城の中と割りと似ているわね」
「これも、いいものですね。また違った美しさ。フフ、楽しめそうです」
リリエットとシャックスは部屋の中を見ながらそれぞれそう思い、部屋に置いてあるものに手を触れたり窓から外の景色を見ていた。
「さて、早速だが明日の早朝にここを出て、ガンダス城まで向かう。シャムロック、いつも運転を任せてすまないな」
「構いませんが、時間ができたらバイクや車の運転でも習いますか?」
「そうだな、折角シャムロックにカッコいいもの作ってもらったからな。しかし乗り物酔いに気を付けないと」
「了解しました。ベイリックスはいつでもいけますぞ」
シャムロックに確認を取り、次に南雲たちにある件について話しかける。
「風魔、南雲。例の地図を」
「は、はい」
ハーネイトは2人から地図を受け取り、部屋の中央にある机に地図を静かに開いて置いた。これこそが、ボルナレロたちのいるガンダス城周辺の地図であり、忍たちに探してもらっていた大事なアイテムであった。
「今回は遊撃隊初の大規模な作戦だ。各々が力を発揮し、救出と施設の占拠を行わないといけない」
「俺様ワクワクしてきたぜ。別にすべてブッ醸しても構わないよな?」
「ああ。という事で先にヴァンは施設内に。そして囮になってもらおう」
「へいへい、って囮かよ!」
ヴァンがハーネイトに思いっきり突っ込みを入れる。確かにヴァンの能力はけた違いな耐久力と制圧能力であり、最初からある程度その役割が来ることは予想していたものの、露骨にそう指名されたことに少し想定外だと言わんばかりの表情を彼は見せた。
「一番タフなのはヴァンしかいないだろう? それにヴァンがいるだけで敵の士気は大幅に下がるからな。私もあの一撃を食らって大分精神に来たし。というか内側から腐るとかヴァン反則すぎだ。微生物を操れるって時点で最悪級だぞ」
「ふ、ふん。まあそれなら。やってやるよ。って、それが俺の能力やで?」
少々納得がいかないものの、ヴァンはその指示に従うことにした。彼は割と単純な性格であり、おだてられるのに弱い一面があった。単細胞というわけではないが、ヴァンの力を借りたいならそうすれば大体応じてくれるようである。
「微生物を操る力、本当に恐ろしいけれどヴァンって何者なんだろうなって」
「俺も覚えてねえことが多いんだわさ。落ち着いたら、俺に付き合って記憶を取り戻す旅を手伝ってくれよ」
「ああ、そういう約束だったからな」
「そうね、しかし今回私はどうしようかしら」
「リリーはついてきてほしい。大魔法は2人以上で使った方が効率がいい。一番優秀な魔法使いの弟子はリリー。君だ。改めて頼む」
「え、ええ。承ったわ。師匠であるあなたにそう言われたらね」
リリーの表情が真剣になり、彼女は役割を脳内で再確認していた。
「次に、南雲と風魔は私に続いて施設内に入る」
「わかりました、マスター」
「援護はお任せくださいハーネイト様。邪魔する奴らは全部ちぎって投げます」
「全く、まあ必要な時は支援をしてもらおう。それでミカエルとルシエルは上空の監視を頼む。それと空からの魔法爆撃も隙をみてやってほしい。少しでも不安要素を排除するにはそれが必要だろう。もしかすると研究施設だけあって妙なものがいろいろありそうだから」
「分かったわ、外の敵はこちらで仕留めておくね」
「了解した、不審な動きをするものはすべて監視及び破壊、ですね」
空を飛ぶ使い魔による機動力は今のメンバー内でもレアなため、ハーネイトは2人に空中からの支援をお願いしたのであった。
遠方からの脅威にも対応するため、ハーネイトはどう配置すれば万全な状態で作戦を進められるかを脳内でシミュレートしていた。
「最後にリシェルは狙撃ポジションからの支援砲撃を頼む。エレクトリールはリシェルを守れ。ある意味危険が大きい。だからこそ実力のあるエレクトリールを護衛に置く。ということで頼むぞ」
「分かりました。全力でリシェルさんを護衛します」
「怪しいやつは悪即バン! でよろしいんですね?」
「その通りだ。遠慮はいらん。各人は準備を怠らないでほしい。出発は、明日の朝8時だ。それとホテル内にはレストランやお店、大浴場もある。不足品を補充したり疲れを癒したり、自由にしていてほしい。以上だ」
最後にリシェルとエレクトリールにポジションの説明をし、ハーネイトはホテル内の施設を好きに使っていいと指示を出す。
「あの、私は?」
「まさか、待機ではないでしょうね?」
リリエットとシャックスは自身らが作戦のメンバーに入っていないことについて、どうするのかを彼に尋ねた。
「あ、ああ。それなら私と共に来てくれ。もしかすると敵幹部との鉢合わせもあるが、あの状況ならば洗脳を解く確率を少しでも上げたい」
「了解しました」
「そうですね、もしボガーがいれば私なら仲間に引きずり込めますが。降格して役職も下がったと言いますし、もしかするとです。それと彼の部下からの情報で、ハーネイトについて把握している可能性もあるかと」
ハーネイトの指示に2人とも快く従い、それぞれが操られていると思われる同僚たちのことを心配していた。
こうして各々が自由行動をとり始めたが、ハーネイトの表情はまだ険しいものがあった。予告状を突き付けられた以上、引くわけにはいかないと。そう覚悟を決めるとハーネイトは脱いでいた紺色のコートを手に取り、ふわっと羽織ってから全員に外出する旨を伝えた。
「では私は外出する。後は頼んだ」
「師匠、お気をつけて。あれ。これは一体」
リシェルはハーネイトを見送ったが、床に落ちていた資料の中にあった派手な一枚の紙を見つけ手に取る。
「こ、これは。アルシャイーンの兄貴に姉貴たちじゃないか。しかもハーネイトさんご指名かよ。これはただ事じゃない。俺的にも! どういうことだこりゃ」
心の中でそう言いながら、リシェルもライフルを背中に担ぎ部屋の外に急いで出た。どうやら、リシェルと怪盗たちにも因縁があるようで、彼は真剣な表情でホテルを飛び出したのであった。




