決戦の時-1
第4話、Aパートです。
この世界では、僕は走れる。
綺麗な世界を観れる。感じれる。何不自由なく。
でも、この世界は残酷だ。
他人と協力し合い、他人と尊重し合い。
己を鍛え、力を身につけ、この世界の誰もが、終わりなき果てしない地層をかける―――。
「ここだね、このあたりで心怪――狂乱の死神が出たって……」
情報通りなら、ここに狂乱の死神がいる。
僕は息をのむ。勝てば全てが明らかとなり、負ければ全てを失う。
―――そうだ。これはゲームだ。だがこの世界は残酷だ。
ゲームであるが故に入りこみやすく、のめり込んだら抜けられない。
気軽な気持ちと覚悟が、自分さえよければという心が……この世界で偽善を作り出す。
ゲームは遊びであると同時に、人の心の奥底を映し出す鏡だ。
辛い現実とは違う、何にでもなれる仮想の世界。
「よし…………行こう!!」
―――この世界では、心怪に敗れた者は意識を失う。
その事実があっても、人は―――己の居場所を失うことを恐れる。
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あの事件から、一か月が経過した。
僕はまだ、この心世界にいた。何の障害もなく僕はまだ、この世界で生きている。
5thに昇格した後も、僕はアイスと共に暇があればモンスターを狩り続けた。
5thになってからは最初は苦労していた初級S地区も簡単に感じられる。装備やスキルも日に日に強力な物が増え、インパクトボアに苦戦していた時に比べると僕は相当強くなったと誇って言える。
だが、こんな僕の成長などちっぽけなものだ。僕と同時期に始めた人だって同じく昇格している。僕だけが特別に強くなったわけじゃない。
それに……心怪相手にこの程度の成長など、まるで意味がないのだろう。心怪相手に互角に戦えるアイスに迷惑をかけない程度の付け焼刃に等しい。
逆にアイスには僕のクエスト消化やスキル習得に付き合わせてしまっている。アイス自身も自らの強化を優先したいはずなのに。
「……ごめんねアイス」
「どうしたの急に?」
急に謝る僕を、アイスは不思議そうな目で見る。
「この一ヶ月、本来ならアイスだって心怪相手のために色々用意をしておきたかったはずなのに」
「何をいまさら、ちゃんとあなたには役に立ってもらうから」
心配しなくてもいいと、そんな雰囲気でアイスは言った。
僕がアイスの役に立つか、本当に役に立てるのだろうか。
心怪に対して僕の攻撃には有効打がない、だから僕は補助魔法を主に使っていく予定だ。
場合によっては攻撃もする。それは心怪の標的を僕に向けさせる目的の事だ。
攻撃が聞かずとも心怪もゲームのプログラムが作ったモンスターだ。AIで動いている。
生きているわけじゃない。だからそこに勝機がある。僕はそう思っている。
そういえば、僕らは今ナチュリアの街外れを歩いている。
大木が立ち並び草木が多い茂る道筋、木々の間に隠れる小動物たちがキキキと泣いている。
その奥には確か、職人スキルを持つ人たちが集まるエリアに通じているはず。
自然国ナチュリアは3大エリアの中では最もレベルが低く上級者はあまり訪れないが、この国で取れる素材はレアな物が多いという。
ものすごく強いモンスターを倒し素材を手に入れても、最終的にこの地のレア品を使用しなければ作れない装備・スキル等も多いため、上級者がこの地に来る理由は主にそれ。
そして、鍛冶屋等の職人が求める鉱石やレア品も多いため、そういった職人スキルを持つ人たちはこの国を拠点にすることが多い。
あとは僕のような魔法使いだ。魔法使いでゲームを始める際にプレイヤーには神殿が一つ与えられる。ちなみに僕も持っている。
ナチュリアは他の国に比べて魔力が満ちているため、神殿持ちの魔法使いならば職人でなくともここを拠点とする人も多いそうだ。最も特別な理由があれば他の国を拠点とする魔法使いもいる。
魔法使いの最高峰ギルド"魔術師同盟"は、工業国ジパンを拠点としてるという話だ。そういえば僕まだギルドに入ってないな……。
素直にアイスに付いて行ったはいいが、いったいどこに行くのだろう。そこを聞くのを忘れていた。
「アイス、それで今日はどこに行くの」
「……聞きたい?きっとあなたが喜ぶところだと思うけど?」
僕が喜ぶところ?まさか楽にポイントが稼げる穴場とか?
