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脚光  作者: こはく
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冷たいやつのこと

足元のライトは二人の男を見つめ、

冬であることを忘れさせるほどの濃くてあつい光を出している-


自分たちの番がきて、ネタが始まるのであるが、いかんせん相方の三國よりボケッと立っているサンパチマイクは僕のせいで少し高く設定されていて、三國は可哀想なほど背伸びをしながらボケている。

相方のこう惨い姿を真横で見るのは、申し訳ないほど面白い。僕は2ヶ月前の人間ドックで身長を測った時183センチで相方とは15センチも差があったことに驚いた。

15センチは理想の身長差らしい、と三國を励ましたのだが、それはカップルの身長差のことだと不満そうにしていた。芸人の理想の身長差って何センチなのだろう。これが幸運なのかはわからないが、僕は極度の猫背である。

だから三國との間にこれほど身長差があることに驚いたのかもしれないが、芸人は猫背である方が面白く見えやすいのが自論である。

例えばシャキッとした凛々しい立ち姿で真っ当なことを言うのと、少し根暗そうな猫背が常識的なことを述べるとでは「ウケ」が全然ちがう。そもそも猫背、業界では漫才猫背ブームと言うのだが、それを作り出したのは漫才界の大御所、キャッチャーミットの大隈さんである。

キャッチャーミットはいわゆる語り漫才で、政治ネタとか時事ネタを少し斜めの視点から面白おかしくネタに落とし込むのが売りの大人気芸人であり、僕が芸人を始めるきっかけを作ってくれた方々でもある。それに憧れていると言う理由で、猫背でバイトの作業ができなくても、授業中の姿勢が悪くても、大抵は見過ごされてきた。

舞台に上がって、自分を芸に落とし込んで、それで人を笑わせたのなら、それで芸人と呼んでいいこととしよう。そう思ってずっとやってきた。芸にする、自分を。

「芸人」なのだから。

相方はずっとボケている。四六時中ずっと。

出会ったのは中学校2年の時、彼が東京から引っ越してきて、2学期から同じクラスで過ごすこととなった。彼は極度の人見知りで、給食の配膳中にカレーをこぼしてしまった女の子が傷つかないように自分の分を分けてあげるのかと思ったら、その落ちたカレーに鉛筆削ったカスとか消しカスを入れてそのゴミまみれのカレーをその女の子に無言で渡した。クラスの中で男子が大笑いして女子は引いている。僕も大笑いして、こいつは本当に狂っているのかボケとしてやっているのかが気になって声をかけた。しかし振り向いてくれることはなかった。ある時、ふと疑問に思ったのは、彼が東京のどこから来たのかと言うことだった。

「目黒?無視。じゃあ新宿とか?無視。

じゃあほらディズニーランドがあるとこ?」

「それは千葉だよ!」

関東弁200%の大きいツッコミ、関西圏では聞いたことのない口調の新鮮味。さらに彼がディズニーランドは千葉であると言うプライドの高さから東京都民を装った千葉県民であることが容易にわかった。

本当に彼は何を考えているのか、芸人をやろうと誘ってからの3年間、それ以前からも全くわからない。

そんな彼が横で苦しそうにボケている。

サンパチは冷たい顔して立っている。

そう言えば、目の前のお客さんは誰一人笑っていない。一人だけ笑っていると思えばスマホを見て、笑っている。

この小さな劇場の中で、三國がゴミカレーを女の子に無言で渡して笑いの稲妻を落としたやつだと知っているのは僕だけで、それだけで笑いを取れたやつが必死こいて背伸びしながらボケてるのに、お客さんは誰一人笑っていない。

僕のツッコミも恥ずかしくなって、4分の時間制限が設けられていたが、3分20秒のところ辺りで切り上げるように落とした。

舞台から捌ける時、紙コップのようなものが舞台の上で転がった。

三國は苦しそうにネクタイを触りながらそれを見て、それがお客さんから投げ込まれた紙コップであると気づいた。

「散々やったな。今日の客全員死んでる目してたしアイツらもう生きてても笑えることなさそうやで」

三國は僕と話すうちに自然と関西弁が出るようになった。

「ほんまやな。アイツら全員もう死んでるんちゃうか」

「死んでる人間に笑い届けようなんかアホらしなってきたわ」

中々ネクタイが緩まらない。悔しさと怒りがぐるぐると渦を巻いている感覚があって、それがネクタイを解く手の歯止めとなっているのがわかる。

「ほな、ちょっとシャワー浴びてくるわ」

「おう」

お金のない芸人にとって、シャワー付きの楽屋は使わないわけにはいかない。洗える時に洗えるのは幸福なことである。

三國がシャワーの中で何か歌ってる。

「俺は洗ってる、アイツらは笑ってる、それだけでええんちゃうか♫

アイツらは笑ってる、それで俺は洗い続ける、

それだけでもうええんちゃうか♫」

誰にも笑ってもらえず、傷ついた芸人の心を浄化してくれるシャワーの中で歌ってる相方の歌詞が馬鹿馬鹿しくて、ようやくネクタイが緩む。

三國がシャワーから上がってきて交代で僕が入る。

僕も歌ってみる。

「アイツらはずっと冷たい、空気がずっと冷たい♫」

相変わらず上手くならない歌。三國に聞こえてないといいなと思った。

「俺が冷たいから、アイツらはずっと冷たい♫」

我ながら真理な気がして、一気に我に帰る。

と、言うか本当に冷たい。

温度調節のアレを見ると0℃になっていた。

「お前温度0にしたやろ!」

「ほんまに引っ掛かってるやん!こいつアホや!ほんで歌ってる歌詞俺が冷たいからとかそのまんまやんけ!アホやアホや!」

「冷ったいねん!アホ!どついたろか!」

温度をちょうどいいところに戻して、気づいた。三國が僕の歌を聴いていたこと。


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