「どこさ?隠さないで言ってよ」
僕がせがむ様に言うと、アイスは勿体ぶることなく少し真剣な表情でぼそりと言う。
「……心怪の情報を、知っている男のところ」
それを聞いて、僕は一瞬息をのんだ。
心怪、すなわち狂乱の死神の情報。そう、僕らはあいつを倒すためにここまでやってきた。
長らく出現していなかったやつの情報、それが意味することを僕はすぐさま悟る。
そう、決戦の時は近い……ということだ。
もうすぐあいつと戦うことになる。あの悪魔のモンスターに。
それを意識すると、僕の中の薄れていた恐怖感が多少漏れ出す。
わかっている。恐怖をしては始まらないと言うことくらい。だが……。
「そっか、もうすぐなんだね」
「そんな身構えなくてもいいよ、と……話をしている間についてしまった」
話してる間に付いてしまった場所は、鍛冶屋だった。
心怪の情報で鍛冶屋……?いったいどういうことなのか、僕はすぐにはわからなかった。
「私のお世話になっている鍛冶屋。そこのマスターが最近心怪に遭遇したらしいのよ」
「え?だ、大丈夫だったの?あの心怪相手に……」
「あなたみたいなヒヨコプレイヤーと一緒にしない、だってそいつ……"シャーデンフロイデ"の所有者だから」
シャーデンフロイデ。心怪に唯一対抗できると言われる特殊武器。
まさかアイス以外にも持っている人がいるなんて……ってあたりまえか。
じゃないとこの世界で心怪を倒せるのがアイスしかいなくなるし、他にもいて当然だよね。
シャーデンフロイデか、僕にもそれがあれば……。
ガランゴロン……。
鍛冶屋のドアを開けると重い音の鈴が鳴る。
中は結構広い、現実で例えるなら少し大きなメガネ屋くらいある。
よくある装備屋は縦に長い1ボックスなのに対し、ここはそれの5~6倍はある。
ここまで施設を大きくするのには、きっと相当のポイント、職人スキルのレベルを上げなければできないはずだ。
「さすがは心世界オンラインの中で5本の指に入る超大手鍛冶屋、幸い今日は客が少ないみたいね」
アイスはその大きさを見て感心するように言う。
ってかこの世界で5本の指に入るって、この鍛冶屋って相当有名なの。
まぁ鍛冶屋の持ち主はシャーデンフロイデ持ちだし、そんなもんなのかな。
とか思っていると、奥から屈強な体格の男性が出てきた。
頭はスキンヘッドで、日常スタイル装備なのか袴を着ている。
「おうアイス、よく来たなぁ」
野太い声、だがニコリと友好的に話しかけてくるこの男。
中身はおじさんなのか、意外と高校生とかなのだろうか。
「あなたが呼びだしたんでしょ?それで例の件なんだけど……」
「それは奥の部屋で話そう。他の客に聞かれてもまずい……なにせ心怪の話だからな」
男は小さな声でそう言い、僕らを奥の部屋に案内する。
心怪の話か、確かに一般の人からすれば恐ろしい話でしかない。そして……けして関わりたくない話だろう。
奥の部屋は工房となっていた。大きな窯があり、空気に熱が籠るが個々は仮想世界、温度は感覚として伝わってこない。
男はどっこらしょとテーブルをと椅子を召喚し、ご丁寧にお茶まで出してくれた。いい人だ。
「えぇとその前に、お前さんが人を連れてくるのは初めてだな。お前さんソロじゃなかったっけ?」
「まぁ成り行きで……」
ここに人を連れてきたのは初めて……なのか。
なんだか少し優越感に浸る。アイスにとって初めてのパートナー……でいいのかな。
「そうかい、んでお前さんが噂のアヒルくんか。俺は"ゴレム"。この鍛冶屋のマスターにして自然国ナチュリア代表ギルド、"守護の巨人"のギルドマスターだ。よろしくな」
「僕はハイド……です」
そう言って男、ゴレムは親指をぐっと立てて僕に挨拶を交わしてきた。
てかアヒルくんって、アイスめ僕の知らないところで……。
僕の噂はどうでもいいが、それ以上に気になるのはこの人のことだ。ナチュリア代表ギルドって……。
確か守護の巨人って掲示板に書いてあった気がする。かなり有名のギルドだ。アイスはそんな大手ギルドのマスターと知り合いなのか?
ひょっとしてアイスって、僕が思っている以上にすごいプレイヤーだったりするのかな。
本人ではなくこの人に聞いてみよう。アイスと違って愛想いいし。
「あ、あの。ゴレムさんはアイスと知り合いなんですか?」
「まぁお得意先みたいなもんさ。前に心怪に襲われたところを助けてもらってな。俺のシャーデンフロイデ≪ドント・ルック・バック・イン・アンガー≫はその時の心怪のコアから俺が作った武器さ」
どうやらゴレムさんも僕みたいにアイスに助けられて出会ったみたいだ。
「あ、あの……。アイスって有名なんですか?」
「どういう意味それ?」
隣からアイスが割り込んできた。下手な言い方したら小突かれるかも。
それを聞いたゴレムは、僕を試すような目をしながらも丁重に答えてくれた。
「今まで知らないで一緒にいたのか?そりゃあ将来大物だながはは!!ハイド、"絶氷"の噂を聞いたことはないのか?」
「な、ないです」
「…………」
僕の即答にアイスは黙りこける。僕をちらっと見るが僕はあえて見返さなかった。
そしてゴレムさんはがははと笑っている。僕……大物になるのかな?
「絶氷……心世界唯一の氷属性持ち。絶氷のアイスなんて言えば心怪が出るたびに助っ人要請が絶えないもんだった。一時期は雇うと1stクラスギルドの軍資金が4割動くのもざらだったと言われている」
「最近はやめたけどね。うざったい連中が多くて……」
す、すごい有名人だったんだアイスって。
ちょ、ちょっとまって。その話を聞く限りでは……。
「ア、アイス。ひょっとして全て終わった後って……何かしら支払わないといけなかったり……する?」
僕は恐る恐る聞く。するとアイスは呆気にとられたような表情で言った。
「……あなたは今更何をアホなことを言ってるのよ?心怪狩りをボランティアでやる人がどこにいるのよ」
ええええええええええええええええ!!
そんなぁ!!僕そんなにカネー持ってないよ!!
しかも一流ギルドの軍資金が4割動くってどんだけ大金積まなきゃいけないの!?
「大丈夫だよハイドくん、払えなかったら一生あなたを顎で使うだけだから」
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「クク……冗談だよ」
僕の慌てふためく反応を見終わると、アイスはくすくす笑う。ドSか!!
ゴレムさんにも笑われている。こんなんで大丈夫なのか僕は。
「がはははは!よかったなハイド。でもこの様子じゃあお前さん、アイスに公式パートナー認定されたようなもんだぜ?」
「え?ぼ……僕がですか?」
「俺がどんだけギルドに誘ってもうんともすんとも言わなかったアイスが見返りなしでパーティ組んでんだ。正直最初は疑ったぞ?」
僕が……。僕にそこまでの価値があるのだろうか。
そうだ。思えばどうしてアイスは僕と一緒にいてくれるんだろうか。
アイスの二つ名を聞いてますますその疑問が膨らむ。他にアイスを必要とする人はいくらでもいるはずなのに。
「アイス、どうして……」
「深く考えなくていいよハイドくん。これは私が決めたこと。それ以上に理由がいるかい?」
アイスは悩むこともなく、そう言い張る。
それを聞いて、僕は心のどこかで安心する。僕の傍にいてくれる。それだけで充分だった。
本当に……ありがとう。
「さてと談笑はここまでとしよう。本題だ」
本題……。
ゴレムさんのその言葉を聞いて、空気ががらりと変わる。
ここから先は心怪についての、僕らの目的の話へ移る。
ゴレムは茶を飲み一息ついて、なにも無くなったテーブルにマップを表示し話を始めた。
「俺が先日出会った心怪は間違いねぇ、狂乱の死神だ」
狂乱の死神。
全てを地獄に陥れ、このゲームの現実を突きつけたあの化け物。
現れたのか。再度……そして今、僕らのすぐ近くにいる。
「仕留めることはできなかったが。幸い被害は0だったからよかったが、そいつは初級A地区の囀り神殿にいる。心怪の特性上発見から数日はそこに居座るはずだ。倒すなら急げ」
初級A地区、そんなところまで現れるのか。
しかもこれじゃあ、また何人犠牲になっているっていうんだ。相手は倒せるはずもないモンスターだ。
「わかった、情報ありがとう。じゃあ行こうかハイドくん」
「い、今から!?」
「時間がない。覚悟を決めて」
覚悟を決めてと、そんな風に言われても。
「そうだハイド、すまねぇが俺は行けねぇ。大事な用事があるからな」
力になれなくてすまない、とゴレムさんは悔んでいた。
今この場で行けるのは僕とアイスだけ。そいつを倒すことができるのも……。
全てが決まる。手に入れるか失うか。僕の運命は今日中、言ってしまえば数分後に決まってしまうのか。
「……ハイドくん」
アイスの最後の相槌。断る最後のチャンス……だが。
「アイス、僕は……逃げない」
「……ふっ、信じていたよ」
僕は決心する。あの化け物ともう一度対峙することを。
「……やべぇな、BBSをチェックしてみたんだが意外にもこの情報が出回りつつある。野次馬や他の連中が来る前に急げよ」
「わかりました。ありがとうゴレムさん!!」
「ハイド……帰ってこいよ。無事に帰ってきたらお前の装備のメンテしてやるよ」
そうゴレムさんは僕の背中を押しだしてくれた。
僕は帰ってくる。必ず、あの化け物を倒して。
アイスと共に……先へ進むために。